ep.58 妖界の終焉
アポカはその手にありったけの妖力を集め始めた。おそらく最後の攻撃のつもりなのだろう。その力は魔王の魔力にも匹敵するかもしれない。だが……
「それじゃ僕に勝てないって……知ってるよね?」
そう、魔王に匹敵する程度ではヘロンには届かない。
「ああ、知っているとも!だから、この命、くれてやる!」
アポカの妖力の塊が一直線にヘロンへと放たれた。
「お前さん、ありゃヤバいよ!」
だが、フレアの危惧は杞憂に終わった。文字通りアポカの妖力はヘロンまで届かなかった。そうなる事を予期していたかのようにアポカは自嘲した。
「ヘロン……か。この詐欺師め。どこがEランクだ、何が青銅クラスだ。だが。もういい。妖界の外界進出の夢は絶たれた。約束通り、この命くれてやる。首級を刎ねるがいい。」
するとヘロンは首を振った。
「え?やだなぁ。要らないよ。」
「ここで儂の首を獲らねば、すぐさま侵攻を再開するぞ?」
「それも困るから……封印させて貰うよ。」
それを聞いてアポカは苦笑する。
「甘いな。甘いぞヘロン。儂ら妖は人よりも長く生きる。貴様の死後に封印を破り外界を制圧しようとするとは考えぬのか?」
「……そうだね。うん、そうなる前に共存する方法を探してみるよ。」
「おかしな奴……そんな事をしても貴様には何の利も無かろう? おそらく貴様の一家ならば王国であろうと凍国であろうと反乱を起こせば一夜にして陥とせるだろうに。欲が無いのか?」
「ううん、欲張りだと思うよ。皆で一生平穏で安穏とした暮らしがしたいなんて、僕からすれば、凄い欲張りな話だと思う。」
「……なるほど。確かにとんでもない欲張りだな。皆で……か。もうよい。儂を封印するのじゃろ? 早くするがよい。もしかしたら……貴様の言う共存出来る世界を築けたなら、儂の気も変わっておるかもしれんな。」
「うん。だといいね。」
「当てにせずに待っておる。……また逢おう。」
こうして妖界の入り口は封印された。
***
凍国に久方の平穏が訪れた。アポカ=リプス撃退の功績は何故かフレアのものとなり、元妖界六禍戦の妖焔のフレアも凍国に受け入れられた。そもそもフレアが凍国に攻め入った時はヘロンに全ての攻撃を防ぎきられた為、実質街には被害を出していない。これもまた、街に被害を出さないようワザとだった事にされていた。
「お前さんだろ、あたしの事を祀り上げたのは?」
静まった街の様子を眺めていたヘロンの隣にやってきたフレアが声を掛けた。
「迷惑だったかな?僕には手柄も名声も不要なものだから。それに、こうすればフレアもここで暮らしやすくなるでしょ?」
するとフレアは少し眉を顰めた。
「お前さんの身代わりに賛辞を引き受けるのは構わないんだけどさ……あたしは、ここで暮らす気はないよ。」
「何処か行くあてでもあるの?」
今度はフレアはニヤリと笑った。
「そんなの決まってるでしょ。お前さんについて行くよ。あ、嫁さんにも承諾要るのかな。アトリは?」
「ああ、アトリなら妖界から帰ってから何か具合が悪いらしくて。で、ここは女同士とか言ってエクレアに追い出されたわけ。」
それを聞いたフレアは少し考えてからクスクスと笑い出した。
「あぁ〜そっかぁ〜ふぅん。多分、心配しなくても大丈夫じゃないかなぁ。うん、でも、まあ、あたしもその女同士に混じってくるよ。また後でねぇ!」
そう言うとフレアはヘロンたちの宿屋へと軽やかな足取りで向かっていった。
「具合はどうだい?」
「し〜!」
ヘロンたちの部屋に入るなり声を掛けたフレアだったがエクレアに制された。
「今、眠ったところだから。」
「まさか六刃将のあんたと、こうして話す日が来るとは思わなかったよ。」
「それは私の台詞だ。」
エクレアもまさかあの土壇場でフレアが寝返って来るとは思っていなかった。
「まあアポカもあたしらも始末するつもりだったみたいだし、そういう意味じゃあたしらはヘロンのお陰で助かったようなもんさ。そのヘロンの嫁さんの具合が悪いって医者には見せたのかい?」
「3ヶ月ってところらしいわ。」
「えっ!?アトリさんがもって3ヶ月!!」
「待ちなさいっ!」
慌てて部屋を飛び出そうとしたブラスカの足元と言わず眼の前と言わず迅雷の如くダガーが降り注いだ。
「うっ!?」
「わぁ、実の弟だと遠慮が無いねぇ…… 」
フレアは少し呆れていた。
「そそっかしい弟を持つと気苦労が絶えなくてねぇ……。アトリさんは、もって3ヶ月じゃなくて、まだ3ヶ月。12周目だから王国に帰るのは安定期に入ってからになるわね。」
「???」
状況が飲み込めないブラスカの頭には?しか浮かばなかった。
「まったく……鈍いんだから。ともかく私たちの出発はアトリが動けるようになってからになるわ。」
「えっ? あ、ああ。」
どうにも頼りない返事のブラスカだったが、取り敢えずはヘロンたちの凍国への延泊が決まった。一方その頃、凍国に接した極寒の海の底で不気味に蠢く怪しげな巨大な影があった。




