ep.59 妖海からの襲撃
突然の轟音と共に凍てつく凍国の大地が揺れ、法王レクシスの住まう法廷にまで被害がでた。
「猊下、お怪我はありませんか!」
「わたくしは大丈夫です。それよりもネージュ、民に被害は出ていませんか?」
レクシスからの呼び掛けにレクシスが答えた。プレートの境も火山も無い凍国では巨大地震の経験が殆ど無かった。家屋の耐震対策もあまり施されてはいなかった。それでも凍てつく暴風から家屋を守る為に高層建物が存在していなかった事が幸いしていた。津波もすぐに凍結してしまうため陸まで押し寄せては来ない。
「アトリ、大丈夫?」
「私は大丈夫……それより街の方は無事?」
ヘロンの声に大丈夫だと答えたアトリだが、あまり調子は良さそうではない。
「お前さん、ちょっといいかい?」
フレアがヘロンを呼び出した。ヘロンの事は微塵も疑っていないので用件は今回の地震についてだろうと推測した。もちろん、アトリに心配させないようにという配慮であろうが、逆を言えば心配せざるを得ない状況という事だ。
「心配は要らないよ。今は六刃将もアイズ様も居る。ドリュフォロスさんだって居るんだから大丈夫だよ。」
アトリを気遣ったつもりのエクレアだったが、それ程の事なのかと不安を煽る結果になってしまった。そして、その不安は的中していた。
「ちょいと拙い事になったみたいでねえ……」
ヘロンもフレアの歯切れの悪い物言いが気になった。
「あれかな。震源の方からする嫌な気配って、妖気だよね?」
フレアは言おうとしていた事を言い当てられて苦笑した。
「はは……こっちが口籠ったのがバカみたいだねえ。これが以心伝心って奴かい? あたしらも通じ合ってきたのかねえ。お前さんの言う通り、ありゃ妖気だよ。それもアポカに負けないくらい強力な奴だ。強さだけならお前さんの方が強いと思うんだが……」
「相手は海中だから?」
「参ったねぇ。何から何まで御見通しかい?そう、それも極寒の海中だ。息も心臓も、もちゃしない。手が届かねえ。」
フレアは苦々しい表情を浮かべていたがヘロンは平然としていた。
「こっちが向こうまで行けないなら、向こうから出てきて貰うから大丈夫だと思うよ。」
「出てきて……貰う?」
一瞬、首を傾げたフレアだったが、すぐに頷いた。
「なんだか知らないけど、お前さんの頭ん中にゃ策がある訳だ。でも、ちと悔しいかな。ヘロンにゃ、あたしの頭読まれてんのに、あたしにゃ、お前さんの頭ん中はさっぱりだ。やっぱアトリくらい一緒に居ないとダメなのかねえ。精進精進っと。取り敢えず今回もあたしがアトリに代わってお前さんの背中はバッチリ守らせて貰うから大船に乗ったつもりでいいよ。」
相手が妖気を纏っているのであればフレアが適任なのかもしれない。
「義兄さん、僕も行こう。アポカ=リプスの時は役に立てなかったが今度こそ!」
「なぁに? 微風シスコン坊やから微風ブラコン坊やになったの?」
振り向くと、そこにはシルフィとレイが居た。
「今さら何をしに……」
元とはいえ六禍戦と六刃将では過去、さんざんやり合ってきた間柄だ。反射的に攻撃に出ようとしたブラスカをヘロンが止めた。
「もうアポカ=リプスも居ないんだからさ。それより誰か震源の妖気に心当たりは無い?」
妖界六禍戦と言っても元々が妖界の住人と云う訳ではない。シルフィたちが顔を見合わせていると後から声がした。
「噂レベルで良ければ……」
現れたのはアイズだった。
「この極寒の海と海底の狭間に妖海と呼ばれる妖気の吹き溜まりが在ると云う。旅の途中で、偶々聞いた話しだし眉唾程度の噂話だと思っていたのだが……」
「いたが?」
何か引っ掛かるものがあるのだろう。言葉を止めたアイズにヘロンが問うた。
「その海界には主が居るという。妖獣の一種だという話もある。」
「うぅん、ま大体わかった。じゃ、行こうか!」
ヘロンの言葉に一同が驚いていた。そこへ少し笑いながらエクレアが入って来た。
「フッ……アトリの言う通りだね。どうせシルフィたちも、そのつもりで来たんでしょ?私も行くよ。レイなんかに負けてられないからね。」
「笑止な。我が居れば雷刃に出番など無い。大人しく看護に励むがいい。」
もはや敵同士ではなくなったと言っても対抗心は変わらぬらしい。
「生憎とヘロンの背はフレアに託したから先陣を頼むってアトリから、頼まれてね。嫁同士の約束、違える訳にはいかないのさ!」
ブラスカの手前の所為なのか、エクレアはヘロンの嫁キャラが板に付いてきた。嫁を名乗る事に衒いが無い。
「ならば我もヘロンの嫁となろう。さすれば文句はあるまい?」
「「はぁ?」」
思わずエクレアとシルフィが同時に声を挙げた。アイズやフレアも同じ気持ちかもしれない。
「確かヘロンには興味無いんじゃ無かったっけ?」
「いったい誰からそんな事を?」
エクレアがアイズを指差すと、そのアイズはシルフィを示唆した。
「え、私?私はちゃんとレイは自分より速い相手っていうのが、こんなの初めてって感じだから興味はあるかもしれないって言ったってば。」
女性陣が揉めている、その脇ではブラスカが頭を抱えていた。




