ep.42 嗤ってよ
オレオンの目的はそもそもヘロンへの逆恨み的な復讐でありソネットの望むような王都襲撃には興味が無かった。しかしヘロンを目の前にしてソネットの忠告を忘れてしまった。曰く『貸し与えた化竜を目的以外に使おうとした場合は化竜の制御が利かなくなり暴走して、あなた方も餌となるでしょう。』と云うことを。オレオンが私怨に駆られてヘロンへの攻撃を命じた直後、化竜はオレオンを振り落とし口の中へと収めようとした。だが化竜の牙は宙を切りオレオンはヘロンの後ろに降ろされた。
「な、なんで俺を……?」
「んん~そうだなぁ、ただの偽善? 」
「偽善だと!? 」
オレオンは予想外の答えに驚いた。
「まあ僕は騎士でも勇者でも英雄でもないからさ。それに見知った顔が助けられるのに助けないで化竜に飲み込まれたら夢見とか寝覚めが悪そうじゃん? 安眠妨害反対~!」
「ちっ、自分の安眠の為かよ。確かに偽善だな。」
「取り敢えず僕が魔王を追い払ってからこの間まで勇者やってきたんでしょ? その間に偽善でも勇者として振る舞ってきたのは知ってるからさ。何にもしない善人ぶってるだけの人よりは誰かの役に立ってきたんじゃない? 僕と違って御両親健在なんだから出直して親孝行してみても罰は当たらないと思うよ。」
ヘロンの言葉にオレオンは自分の耳を疑った。
「え!? 今『僕が魔王を追い払った』って言ったのか? マジか? 」
「しまった……内緒ね内緒。」
普通に頭を下げるヘロンを見てオレオンは嗤いだした。
「敵わねぇ。立ち回りが上手くて女にモテるだけチヤホヤされてる奴じゃなかったんだな。」
「あ、そうだ! 今からこの化竜倒すからオレオンが倒した事にしといてよ。そしたらオレオンの罪一等を減じるどころか、もう一度勇者にしてもらえるかもよ! 」
「勇者は懲り懲りだけど罪が軽くなるのは有難いかな。」
「じゃ決まりね。サンダーボール!」
ヘロンの放った雷の球は上空へ昇ると化竜に雷の雨を降らせ化面を貫き化竜の全身を駆け巡った。
「い、今のって低級魔法だよな? 」
「前に言ってたらしいじゃん、僕の事をEランクの青銅風情って。この方がらしいでしょ。」
「なんでそれを……いや、悪かった。でもどうやって……?」
「サンダーボールで雷雲を刺激して落雷を誘発したんだ。もう一戦、交えないといけないから魔力温存、みたいな。そろそろ逃げて。得意なんでしょ?」
オレオンもヘロンの言う『あと一戦』の相手がソネットを指している事は容易に理解した。
「お、おう。俺は国に帰るから後の事は頼む!」
「わかった、国王には良しなに計らって貰うよ。」
オレオンは全力でその場から走り出した。
(なんだあいつ、国王陛下とも知り合いか? ってそんな事考えてる場合じゃねぇっ!)
さすがに逃げ足だけでSSSランクにまで昇った男。あっという間に姿は見えなくなった。するとパチパチと拍手をしながらソネットが現れた。
「最初がアイスボールで今度はサンダーボール……こんな低級魔法に化竜が倒されるとはね。10匹も化竜と操者を揃えて教育するのも中々大変だったんですよ。それをまあいとも簡単に排除してくれて笑えませんねぇ。……いや、嗤ってください!戦わずして敗北を喫したわたくしを! 」
「戦わずして? これからソネットの取って置きが出てくるんじゃないの? 」
ヘロンの言葉にソネットは自嘲した。
「フフッ……もはや本気なのか冗談なのか……いえ、もうそんな事はどうでもいいですね。ええ、用意していましたよ、取って置きの黄金の化竜を! 10匹の化竜に蹂躙された王都をわたくしが乗って闊歩するべく、金色の鎧を纏った化竜をね! 貴方、今までアイスボールしか見せて来なかったじゃありませんか。ええ、すっかり他の魔法を失念していましてよ。先ほどの雷の雨はわかっていて狙って落としたのではないのですか? 直撃でしたよ。わたくしも黄金の化竜から避難するのが精一杯でした。黄金は通電率がいいですしね。接地していれば多少違ったのかもしれませんが……いや、今さら遅いですよね。わたくしの取って置きの化竜は黄金の鎧の中でこんがりと焼き上がりましたとも。まあ化竜ですからね、本体は霧になって鎧だけが脱け殻のように立ってますけどね。」
もはや愚痴でしかないのだが、ともかくソネットの計画はなんとか食い止める事が出来たようだ。
「さて、主賓たるヘロン殿。わたくし獰化師のソネット率いるシルク・ド・ソネット、当方の思惑とは異なる形ではございますが終焉のお時間となりました。いつか、あの世でお会いする事がございましたら再演と参りましょう。それでは失礼いたします。」
ソネットは深々とヘロンに頭を下げてから天を見上げて呟いた。
「さあ終わりましたよ。嗤いたくば嗤ってください。」
その瞬間、ヘロンが落としたよりも大きな雷がソネットを直撃し跡形もなく消し去ってしまった。さすがのヘロンも予期せぬ出来事に何も出来なかった。それを一組の男女が遠くから見ていた。




