ep.40 シルク・ド・ソネット
ソネットもネージュの言葉に同意せざるを得ないと判断した。
「いいでしょう、ネージュ殿とやら。今夜の処は引き下がるとしましょう。いずれシルク・ド・ソネット開演の折りにはヘロン共々この世界から退場いただきます。」
ネージュの二の句を待たずにソネットも姿を消した。
「ネージュとやら、妾に仕える気は…… いや、やめておこう。そなたは妾に従うタイプではないようだ。」
「ほお、物分かりは良くなられたようですね。では一つ参考までに。兵を探してヘロン一家と張り合おうなどと考えるのはお辞めなさい。彼は……器が違うからね。」
物分かりが良くなったように見えてもステナはヘロンと器が違うというのは納得出来なかった。
「はあ? 冗談ではありませんわ! 人たらしが上手いだけのEランク冒険者と妾を比べるなどヒルンド家に対する侮辱ですわ。実績の違いは当人の器量ではなく集めた駒の実力の違い。もっと優秀な者たちを集めて実績も陛下からの信頼も引っくり返してみせます。」
この手の現実を直視しないタイプには何を言っても無駄だと判断したのかネージュも、それ以上は何も言わずに姿を消し去った。
***
「さてと、困ったものだね。ステナ嬢を引き入れて数的優位を築く筈が逆に敵方にネージュとかいう手駒が増えてしまった。わたくしが三匹の化竜を操りオレオンさんが一匹を操る。五匹の化竜で王都を攻め込む筈が四匹では戦略を見直さねばなりませんね。」
「俺が二匹操るじゃダメなのか? 」
怪訝そうにオレオンが尋ねるとソネットは首を振った。
「前にヘロンと将囲で勝負したいという老人で実証実験を行ってみたんだけど、やはり複数の化竜を操るってのは、わたくしたち初期の三人以外には無理のようだ。わたくしたちでも充分ハードルが高いのは図らずもメイカーが証明してしまったしね。逆を言えば一匹ならわたくしたち以外でも操れるのですが。」
「なら適当な奴を化面で操れば……」
「それでは操る数が変わらないでしょう。さすが逃げ足で勇者になっただけの事はあるようですね。」
ソネットは内心、嘲ていたのだが、それにオレオンが気づいた様子は無かった。ソネットの計画としては五匹居れば、四匹でヘロン、マリアンヌ、ヘロンの嫁たち、王国軍を分散させ残る一匹が王宮を陥落させる筈だったのだが四匹しか操れない上にネージュという不確定要素が増えてしまった。このまま無策に強行してもメイカーの二の舞である。
「やはり演者を集めた方がシルクは盛り上がりますよね。」
そう言うとソネットはオレオンを残して何処かに行ってしまった。
***
それから暫くしてプルム村のヘロンの元に一人の訪問者が訪れた。
「久しぶりだな、ええと『ヘロン』だっけ? 」
「そうだね、ええと…… 」
「今はネージュ=リュネシアン、って名乗ってるよ。」
旧知の間柄でありながら互いの呼び方が辿々しいのは理由があった。それはヘロンがまだ幼い頃、プルム村に来る前にまで遡る。だが今は昔話に花を咲かせている場合でもなかった。
「それで何の用かな? わざわざ僕と旧交を温めに国境を越えて来た訳じゃないんだろ? 」
ヘロンの態度にネージュは苦笑した。
「相変わらず鋭いね。でも、その件は後回しにした方がいいらしい。王都の地下牢が急襲した化面の飛竜に破られた。」
「その件なら分家から報告は受けてるけど……もしかして国王の差し金? 」
化面絡みの案件となれば、あり得ない話しではない。しかしネージュは首を振った。
「いやいや、彼はそんな事しないよ。実は君に頼み事があって来たんだが面倒臭いからと断られないよう貸しを作っておこうと思ってね。ほら、君は昔から面倒臭がりだけど義理堅かっただろ? 」
ある意味、ネージュ自体がヘロンにとって面倒臭い相手でもあった。
「それで、どんな貸しを作ってくれるのかな? 」
「獰化師のソネットは化竜による同時多発攻撃を目論んでいるらしい。だけど一人で操れる化竜には限りがあるらしくヒルンド家の令嬢を操者にしようとしたんだが私が阻止……というよりは本人の意志に阻まれた。王都の地下牢を襲ったのは囚人を代わりにしようとしているのだろうね。」
そこまで聞いてヘロンが手を挙げて話を遮った。
「それで何匹か受け持ってくれるって訳だ? 」
するとネージュが眉を顰めた。
「おいおい、私に複数匹の相手をさせるつもりか? 」
「それはソネットが調達した化竜の数次第だよ。火竜を使ったり冰竜を使ったり、今度は飛竜だろ? 空中からのブレス攻撃となったら対応出来る人手は限られるからね。」
現実的な懸念として仮にソネットが投入してくる化竜が飛竜ばかりなら、攻撃はサルヴァス、アイリスのアイギス兄妹の盾やマリヴェルの魔法防壁でもある程度防げるかもしれないが反撃するとなると嫁たちの中で対応出来るのは別格のマリアンヌを除けば緋竜を駈るメアぐらいしか居ない。そこでネージュは立ち上がった。
「それじゃ私は国王陛下に挨拶に行ってくる。他国の騎士が剣を奮うとなれば御許しを得ないとね。」
シルク・ド・ソネット開演は直ぐそこに迫っていた。




