ep.57 アポカ=リプス
妖界の深淵に一人、アポカ=リプスは佇んでいた。
「フォッフォッフォッ。余の計画をことごとく潰しよる。さすがは魔王を退がらせた者というところか。にしても、マリアモンの封印を解いていたというのは情報収集不足じゃったな。エク=リプスの操り糸を簡単に絶ち斬りおった。じゃが儂一人で充分。儂こそが妖界、儂こそが新たなる神々の王となるに相応しい。」
「お婆さん、妄想が過ぎない?」
声のした方へアポカが振り向くと、そこにはヘロンが立っていた。
「貴様、いつの間に!?」
アポカの動揺した様子を見てヘロンはクスリと笑った。
「何が可笑しいっ!」
「いや、だって神々の王とか言いながら僕が来た事に気づかなかったんでしょ?凍国から手を退いて、他国への侵攻を止めてくれれば僕は深追いしないよ?」
ヘロンの言葉にアポカが嘲笑する。
「ファッファッファッ。何を言い出すかと思えば戯言を。儂は魔王ほど聞き分けが良くはないぞ。外界の者がなんと言おうと儂は妖界の外の世界を手に入れる!」
「それって共存じゃだめなの?」
「無論じゃっ!王国の瘴気であの態の貴様等が妖気の中でどう生きる?」
「へえ。じゃあ、あたしら捨て駒だったんだ?」
後から来たフレアがアポカを睨んでいた。
「裏切り者がのこのこと。その通り、ヨミ以外はすべて捨て駒じゃ。あの娘は魔王の血筋であり、外界の娘であり、聖女などという厄介な血を受け継いでおらぬ絶好の傀儡になる筈じゃった。まさか義姉の封印を解いているとは。」
「それは化粧師が面倒な事、企むからだよ。イアヒパはよくやってくれたけど医神アスクがポンコツだから聖女の能力を当てにせざるを得なかったんだから。」
「イアヒパ? ああ、アスクの孫娘か、半神とかいう……どうやら神界にまて顔が広いようじゃな。益々もって邪魔な存在よ。」
絵に描いたような悪役っぷりにヘロンは溜め息を吐いた。
「はぁ……誰かを邪魔だと思うって事は、自分も誰かの邪魔になってるもんだよ。現に今、お婆さんは僕の安穏として平穏な生活を邪魔しているわけで。」
「貴様は酒を呑む時に樽の栓に気を遣うか? 儂にとって貴様は樽の栓と同じ。邪魔だから取り払う、それだけの事じゃ。」
「んんと僕は、お酒を呑まないんだけど言いたい事は分かった。でも僕なら栓はとっておいて、お酒の残った樽に再び栓をするけどな。」
「すべて呑んでしまえば、そんなものは不要。酒のように外界もすべて妖界に飲み込んでやろう!」
そう言った次の瞬間、アポカは不意に頬に痛みを感じた。恐る恐る触れてみると、その手にはうっすら血が付いていた。
「な……これは貴様か?いつの間に……どうやって……」
アポカは一瞬の出来事に気が動転していた。何が起きたのか気付いた者は誰も居ないだろう。それほどに刹那の出来事だった。
「今のは警告だよ。あれに気づけなかったって事は急所を刺すなり首を刎ねるなり出来ちゃうからね。」
「ふんっ、端から来ると分かっておれば……」
アポカの反対の頬に痛みを感じた。今度は確かめない。ヘロンが二撃目を放った……筈だ。やはり視認も出来ず気配すら感じ取る事は出来なかった。ここに至って初めてアポカはヘロンに畏怖の念を感じていた。
「儂と組まぬか? 世界の半分……いや6:4で構わん。なんなら7:3でもよいぞ?」
態度を豹変させるアポカにヘロンは苦笑し、フレアは呆れていた。
「それって負けを認めたって事でいいのかな? それなら大人しく魔王みたいに撤退してくれると嬉しいんだけどな。」
「やはり折れてはくれぬか。」
アポカは残念そうに立ち上がった。
「この閉ざされた世界と外界では環境が違い過ぎる。フレアはまだ、儂の加護が効いているとして……ヘロン、何故貴様は平然としていられるのだ? 」
妖界は妖霧よりも濃い妖気の漂う世界である。
「何故……って聞かれてもなぁ。いつ、いかなる場所であっても僕は僕。それだけだよ。」
ヘロンの答えは説明にはなっていない。だが、何かを誤魔化している様子もなかった。
「まあ良い。貴様と儂、勝ち残った方が思う世を築くだけじゃ!」
「後ろは任せて貰っていいよ。アトリから、お前さんの背中は託されて来たからね。」
フレアの声にヘロンは軽く頷いた。アトリが託したと云うのであれば任せるしかない。アポカは身構えたがヘロンは動かない。しかしアポカも迂闊には攻撃出来なかった。左右の頬の傷が危険だと訴えてくる。それでもアポカには退くという選択は無かった。
「勝ち目は無いと思うよ?」
「じゃろうな。だが人為らざる儂に何を遠慮する事がある?」
するとヘロンは首を傾げた。
「言葉が通じて意思疎通が図れるなら人かどうかは関係無くない? そこ外しちゃうと植物だって生きてるから食べられるもの無くなっちゃうけどさ。」
ヘロンもプルム村に戻れば自給自足生活を送っているだけに、想いはある。
「魔王も、その手で退かせたのか?」
「いや、魔王は単純に強い者が上に立つから、僕が勝った時点で僕の言うことを聞いてくれたよ。出来ればお婆さんも……」
「分、儂は死ぬまで敗北など認めぬからな!」
アポカの執念にヘロンも閉口してしまった。




