ep.6 不穏な奴ら
ヴァルメロたちが立ち去ったあと、ミーコが姿を消したかと思うとすぐに帰って来た。
「御主人、御主人! これでいいのかにゃ? 」
見るとミーコは何やら紋章の着いた皿を手にしていた。
「これは……間違いなくヒルンド家の紋章です!渡しなさい!」
アトリが受け取ろうとするとミーコは素早く飛び退いた。
「これはミーコが見つけたのにゃ。ミーコが御主人に渡すのにゃ!」
「それはヘロンの嫁として私が預かります!」
そんな二人のやり取りに怪しい笑い声が聞こえてきた。
「クックック……。いや予想外、予定外、想定外。正直まさかの展開にボク、ビックリしてお皿の回収、忘れてたよ。」
そこに現れた人物はヘロンの倒した巨大イボアと同じお面を着けていた。
「ヘロン、お下がりを。この者、様子が変です! 」
「なんか怪しいのにゃ! 」
アトリは前に出たがミーコはヘロンの後ろに隠れた。
「いやいや、今は君たちと争うつもりはないよ。ただボクの化獣を倒した君に興味が湧いたもんでね。」
「化獣? 」
聞き慣れない言葉にヘロンたちは首を傾げた。
「この天才化粧師たるボクが化瘴を纏わせ化面を授けた獣……それが化獣さ。ちなみに魔物に仮面を授けると化物になるんだ。いつか君と戦わせてみたいな。」
それに対してヘロンは気怠そうに答えた。
「ああ、いい。そういうの間に合ってるから。何をしたいのか知らないけどさ。僕がその…… なんだっけ? 」
「化獣に化物。」
ヘロンが詰まったので少し冷めた様子で化粧師が答えた。
「そっ、それ。それと戦う理由なんて無いから。」
すると化粧師は不服そうな顔をする。
「そんな勝ち逃げはないだろ? こちらとしてもEランクに負けたというのは化獣の商品価値が下がってしまうからね。」
「それなら大丈夫だろ? 表向きはヒルンド家のお嬢さんのお供のSランクが倒した事になってるはずだから。」
ヘロンの言葉を聞いても尚、化粧師は不服そうだった。
「そもそもだ。今回ボクが乗り出したのは、そのヒルンド家が娘の名声を上げる為だけに主宰したこの模擬迷宮探索大会を台無しにする事も目的の一つなんだ。あんな実力も無いのが白金ランクで君のような実力者が青銅ランクなんておかしいと思うだろ? 」
「別に。」
ヘロンは即座に否定した。
「…… それじゃ王族貴族に階級の無意味さを知らしめる為に敢えて青銅ランクなのかい? 」
「敢えてEランクに留まっているのは確かだけど階級は別にどうでもいいんだ。僕は今の生活で困ってないからね。」
「ならボクが王公貴族を潰しても構わないよね?」
「それはダメだっ! 」
反射的にアトリが声を挙げた。
「ん? 君は彼の仲間だろ? どうして王公貴族の肩を持つのさ? 」
「我がブルフィンチ家は代々ヒルンド家に仕えてきた騎士の家系。私も先日まではステナ様にお仕えしていた身。潰させる訳にはいかないっ! 」
アトリの言葉に化粧師は不思議そうに首を捻った。
「そのヒルンド家の騎士が何故、彼の仲間に? 」
「仲間ではない。私は彼の嫁だっ! 」
一瞬きょとんとした化粧師だったが、急に笑だした。
「なんだ、夫婦なんだ? 笑ってすまない。ただ、ちょっと意外だったもんだからついね。で、お嫁さんはこう言ってるけど彼も同じ意見なのかな? 」
「まあ僕は騎士でも勇者でも英雄でもないからさ。でもね……僕たちの今の生活を脅かすのは辞めて貰えるかな? 」
それを聞いて化粧師は溜め息を吐いた。
「あれだけの実力がありながら安穏とした現状維持を望むとはね……。気が変わったら、いつでも言ってよ。でないと次に会った時には……敵だよ? 」
言うだけ言うと化粧師は姿を消してしまった。
「ヘロン…… 」
アトリが不安そうにヘロンを見つめてきた。
「ん、まあ何とかなるって。あとは賞金を山分けして解散かな。僕もプルム村に帰るし。」
「では私も嫁としてついて参ります。」
アトリに即答されてヘロンは頭を抱えた。そう言えば、ステナが自分が払い下げた物はハンカチ1枚でも無下に扱うとヘソを曲げ、それで潰された村もあるということをすっかり忘れていたからだ。
「プルム村って行った事ないから楽しみだにゃっ! 」
「はぁ? ミーコは王都までの約束だろ? まさか、ついてくる気か? 」
「もちろんだにゃっ! それとも、また捨て猫にする気かにゃ!? 」
ミーコは突然おいおい泣き始めた。嘘泣きなのはわかっているし、そこはミャアミャアじゃないのかと突っ込みたくもあったのだが、アトリはすっかり騙されたのか訴える眼でヘロンを見てきた。おそらくは最初に出会った時に傷を治してもらったというのもあるのだろう。
「あぁあ、わかったわかった。ともかく、取り敢えず迷宮を出るぞ。」
迷宮を後にするヘロンたち三人を2つの影が見送っていた。
「おいおい化粧師。あのまま放っておいていいのか? 」
一度は姿を消した化粧師が戻っていた。
「難しいよね。滅師ならどうする? 」
「禍根になりそうなら今のうち滅するけどな。」
「ボクは触らぬ神に祟りなしかな。」
結論も出ぬままに二人は今度こそ迷宮から姿を消していった。




