ep.52 嫁たちの絆
実体化したドライは意外そうな顔をした。
「吾の動きを読んだのか? どうやらオマケで其処に居る訳ではないようだな。だがっ! 」
ドライが剣を振り下ろすとアトリは腕で受けた。
「バカな!? 」
ドライが驚くのもの無理はない。普通であれば腕の方が斬り落とされる筈が剣の方が折れてしまったのだ。そしてアトリの綻びた袖の下から小さな竜鱗で覆われた見事なワイドバングルが現れた。
「このバングルは盾士アイリスが盾を持たない私の為に特注してくれたものだ。その程度の安物の剣で断てる代物ではないっ! 」
次の瞬間、アトリの指輪から炎が吹き出しドライに燃え移った。
「貴様が人でなければ遠慮はしない。火竜人の末裔である竜騎士のメアから預かった指輪の焔、妖霧の塊といえど燃やせぬものではないっ! 」
「くっ……ならば塊でなければよいのだろ? 」
ドライが再び妖霧となった処でアトリが剣を一閃すると気体の筈の妖霧が真っ二つに斬られた。
「な……何故!? 」
「この剣は聖女マリアンヌの加護を受けている。妖の類いが断てぬ筈なかろう? 」
アトリが言い終える前にドライは薄れて消えていった。
「なるほどな。妖霧が背後に回り込んだ際に助けに入らなかったのは、こうなる事が分かっていたのか。」
少し感心したようにアイズが呟くとヘロンが首を振った。
「分かっていた訳じゃないよ。信用はしているけどね。それより皆に黙ってついてきた訳じゃなくて良かった。」
「えっ!? 知ってたんじゃ…… 」
アイズに返したヘロンの返事にアトリが動揺した。
「そんな事だろうとは思ってたけどね。でも僕に内緒でついてきたぐらいだから皆にも黙って来たん可能性もあるんじゃないかって少し心配はしてた。」
「あ、いや、その…… すまない。」
俯くアトリの頭をヘロンはポンポンと撫でた。
「別に謝るような事じゃないよ。僕も聞かなかったし。」
「コホン……」
ヘロンはまったく気にしていなかったがアイズの咳払いにアトリは慌てて離れた。
「夫婦仲が良いのが悪いとは言わないが独り者には少々目に毒ですね。取り敢えずは妖霧も一旦は晴れたようですし、戻ってあのエク=リプスの件やら諸々伺いたい。」
アイズの言葉にアトリは顔を赤くしていたがヘロンは何事も無かったように頷くと宿屋に向かった。
「それでエク=リプス……彼女がヨミとか言うマリアモン……マリアンヌだったか。妹に間違いないのか? 」
「あれだけコリーさんに似てればね。何よりコレットという呼び掛けに動揺していた。それと魔力の質。聖女を母に持つマリアンヌよりも純粋に魔王に近かった。」
「他の者ならいざ知らず魔王を撤退させ一度はマリアモンを封印した貴公が申すと説得力があるな。」
アイズの返答にヘロンが首を傾げた。
「僕、その話ししたっけ? 」
「いや、メアが自慢気にしていたのでな。」
それを聞いてヘロンは頭を押さえた。ネージュやレクシスが秘匿にしてくれていても、これでは意味が無い。幸いにしてアイズは他言していないようだが念の為に口止めはしておいた方が良さそうだ。
「過去の栄光に縋るのはどうかと思うが、貴公のは立派な実績であろう? 自慢されても困るが謙虚過ぎるのもの嫌味だと思うのだが。」
「別に謙虚なんかじゃないよ。目立ちたくない。名前を売りたくない。有名人なんかなるもんじゃない。僕は平穏で安穏とした静かな生活がしたいんだ。真実語った処でどうせ尾鰭が付いて大袈裟になって…… 」
そこまで聞いてアイズは首を傾げた。
「貴公……、有名になる事に何かトラウマでもお持ちか? 」
「え、あ、いや、そんな事は…… 」
アイズに問われてヘロンは口籠ってしまった。理由が無い訳ではない。だがヘロン自身、他人に話すような事ではないと思っていたし、何より自分の事を語るのは苦手だ。
「私たちは平穏な暮らしを求めているという事です。」
アトリの言葉が助け船になったのか、ひとまずアイズも納得してくれた。
「それでエク?ヨミ?コレット? まあ、何でもいいが、あの少女をどうするつもりだ? あ、いや、いい。夫婦揃って救い出す気満々だと顔に書いてある。」
アイズに言われて思わずヘロンとアトリは顔を見合わせた。実際に顔に書いてある訳ではないのは百も承知はしている。
「洗脳だか暗示だか催眠だか知らないけどヨミ自身の意思でアポカって奴についている訳じゃないなら一家の義妹だもん、救けるさ。」
ヘロンの言葉にアトリも頷いた。
「手立てはあるのかい? 」
「それはこれから。アポカを倒せば済むなら簡単なんだけど倒しても治らないならアポカに解かせなきゃいけないからね。」
それを聞いて思わずアイズが吹き出した。
「プッ……凍国六刃将が妖界六禍戦だけでも手を焼いているというのに、その上に立つアポカ=リプスを倒すのが簡単とは。貴公でなければ冗談にも聞こえぬな。」
確かにヘロンでなければ何を無茶な事をと思ったかしれない。けれどヘロンに付き添ってきたアトリにとっては自然な事のように聞こえていた。




