ep.39 令嬢の誇り
打ち拉がれたレミィがポツリと呟いた。
「あたいは? あたいもあんたを討とうとしたんだ、始末しないのかい? 」
「聖女は人の懺悔は聴いても人を裁くのは役目ではありません。」
それだけ言うとマリアンヌは立ち去っていった。
「くそっ……都合のいい時だけ魔女と聖女わ使い分けてんじゃないよ……生存競争だって言うならあたいは魔物の側であんたらと最期まで戦ってやるからな…… 」
レミィもまた、そう呟くと姿を消した。
***
雷鳴轟くある嵐の夜、王都にある名門ヒルンド家の屋敷の一室に二つの人影があった。
「よくもまあ、おめおめと妾の前に顔を出せたものですね、オレオン。確か貴方、称号剥奪、二階級降格の上、王都所払いになった筈でしたわよね? これ以上問題を起こしてヒルンド家を取り潰しにする訳にはまいりませんの。おとなしく引き下がるがよろしくてよ。」
ステナに自分の名前を呼ばれてソネットと同じ意匠の仮面を着けていたオレオンは少しばかり驚いたかのように肩を竦めた。
「えっ? なに? うそ! もう正体バレてんの!? 」
「いくら仮面で顔を隠しても髪型も服装も勇者時代のままでは当然でしょう? 過去の栄光に縋っているようで、みっともない。」
ステナの言葉にオレオンは納得半分、不満半分だった。
「あ、そりゃ正体バレるか。でもよ、みっともないはないだろ? あんただってソネットから誘われてんだろ。一緒にヘロンに復讐しようぜ? 」
「ふっ……そんなくだらない事を仰りにわざわざヒルンド家の屋敷に忍び込んだのですか? 無駄足、御苦労な事です。」
ステナはオレオンを嘲笑した。
「無駄足だと? あんたはヘロンの奴に一泡吹かせてやりたくはないのか? 」
「よいですか。我がヒルンド家が名門貴族と呼ばれるのは現王朝あっての事です。これが勢力争いであれば有力な方に付くというのもありでしょうが外部勢力が相手となれば、その後の保証など無いではありませんか。であれば妾が目指すべき復讐の道はヘロン以上の功を為して国王陛下に認めていただき、益々ヒルンド家の隆盛を極める事。例えば悪の走狗に成り下がった元勇者を討つとかかしらねっ! 」
言うが早いかステナは壁の装飾用の剣を執り不意を突くようにオレオンに斬り掛かった。装飾用と言っても刃のついた実用性のある剣であり武器としては充分な切れ味をしていた。だからオレオンも咄嗟に避けた。
「ああ、あんたもヘロンと同じで現状肯定派って事か。でもランク証を金で買うようなお嬢さんに元SSSランクの俺に勝てると思ってんのかい? 」
「さすが逃げ足だけで虹色ランク証を手にしただけの事はあるようですね。」
何の事はない、互いに実力がランクに見合ってないと言い合っているだけなのだが、二人の間には決定的な差があった。実戦経験である。たとえ逃げ回っていただけにしろオレオンは戦場を駆け回っていた。これを実戦と呼ぶかは審議ものだが金で雇った戦士や魔導師たちを働かせて自分は何もしていないステナとは雲泥の差があった。あっさりとオレオンに剣を弾かれステナは万事休す……に見えた。そこで唐突にオレオンの危険察知の勘が働いた。慌てて飛び退いた直後に剣が振り下ろされた。
「ほう…… 我が剣を躱すとはさすが元勇者……というところですか。」
そこには青と白を基調とした装束の騎士らしき青年が立っていた。
「貴様、騎士なら後ろから不意打ちって卑怯じゃないか? 」
オレオンの悪態に騎士は苦笑した。
「夜分に令嬢の部屋に忍び込むような輩が卑怯者呼ばわりとは笑止千万。」
「な、何者かは知らぬが褒賞はいくらでも出す。オレオンを討ち取るのだっ! 」
騎士の後ろで叫ぶステナだったが騎士は呆れていた。
「獰化師ソネットの誘いに乗らなかったのはヒルンド家の令嬢として貴族の誇りを感じたのですが…… すぐに金銭で他人を使おうとする辺りは見下げたものですね。生憎と通りすがりに賊の侵入に気づき追って参っただけ。どうやらオレオンの仮面は獣や竜の化面と異なり、ただのお面のようですし私が出るまでもないでしょう。この屋敷の衛兵にお任せし……ようと思ったのですが獰化師の御登場ですか。」
騎士の言葉に応じてオレオンの背後からソネットが姿を現した。
「少々、訪問するのが早過ぎたのか、あるいは遅すぎたのか。どちらにせよタイミングを誤ったようですね。オレオンさんは下がって例の作戦の準備を進めておいてください。わたくしはこちらの騎士殿と少々お話しがあります。」
ソネットに促されてオレオンは姿を消した。
「さて、通りすがりにしては色々とお詳しいようですが、御名前を御伺いしてもよろしいですかな? 」
「ネージュ=リュネシアンとでも覚えておいていただけるかな。ここで争うにはヒルンド家の御屋敷が消えて無くなりそうだから剣を交えるにしても後日、場所を改めたいのでね。」
ネージュの名前に聞き覚えは無かったが、まったくと言っていいほど隙の無い立ち振舞いにソネットも警戒心を高めていた。




