ep.62 深海の決闘
ヘロンが到着してほどなくマリアンヌも到着した。
「あれ? マリアンヌも来たんだ。」
「はい。今、ヘロン様のお役に立てるのは嫁多しといえども、わたくしを置いて他には居りませんので。」
ヘロンからすれば嫁はアトリ一人だけなのだが、それを言い出すと収拾がつかなくなるのは目に見えている。二人は辺りを見回した。妖海中に妖気が充満しているため、妖気という気配で索敵するのは不可能である。足音もしない、視認出来る姿も実体といえるかどうか。
「マリアンヌ、何処かに妖気を生み出している核みたいな物があると思うんだ。見つけたら教えて。」
「魔核のような物ですね? 承知いたしました。」
充満していると言っても濃度は一定ではない。二人は細心の注意を払いながら、妖気の濃度が濃くなる方へと歩を進めた。妖獣のような不確かな妖気とは異なり確実に高濃度の妖気の源泉のような場所が何処かにある。そして二人は洞窟のような場所に辿り着いた。妖気はあきらかに洞窟の中から流れ出していた。
「マリアンヌは、ここで待ってて。もし、僕が討ち漏らしたら、その時はお願いするね。」
「しかし…… 」
心配そうなマリアンヌにヘロンは首を振った。
「一緒に行っても、互いに相手を気遣ってたら半分の力も出せないでしょ?」
ヘロンの言葉にマリアンヌも納得せざるを得なかった。全力を出せずに討ち洩らしても、全力で討ち倒した結果、共倒れになっても、それは望む処ではない。そしてマリアンヌを封印するほどの力を持つヘロンが先鋒を務めた方が合理的なのも理解出来た。
「ヘロン様、お気をつけて。」
マリアンヌに見送られてヘロンは独り、洞窟の奥へと進んでいった。
「あれかな?」
ヘロンは洞窟の奥に一際妖気の密集した場所を見つけた。ヘロンに気づいたのか周辺の妖気が集束し始めた。
「ヒト? ヒト? ヒト? ナゼ、ヒト? 」
それは言葉というよりも感情の無い音のようだった。
「何故?」
「ヒト……ヒト……ヒト……ナゼ、ヒト? ココ、妖海。ナゼ、ヒト?」
それがヘロンに答えたものなのか、ただ自問を繰り返しているのか、わからなかった。ただ言えるのは妖気の塊に生気は無かった。そこには妖気の湧き立つ石のような塊があるだけだ。
「人でないのなら、サッサと終わりにしようか。」
ヘロンの動きを読んだかのように妖気は人型になると刀を構えた。妖気で出来た刀、つまり妖刀である。ヘロンが人型目掛けて斬撃を放つ。一瞬にして片腕が霧散するが、海竜の頭同様に修復してしまう。ここは妖海、内側には妖気を放つ核。つまり内と外から修復してしまうので海竜の頭よりも再生速度は速かった。
「なんか、ちょこまかと体内を核が移動させてるみたいだね。それなら、それでやりようはあるんだよ。」
それは一瞬。普通の人間ならばヘロンが動いた事に誰も気づかないかもしれない。そんな刹那間にヘロンは幾太刀もの斬撃を徐々に加速させながら放った。最初の一撃目に二撃目、三撃目と次々に追いついてゆく。結果、幾筋もの斬撃が同時に人型の妖気に襲いかかった。鈍い音がして核は粉々に砕けてしまった。しかし、破片をそのままには出来ない。ヘロンは欠片を凍結魔法で固めると、そのまま封印を施した。
「さて、何秒もつかな?」
妖気の出所を封印した以上、妖海は内側からの圧力を失い、やがて水圧で押し潰されるのは必至だ。洞窟内からの妖気の気配が消えた事でヘロンの勝利を確信していたマリアンヌはヘロンが出てくるのを待ち構えて結界を張った。と同時に妖海は水圧に押し潰され極寒の海水に飲み込まれていった。
「さっすがマリアンヌ。助かったよ。」
「いえ、ヘロン様のお役に立てたのであれば、この上なき幸せ。」
マリアンヌは実に穏やかな笑みを浮かべてヘロンと共に海上へと浮上した。
***
「アトリ、約束通りヘロン様を無事に連れ帰りましたよ。」
宿屋に戻ったマリアンヌの第一声だった。それを聞いてすぐさまベッドを離れようとするアトリをエクレアとフレアが留めた。そしてレイやシルフィと目配せをするとヘロンを残して部屋を出る。鈍いブラスカはエクレアが引き摺り出した。
「すまないヘロン……。勝手についてきておきながら、その背中を守……⁉」
ヘロンはそっとアトリを抱きしめていた。
「アトリは掟神のテミスに誓った僕公認のお嫁さんなんだから、すまない事なんてないんだよ。ともかく今は身体を大事にしてくれれば。それは僕の背中以上に大切な事なんだから。」
もうアトリには言葉が無かった。
「そろそろ、いいですか?」
まだ大した会話をした訳ではないが、返す言葉に困っていたアトリはマリアンヌの顔を見て少しホッとしていた。
「ドクターからアトリの帰国許可が降りました。安定期に入ったからプルム村に戻っても良いそうです。ただ凍国の領海を出るまでは充分、暖かい格好をさせるように、王国との極端な気温差に注意をするようにとの事です。」
アトリはヘロンと顔を見合わせて笑顔を見せた。
「マリアンヌ、アトリの世話をお願い出来るかな?」
「もちろんです。ヘロン様のお子様はわたくしの子も同然。必ずやアトリには無事に出産していただきます!」
これにはアトリも頼もしくも不安を感じていた。




