ep.48 奔放な雷刃
妖界六禍戦、妖煌のレイを退けたとはいえ若干気拙いままヘロンたちは宿屋に帰って来た。
「エクレアが後は任せてくれと言うから帰って来てしまったが……あの二人、大丈夫だろうか? 」
アトリが心配そうに尋ねたがヘロンにもどうしようもない。
「姉弟の話しだから他人が居ても…… 」
いつの間にか降りだした雷雨に紛れて扉をノックする音がした。アトリが扉を開けるとそこにはズブ濡れになったエクレアが立っていた。
「突然の再訪、失礼する。夫婦水入らずの処、大変申し訳ないが一晩、泊めては貰えぬだろうか? 」
「と、取り敢えず風邪をひくといけない。先にシャワーを浴びて。服は洗っておくから。」
「すまない。」
アトリに促されてエクレアはシャワールームに入った。
「どうするヘロン? 」
アトリとしても、エクレアをどうしたものか扱いに困っていた。
「多分、この時間だと宿屋も空いてなかったんだろうな。アトリはどうしたい? 」
「おそらく、私たちにも責任の一端はありそうだし一晩くらいなら仕方ないかと。」
「アトリがいいなら僕も構わないよ。」
「エクレアの服を洗ってくる。食事を作るよりはマシだからな。」
そう言ってアトリは洗濯に行った。そして、シャワーを終えたエクレアは取り敢えずタオルを巻いて出てきた。その時、いきなり部屋の扉が開いた。エクレアを招き入れた時に鍵を掛け忘れていたらしい。扉の外ではブラスカが呆然としていた。
「ね……姉さん、アトリ殿の留守に……不潔だっ! やっぱり姉さんは……もういいっ! 」
ブラスカは話しも聞かずに走り去って行った。
「ま、待てブラスカっ! 誤解だっ! 話しを聞いて…… 」
後を追うにもタオル一枚で部屋の外に出る訳にもいかなかった。
「い、いかんっ! これでは余計に話しが拗れてしまう…… 」
珍しくエクレアは動揺して狼狽えていたがヘロンはいたって冷静だった。
「落ち着きなよ。僕やエクレアが言っても聞かないだろうから後でアトリから説明して貰おう。」
「そ、そうだな。ヘロンの嫁からという方が説得力があるかもしれない。」
そこへアトリがルームウェアを持って戻ってきた。
「取り敢えず服が乾くまで、これを羽織っていてくれ。」
エクレアがルームウェアを受け取って再び脱衣所に戻っている間にヘロンが今の出来事を説明した。
「なるほど。それは確かに私から説明するのが一番かもしれぬな。」
「すまない、手間を掛ける。」
ルームウェアを着て戻ってきたエクレアがアトリに頭を下げた。
「私たちと分かれてから何があったのか教えて貰えるか? そこは把握しておかないとブラスカ殿の説得にも支障を来すやもしれぬ。」
エクレアはソファーに腰をおろすと話し始めた。
「実はだな…… 弟のブラスカにはシスコンの気が有ってな。私としては隣国からわざわざ私たちの祖国の為に来てくれたヘロン殿に対し無礼な発言を嗜めたつもりだったのだが…… 何をどう勘違いすればそうなるのかブラスカが私がヘロン殿に気があるから庇うんだなどと言い出してだ…… 」
そこまで聞いてアトリが頷いた。
「なるほど、そこで私が洗濯に行っている間にヘロンと二人で、しかも湯上がりのタオル一枚姿を見せられては拗れる筈だ。」
「いや、見せた訳ではない! たまたまだ! タイミングが悪かっただけでだな…… 」
「そういう言い訳の仕方は余計に誤解を招くぞ? 」
「え? いや、ない! 談じてないっ! まだ疚しい事など何もしていないっ! 」
「まだ? 」
「い、今のは言葉の綾だ! 」
慌てるエクレアを見てアトリはクスクスと笑った。
「私はヘロンを信用も信頼もしている。だがブラスカ殿はそうであるまい。ともかく今日遅い。明日にでもブラスカ殿の所に行くとしよう。」
そして……寝る前にもう一悶着する。この部屋にはベッドが一つ、ソファーが一つ。ヘロンとエクレアがベッドというのは端から選択肢に無かったが、ヘロンはアトリとエクレアでベッドを使えと言うし、エクレアはヘロンとアトリがベッドを使うべきだと主張した。アトリはエクレアにベッドを一人で使わせたかったが、そうなるとヘロンがアトリにソファーを使わせて自分は床と言い出すのが見えている。実際、ヘロンは雨露風が防げるのであれば大して気にしていないのだがアトリが気にする。最終的にはエクレアの提案を飲む形で収まった。そして夜が明けると……
「んん……ん~……ん? 何故、私がベッドにいいいいっ!? 」
目を覚ますとエクレアはベッドを独占していた。
「よく眠れたか? 」
「あ、ああ。お陰様で……ではない! 何故、私がベッドに? 」
慌ててベッドから降りようとして何故か下着姿である事に気づき辺りを見回した。
「ヘロンなら見回りに出ている。気にせず着替えて大丈夫。」
アトリに言われて胸を撫で下ろしたが状況が飲み込めない。
「えっと…… 」
「夜中にトイレに行った後、寝惚けて下着姿になってベッドに潜り込んできたものだからヘロンが焦ってソファーに移動した。おかしな事はしていない。嫁である私が保証するから安心していい。」
エクレアは自分のやらかした事に頭を抱えていた。




