ep.56 ユイとヨミ
フレアの反乱?によりヘロンたちと五禍戦の戦いは一方的な展開の様相を呈していた。そもそもがヘロンは6対4の状況、凍国の領域外なのだから妖界の物量作戦、人海戦術も想定していた。なんならアポカ=リプスが直接出陣して来た場合さえも。自分一人なら勝機が1%でも来たかもしれない。けれどアトリたちを連れて来る以上は7割以上の勝機はあると踏んでいる。残り3割の場合でも皆を逃がす自信はあった。ある意味においてアトリが同行する事がヘロンに無茶をさせない一番の方法でもある。
「こいつら手強いでしゅ!エク様は下がってくだしゃいっ!」
ヨミに前に更に幼い少女が立ち塞がった。
「ユイ、下がるがよい。そなたが敵う相手ではない。」
「この妖雪のユイ、エク様の為なら…… 」
その二人のやり取りを見ていたヘロンが首を傾げた。
「ユイ? ユイもそっちに居たのか。」
「ぬ?あっ!貴様あの時の怪しげな冒険者!」
ユイの反応にヘロンは少し安堵した。
「どうやらユイは僕の事を覚えているようだね?」
「ユイ、この者と知り合いか?」
今度はヨミが首を傾げた。
「ユイ!」
「ユイ?」
前後から同時に声を掛けられてユイは困惑して混乱していた。
「ヘロン様、あまりユイを虐めないであげてくださいませんか?」
ヘロンとアトリには覚えのある声が聞こえた。
「マリアモン様っ!?」
そう、そこにはマリアンヌの姿があった。
「マリアンヌ、何故ここに?」
アトリが不思議そうに声を掛けた。
「わたくしたちはヘロンの家族。国の事は国に任せても責任はありません。そんな事よりもドリュフォロスより敵方にヨミが居るとの知らせを受けました。心優しいヘロン様がわたくしの義妹の所為で攻めあぐねては申し訳ありませんからね。」
マリアンヌは平然と剣の柄に手を掛けヨミを見据えた。
「お待ちくだしゃい、マリアモン様!」
ユイが両手を広げて立ち塞がった。
「ユイ、退きなさい。危険ですよ。」
「そうだユイ。その者、ヘロン以上に危険な匂いがする。」
マリアンヌとヨミに退けと言われてもユイは動かなかった。
「退きましぇん!義姉妹で殺し合うなろ……」
涙さえ浮かべて立ち塞がるユイにヘロンが声を掛けた。
「ユイ、心配しなくてもヨミは大丈夫。僕を信じられなくてもマリアンヌは信じられるだろ?」
ヘロンの言葉にユイの中ではマリアモンであるマリアンヌの顔を暫し見つめてからユイはその場を退いた。
「揃いも揃って妾の事をヨミ、ヨミと理由の分からぬ呼び方をしょって。前にも言ったが妾は妖帝アポカ=リプスの娘にして妖界六禍戦が一人、妖冥エク=リプス。ヨミなる名は知らぬ。」
「そうか……あくまで、わたくしの義妹ではないと云うのであれば遠慮は要らぬな。」
マリアンヌが聖剣と魔剣を抜き放つ。すると反射的に飛び出そうとしたユイをアトリが後から抱き締めて制した。
「ユイちゃん、マリアンヌを信じて!」
アトリの声を聞いて一瞬、珍しくマリアンヌが微笑んだように見えた。だが、すぐさま毅然とした表情でヨミに向かって聖魔の二刀を揮うとヨミはその場に崩れ落ちた。
「ヨミぃ~」
確かにユイはエク様ではなくヨミと呼びながら駆け寄っていった。
「ん……んん〜むにゃむにゃ……」
「ヨミ、いつまで寝ているつもり?」
マリアンヌの声にヨミは飛び起きた。
「ハッ!?義姉上!えと……お、お久しゅうございましゅ……す。」
「ヨミぃ〜良かったぁ、戻ったんらねぇ!」
マリアンヌに挨拶をしたヨミにユイは泣きじゃくりながら抱きついた。
「こ、こら義姉上の前じゃぞ。よさぬか!こら、涎をつけるな!ど、どうしたのじゃ?」
このワチャワチャしたやり取りを見ていたシルフィは呆れて剣を収めた。
「はぁ、バカらしい。妖界六禍戦なんて呼ばれてても、結局はただの寄せ集めだからねえ。崩れる時は脆いもんだよ。私は降りるけどレイ、どうする? フレアと一緒にヘロンについて行ってもいいんだよ?」
「な、何をバカな事を言っている!妻帯者など興味は無いっ!」
「そうか。もう一生、レイより素早い男など現われんかもしれないよ?」
「んぐぐ……知らん! 知らん知らん知らん! 我も降りる!」
レイは顔を真っ赤にして立ち去った。
「あらら、素直じゃないのよね。て事で残ったのはランセルだけだから。頑張ってねえ。」
シルフィもレイの後を追って行ってしまった。
「だそうだよ。どうする?」
フレアの問い掛けにランセルも諦めたように自嘲しながら剣を収めた。
「負けの決まった戦はしない主義なんでな。」
こうして妖界六禍戦は思いの外脆く瓦解した。
「マリアンヌ、ヨミとユイをプルム村まで送って貰えるかな?」
「宜しいのですか?」
「やっぱりお義姉さんがついててあげた方がいいでしょ?それに元六禍戦じゃ凍国は居心地悪いだろうからね。」
「お気遣い、ありがたくお受けいたします。行きますよ!」
「「はぁぃ!」」
マリアンヌはヨミとユイを引き連れて王国へと帰っていった。
「良かったのか? 初めて会ったが、どう見ても拙者たちよりも強い。」
アイズの疑問も無理はないがアトリが平然と答えた。
「マリアンヌがおとなしく帰ったと云う事は、そういう事です。」
アトリの迷いの無い表情にエクレアは嫁たちの絆ヘロンへの信頼感を見た気がしていた。




