ep.53 思わぬ援軍
この日、アイズは法王レクシスから呼び出しを受けていた。
「御無沙汰しております猊下。」
恭しくアイズは頭を垂れた。
「久しぶりですね、アイズ。貴女が六刃将を退任して以来でしょうか。息災のようで何よりです。そろそろ復帰するつもりはありませんか?」
レクシスの言葉にアイズは首を振る。
「欠員がある訳でもなく氷結系の刃なら凍刃将ネージュが居ります。今さら竜人族である拙者の居場所はござらリませぬ。」
「此度は妖霧を操るミスト=エイリアスを退けてくれたそうではないですか。その衰え知らぬ腕前を再び凍国の為に奮っては貰えませんか?」
ミスト=エイリアス3《ドライ》を実際に退けたのはアトリだったのだが、どうやら夫唱婦随とでも言うのだろうか、ヘロンに倣って功績をアイズに押し付けたらしい。おそらく押し付けたつもりは無いのかもしれないがアイズにはそう感じられた。
「ミスト=エイリアスは人ならざる者にして一体ではござりませぬ。故に…… 」
アイズがそこまで言った処で警報が鳴った。
「ふむ……今さら凍国の為というのも烏滸がましいので……ここはヘロンの為に一働きさせてもらうとしましょうか。」
「ヘロン殿の?」
レクシスは不思議そうに首を傾げた。
「ええ。元々、凍国の者ではない拙者からすれば隣国から来たヘロン殿と行動を共にする事に違和感はござらぬ。今のネージュも前任の筆頭が居てはやり難い事もござろう。それにヘロン殿は一家の当主らしいからな。拙者一人くらい、上手い事あしらってくれましょう。」
「よほど信頼されているようですね。」
「そりゃメアがダーリン呼ぶほどの相手ですからね。」
「メア殿……確かアイズが昔言っていた竜人族の族長カリエンテス殿の娘さんでしたね?」
アイズは頷いた。
「ええ。うちの白い頭の家系は赤い頭の家系とは仲が悪かったんですがメアとだけは馬が合いましてね。あのメアが嫁になると決めた相手なら信用しますよ。」
「ですがヘロン殿の嫁はアトリ殿では? 」
「そいつぁ人間族の理ってもんです。竜人族は一夫多妻が一般的なんで気にしないでくださいな。」
「やはりそうかっ!」
謁見の間にレクシスとアイズ以外の声が唐突に響いた。
「何事ですかブラスカ? 来客中ですよ!」
レクシスには一礼したがブラスカは収まらない。
「いったい、あの男はどれだけの女性を誑かせば気が済むのでしょう? お二人とも騙されてはいけません!」
「あの御仁は人を誑かせるような方ではござらぬよ。言わぬ事はあっても嘘を言う方が面倒と思われる方だ。」
アイズはメアからの受け売りを見てきたように語った。
「それが騙されていると……そういえば、どちら様かな?」
アイズが退任してから六刃将に加わったブラスカにはアイズと面識がなかった。そんなブラスカの頭を後ろから叩く者がいた。
「この愚かもののっ!」
「えっ?! 姉さん?」
エクレアはアイズにペコペコと頭を下げた。
「アイズ様、うちの愚弟が誠に申し訳ございません。」
「姉さん、知り合い?」
「この方は前凍国六刃将筆頭の元氷刃将アイズ様だっ!」
それを聞いてブラスカもヤバいという顔をしたがアイズは気にも止めていなかった。
「そんな事よりお前さんたちも、さっきの警報聞いたろ? もしかしたらヘロンの旦那がもう片付けちまってるかもしれないけど一緒に行くかい?」
アイズからの誘いを拒否するという選択肢はエクレアには無かった。そしてエクレアがヘロンの元に行くというのであれば、ついていかないという選択肢はブラスカには無かった。その頃ヘロンは意外にも手こずっていた。というのも相手は妖嵐のシルフィ、妖煌のレイに加え妖焔のフレアなるヘロンにとっては新顔も居る。だからといって凍国の領地内では全力を出す訳にもいかず防戦一方になっていた。その頃、アトリは六禍戦の策略によりヘロンと分断され一人で妖霧のミスト=エイリアス=2《ツヴァイ》と交戦していた。
「どうやらヘロンとやらのオマケではない……というのは本当らしいな。」
ツヴァイの言葉にアトリは顔を曇らせた。アトリの事をオマケではないらしいと評したのはドライだ。だが、ドライはその場でアトリが討ち果たした筈だった。それをドライが知っているという事は討ち漏らしたのだろうかという疑念が湧く。
「何故、という顔をしているな。吾らは一にして全、全にして一、という話しをドライがした筈。吾らは認識もまた共有している。並列な吾らの認識は全ミスト=エイリアスが等しく認識しているのだ。つまりドライの消滅は全ミスト=エイリアスの糧となったのだ。もはや貴様の…… 」
そこまで言った処でツヴァイの姿はドライの時と同様に薄れて消えていき、そこには一本の槍が残されていた。そこへ現れた男は悠然と槍を抜き放った。
「貴殿はいったい…… 」
「俺はドリュフォロス。魔槍遣いのドリュフォロス。魔剣遣いのマリアモ……じゃねぇ、マリアンヌに頼まれてあんたの加勢に来た。」
「私の?」
「ヘロンは心配してねぇが、同じ嫁としてあんたが心配なんだとさ。」
同じ嫁、と言われると不満は残るが、思わぬ援軍に状況的にアトリは感謝せざるを得なかった。




