ep.55 反撃
この日、法廷には六刃将とヘロンたちが集まっていた。
「それでは、ヘロン殿たちだけでアポカ=リプスの元へ攻め込むと?」
レクシスがなんとも言えない表情でヘロンに問い掛けた。凍国を治める法王としては隣国の一冒険者に国の命運を託すようで申し訳なく思っていた。だが妖界六禍戦と凍国六刃将が拮抗している状態で誰かをつけるという判断は難しく思えた。「義兄さん、姉さんも連れていってくれないか?姉さんだって義兄さんの役に立ちたいと思ってるんだろ?」
ブラスカの誤解については事前にエクレアから皆に周知してあったので誰も驚きはしなかったが国防という面から考えると一人でも抜けるのは痛い。
「じゃあ代わりにドリュフォロスを置いてくよ。」
「ちょっと待て!」
反射的にドリュフォロスが叫んでいた。マリアンヌが自分の代わりにとアトリの護衛に送り込んできたのだ。持ち場を離れたとマリアンヌに知られれば後が怖い。
「俺なんかよりアイズさんとか残したほうが土地勘もあるだろうし良くないか?」
「僕はいいけど……向こうにコレットが居るよ?」
ヘロンのこの一言でドリュフォロスは態度を変えた。
「な、なるほど。ヨミが居るんじゃ仕方ねえ。ヘロンの旦那の言うとおり俺が残るとするよ。」
ドリュフォロスにとってエク=リプスことヨミは非常にやり難い相手といえた。なにしろ魔王の娘である。それもマリアンヌのように聖女の血が流れている訳でもない。つまり暴走した場合に止められるとしたら魔王を降伏させマリアンヌを封印した事のあるヘロンくらいなものである。もしドリュフォロスの魔槍が通用したとしても傷つければ帰ってからマリアンヌの怒りを買いかねない。ここはオレオンから学んだ唯一の事、ダメだと思ったら穴捲くって逃げるに限る。もちろん、普通の相手ならばドリュフォロスもそんな事は考えない。だが、それほどに厄介な相手であり難しい相手でもある。そして、その後ろにそれ以上の強敵であろうアポカ=リプスが控えているとなればドリュフォロスの選択を責められる者は居ないだろう。こうして凍国の守りをエクレアを除く六刃将とドリュフォロスに託し、ヘロンたちはアポカ=リプスの侵攻を止める為、妖界へと向かった。するとそこには六禍戦が勢揃いして待ち構えていた。
「貴様が不在の間に我らが凍国に攻め込み、その隙に妖界に攻め入るつもりだったのであろうが、そうはいかぬ!」
見栄を切ったレイだったが迂闊には攻めてこない。目の前にはエクレアが居る。背後を守るアトリも居る。そしてヘロンが居る。いかに研鑽を積もうとも、このと短期でヘロンを凌駕したと思うほど自惚れてはいない。するとフレアが一人でヘロンたちの方へ歩み出た。
「先走るでないフレア!」
レイの声にフレアはクスクスと嗤いだした。
「何が可笑しい!? 気でも触れたか? 」
フレアは嗤いを止めるとヘロンたちに背を向け六禍戦に向かって剣を構えた。
「正気も正気、本気も本気の大本気だよ。これで五対五の人数的にも対等だ。この方が面白そうだろ? 」
そんなフレアの態度にエクレアが眉を顰めた。
「散々私たちとやり合っておいて今さら凍国に味方するなんて、どういうつもり? 」
するとフレアは背を向けたまま答えた。
「別に凍国に味方する訳じゃないよ。この戦いの中でロクな男が居なかったからね。六禍戦のうち三人の攻撃を一人で防ぎきったんだ。間違いなく、あたしより強いじゃないか。レイやエクレアよりも速いそうだし、顔も甘くてあたし好みだもの。あたしゃ、いい男の味方なんだよ。お前さんも文句ないだろ? 」
フレアは戦いをまるで合コンのように考えてもいるかのようだった。
「つい、この間攻め込んで来たばっかりなのに?」
物事は一度拳を交えれば……というほど単純ではない。それに二人程度の人数差を誰も戦力差だとは思っていなかった。
「それじゃ、あたしが一目惚れしたって事でいいよ♡ このあたしに惚れたって言わせるなんて、中々の色男だねえ。だから惚れた弱みでお前さんの味方でいいでしょお?」
さすがに思わずアトリがフレアに剣を向けていた。
「ヘロンには私という嫁が居る。妙な気を起こすのは止めて貰おうか。」
「あら妬いてるの? でも、先にこいつら片付けてからにしない? 」
フレアが身構えた視線の先には妖界六禍戦妖陸のランセルが居た。
「よう、本気でアポカ=リプス様を裏切ろうってのか?」
「裏切るも何も、あたしゃ女に尽くす気は端から無いし、あんたじゃ、あたしが尽くすに価しないからねえ。それに比べりゃ、ヘロンなら命懸けても惜しくはないさね。」
「安い命だな。」
「「聞き捨てならん!!」」
ランセルの言葉にアトリとエクレアが同時に反応した。思わずアトリは眉を顰めてエクレアに視線をやったが、すぐにランセルを睨みつけた。
「我らとてヘロンの為なら命を捨てる覚悟は出来ている。が、ヘロンがそれを許してはくれぬのでな。」
「貴様のような安っぽい男にはわかるまい!」
アトリとエクレアの勢いに思わず気圧されるランセルだった。




