ep.47 狙われたアトリ
一騎討ちの翌日、早朝からヘロンたちの部屋をノックする者が居た。アトリが衣服を整えて扉を開けるとエクレアが飛び込んできた。
「朝、早くからすまない。ヘロン殿、稽古をつけて貰えぬだろうか? 」
その姿にアトリは頭を抱えた。ここまでくるとヘロンには女難の相でも出ているのではないかと思えてくる。
「いや、あの僕の戦い方は特殊過ぎて誰かに物を教えるなんて不向きなの。」
「ではせめて貴殿の太刀筋が見えるようになるまで立ち会いを! 」
縋りつくエクレアにヘロンも困惑していた。ヘロンの太刀筋を見切るなど一朝一夕には無理だと思われたし、凍国六刃将と妖界六禍戦が互角であるならばエクレアに稽古をつけるより自分で倒してしまった方が早い。とはいえ一度に全員で掛かって来られたら、それはそれで難儀だ。何しろ此処には嫁がアトリしか居ないのだから。仕方なく稽古相手をする事にはしたが、すぐに迎えが来た。
「姉さん、此処に居たのか。探したよ! 」
現れたのはエクレアと瓜二つの顔をした碧色の髪の青年だった。
「ブラスカ、ちゃんとヘロンさんに御挨拶なさい! 」
「ああ。僕は凍国六刃将三席、風刃将のブラスカ、エクレアの双子の弟だ。言っておくけど僕は姉さんが負けたとは思っていないからね。そんな事より姉さん、六禍戦の妖煌が出た。僕らじゃ奴のスピードに追い付けなくて苦戦しているんだ。」
「ヘロン殿、一緒に来て頂けますか? 」
エクレアに頼まれてヘロンとアトリは憮然としたブラスカの後について妖煌が現れたという現場に向かった。
「やっと来たねエクレア。他の奴らでは鈍重でつまらぬでな。……見慣れぬ顔が二人ほど居るな。まあエクレア以外、相手にならぬのは変わるまい。」
妖煌と呼ばれる者の無数の斬撃がヘロンたちを襲う。だが、ヘロンはアトリを抱えて悠々と避けきった。
「いきなり危ないなぁ。アトリ、怪我なはい? 」
「あ、ああ。私は大丈夫だ。」
二人の様子を見て妖煌と呼ばれる者は表情を変えた。
「ほう、我が斬撃を避けるとは面白いのが来たな。我は妖界六禍戦、妖煌のレイ。その方、名はなんと申す? 」
「僕はヘロン。取り敢えず、貴女方を倒すお手伝いに呼ばれてきたんだけどね。」
ヘロンの返答にレイは冷笑を浮かべた。
「我らを倒す? 六刃将でも倒せぬ我らを? 我の斬撃を躱した事は褒めてやろう。だが、後ろの女を庇っていては戦いに集中出来まい? 我が貴様の弱みを消してやろう。」
レイが一瞬、姿を消したかと思うと背後からアトリに斬り掛かった。だが次の瞬間にはヘロンがレイの剣を弾き飛ばしていた。
「すまないヘロン。反応が遅れた。」
レイは一瞬、顔色を失ったがすぐに剣を拾い直した。
(反応が……遅れた? この女、我の剣速に反応しただと? )
最初の斬撃を人一人抱えた状態で避けたヘロンはともかく、アトリにまで反応された事がレイには予想外の出来事だった。
「女、名は? 」
「ヘロンの嫁のアトリだ! 」
「嫁? 嫁だと? 戦場で弱みを連れてイチャつくとは余裕ではないか! 」
何かがレイの忌諱に触れたらしい。些か語気が荒くなっていた。
「ん~勘違いしてる? 僕のお嫁さんは弱みじゃなくて強みだよ。今も貴女の剣を避けるだけなら出来たんだ。でもアトリは僕を守る為に受けようとして遅れた。僕たちはお互いを支え合って戦っているんだ。貴女には分からないかもしれないけどね! 」
「ええぇい黙れ黙れ黙れっ! 夫婦纏めて仲良くあの世に送ってくれるっ! 」
無軌道な斬撃が雨霰のようにヘロンたちに襲いかかるが今度はアトリも剣で受ける事が出来た。
「馬鹿な!? 何故EランクやBランクが我の剣を捌ける? おのれおのれおのれっ! 」
ヘロンが溜め息を吐いて言った。
「はぁ・・・そういうの、フラグって言うんだよ! 」
ヘロンが地面を擦るような低さから一気に右手を振り上げると一瞬にしてレイの鎧を裂いた。
「くっ……何故手を抜いた? 」
「だからぁ……僕は倒しに来たけど殺しに来た訳じゃないし。」
すると突然、ヘロンとレイの間に何者かが割って入った。
「そこまでにして貰えるかな? 」
「どけシルフィっ! 我はまだ……うっ…… 」
シルフィはレイに麻痺魔法を掛けると左腕を肩に掛けて立ち上がった。
「私は妖界六禍戦、妖嵐のシルフィ、シルフィ=マリポーサ。胡蝶蘭なんて呼ぶ人も居るけど好きに呼んでちょうだい。取り敢えず今ので貴方たちが、とぉっても強いってのは分かったから次はこっちもそれなりの準備させて貰うわ。普通なら麻痺魔法なんて当たる人じゃないから、よほど脚にきてたのかな。私もこうならないうちに失礼するわね。」
旋風がシルフィたちを巻き込んだかと思うともう二人の姿は消えていた。この光景を見ていたブラスカは不満そうに声を挙げた。
「ヘロン、貴様どうして奴等を逃がしたっ! せっかく六禍戦の人数を削るチャンスだったんだぞ。まさか内通しているんじゃ無いだろうな? そうでなきゃ姉さんでも互角の相手をあんなに圧倒出来る訳が…… 」
アトリが遮る前に詰め寄るブラスカをエクレアが平手打ちしていた。




