ep.4 押しつけ女房
大会にはクレインがエントリーを済ませていたものの人数不足で受付が受理されなければ帰れると思っていたのがステナの所為で計画がブチ壊しになってしまった。
「二人とも災難だったな。こっちも都合があるから参加はするけど即敗退、即解散って事でいいよね? 」
「それは困る。」
即答したのはアトリだった。
「いやいやいや、貴族のわがままに付き合う事ないって。アトリさんなら、すぐに次のパーティー見つかるでしょ? 」
「貴殿は私をステナ様から貰い受けたのだ。あのお方は、自分が払い下げた物はハンカチ1枚でも無下に扱うとヘソを曲げられる。それで潰された村もある。」
さすがにヘロンも自分の耳を疑った。
「まさか冗談だろ? 」
「いや、本当の話だ。あの方のランク証を見たであろう? あの方の最大の武器は権力と財力だ。一対一ならともかく物量戦となればプルム村など一溜もないぞ? 」
ただでさえ自給自足の為以上の労働をしたくないヘロンにとって政治権力と衝突などという事態は面倒臭い以外の何物でもない。
「いや、でも他人を養うなんて僕には無理だし……」
「貴殿は私を貰ったのだろ? であれば私は貴殿の嫁だ。他人ではあるまい。」
いきなり嫁と言われてヘロンは頭を抱えた。まだ結婚などする気もなかったしアトリの事を何も知らない。
「ほら、付き合ってもいないし、僕はEランクだし…… 」
ヘロンは自分の青銅色のランク証を示したがアトリは一笑に付した。
「付き合い? 見合い結婚だと思えばよい。貴殿…… 嫁が呼ぶには変か? 御主人様……旦那様……あなた……何がいい? 」
「そんなの名前でいい、名前で! 」
反射的に答えたが嫁と認めた訳ではない。
「そうか。ではヘロン、生涯を共に暮らそう。なに、ランクが何であれ獣の群れを一蹴した実力は本物だ。私より強ければ私に異存はない! 」
ヘロンはアトリに実力の片鱗を見せてしまった事を今更ながら後悔していた。だが、ここでアトリを拒絶すればステナがプルム村を潰しかねないという。それはそれで面倒臭い。
「取り敢えず、お友達からとか…… 」
「却下だ。もう私はヘロンの嫁と決めたのだ。別れたりすればステナ様が…… 」
そこでヘロンが人差し指をアトリの唇に当てた。それ以上は言わなくていいという意思表示のつもりだったのだがアトリは頬を紅潮させて俯いてしまった。
「す、すまない。こういう時にどう反応すればいいのかわからないんだ…… 」
「別に変に考えないでも素のリアクションでいいんじゃない? 」
ヘロンは善い案が浮かばなかったので取り敢えずステナ対策とアトリの扱いを後回しにする事にした。
***
ヘロンたちが王都に着くとステナが戦斧を担いだ大柄の男と顔立ちの整った細身のの男を引き連れて近づいてきた。二人のランク証はクリスタル。つまりSランクだから、彼らがステナの言っていた戦士と魔術師なのだろう。この二人が売り込んだ所為で溢れたアトリを押しつけられたかと思うと恨めしくもあった。人数不足で失格になる予定が崩れてしまったのだから。
「ちゃんと来ましたわね。まあランクBのアトリが居れば少しは格好のつくパーティーになったでしょ? わたくしに感謝なさい。」
「はぁ……ありがとうございます。」
ヘロンからすれば有り難迷惑なだけで文句でも言いたいところではあるが貴族と揉めるような面倒も起こしたくはない。
「心配は要りませんよ。今回は模擬迷宮探索大会。つまり模擬戦ですから強い魔物など出て参りませんからね! ホーホッホッホッ! 」
高笑いをしながら去ってゆくステナの後ろ姿を見送りながら、それはそれで面倒だとヘロンは思っていた。自分やミーコだけなら早々にリタイア出来るがBランクのアトリが一緒では多少先に進まねば嘘臭くなってしまう。
「行きましょうヘロン。これが私たちの初めての共同作業です。」
「御主人との初めての共同作業にゃぁ! 」
肉球を突き上げるミーコを見るアトリの眼は冷ややかだったが、ミーコは気にも留めていないようだ。
「ミーコは一応、一緒にヒルンド家のお嬢さんとアトリを助けたろ? ってか、アトリはこの迷宮探索を真面目にやるのかな? 」
「もちろんです! ヘロンの嫁として恥をかかせぬよう努めさせていただきます。」
アトリは即答した。変に張り切られても困るのだが、そうも言い難い雰囲気をアトリが醸していた。最悪、ダンジョンを破壊して道を塞いでしまえば事故で進めなかった事に出来るかとヘロンは考えていた。かくして模擬迷宮探索大会は開始された。
「それではヒルンド家主催の模擬迷宮探索大会を開催いたしまする。迷宮の何処かにあるヒルンド家の紋章の着いた皿を取ってきたチームに報償金貨1万枚を与える! 」
「「うぉぉー!!」」
周囲は盛り上がっていたがヘロンは冷めていた。
「どうしたのですかヘロン? 」
不思議に思ったアトリが声を掛けてきた。
「そんなに金貨貰っても使い道無いし、そもそもヒルンド家の紋章なんて知らないしね。」
「ヒルンド家の紋章は仕えていた私が知っています。もし賞金が手に入った時は私たちの老後の資金にいたしましょう。」
アトリは真顔で答えるがヘロンにとってはヤレヤレであった。