ep.37 ヘロン一家の食卓
ヘロン一家の食卓。というかヘロンの食卓は一人暮らしの頃から自給自足である。分家には運搬者代を節約する為にメアが緋竜を飛ばして配達している。もちろんヘロンの農場や牧場で穫れたものや野生で駆除した害獣などである。分家では三人ともある程度料理が出来るので問題無いがプルム村の本家では今までまともに料理経験のあるのがヘロンしかいなかった。アトリにしろアイリスにしろお嬢様だしメアも族長の娘である。ヘロンも化面の連中の一件以来、不本意ながら多忙を極めていた。暇な時はクレイン叔母さんが何かと世話をやいてくれていたのだが最近、少し事情が変わった。ヘロンが家に居る時はアトリが花嫁修業だとクレイン叔母さんの手間を増やしていたのだが自称幼妻候補生のフランがてきぱきと動いていた。アトリたちと違い平民の出であるフランにとっては家事全般手伝う事が当たり前で育ってきている。そしてヘロンからフランの面倒を任せられているマリアンヌも魔王の娘ではあるが聖女でもある。人並みの料理くらいは問題無くこなせた。
「ふう、結構人数が増えてきたからね。フランちゃんとマリアンヌさんが来てくれて大助かりだよ。」
嫁とはいえ、アトリもここでは肩身が狭い。
「ん? アトリさんはまだ修行中なんだから出来なくても仕方ないよ。順々に覚えていったらヘロンの好物教えてあげるからね。」
実はこのヘロンの好物というのが自称嫁たちの間ではちょっとした話題だった。クレイン叔母さんは正式な嫁のアトリにしか教えないと言い、アトリは未熟なので、どんな料理なのかまだ教わっていないと言う。ヘロンに聞いてもはぐらかされて要領を得ない。マリアンヌも思いつく利用を何点か作ってみたが、どうも違うらしい。幼馴染のアライアに探りを入れてみたが知っていそうになかった。謎というものは答えがどんなに単純でも謎であるうちは人の興味をそそるようだ。アトリもヘロンに嫁ぐまで剣以外の刃物を持った事がなかったとはいえ包丁で指を切るような事は殆んど無くなった。アイリスは人数的に厨房から押し出された格好でありメアは食べる専門的だ。メアに作らせると殆んどが丸焼きか水炊きになってしまう。
***
一方、王都の分家では食事の支度は否応無しにマリヴェルの仕事になっていた。ヴァリメロもマリヴェルもSランクなので分家だけで請け負った仕事もそれなりの収入にはなるが酒代に消える方が多い。野菜嫌いのヴァリメロは肉でも魚でも串に刺して焼くだけであり、ミーコが作ると十中八九、猫まんまだ。今日もマリヴェルが夕餉の支度を終えた頃、見計らったようにアライアがやって来た。
「秘書官をまだまだ飯時を狙って来たのかい? 」
「そりゃヘロン君の育てた野菜やお肉は素材が絶品で…… って人聞きの悪い、違いますぅ! なんとこの度アライアちゃんは秘書官を退任してヘロン一家専属担当官になりましたぁ♪ 」
瞳をキラキラさせているアライアに対してマリヴェルは呆れていた。
「お前さん、秘書官首になった途端に砕けたねぇ。」
「嫌ですよマリヴェルさん。首じゃなくて転属、配置替え。アライアちゃんにとってはむしろ栄転と言っていいでしょぉぉぉっ! 」
「いや、ヘロンは既婚者だってば……。 」
「それでですね……モグモグ……この事をですね……モグモグ……ヘロン君に……モグモグ……知らせて……やっぱヘロン君の手作り野菜は美味しいなぁ。なんで売らないんだろ……モグモグ……欲しいんです! 」
どうやら耳が拒否をしているのか不都合な事は聞こえていないらしい。
「あんた、食べるか喋るかどっちかにしなよ。お前さんの専属担当官就任を知らせて欲しいのかヘロンの野菜が欲しいのか分かりゃしないよ。うちは冒険者の一家で農業一家じゃないの。自給自足、一家の食べる分を作ってるんで公務員の晩飯用に作ってるんじゃないの! 」
「いいじゃないですか、アライアちゃんの就任祝いだと思って! 」
そこへ配達帰りのメアがやって来た。
「なんならアライア、就任祝いにプルム村まで緋竜に乗ってくか? 」
「ホントですか! 」
アライアも専任なのでプルム村まで出向いても問題はないと思ったのだろう。本気で喜んだ。
「帰りは夜中に徒歩だけどなぁ。」
「ええ~それはないですよ。この時間なんだから泊めてくださいよ、ヘロン君と一緒のベッドで構いませんからぁ。」
「それは嫁の誰かに寝首を掻かれる覚悟は出来てるんだろうね? 」
「え、あ、じょ、冗談です! 」
メアの殺気にアライアも怖じ気づいた。
「でも、夜中に王都まで歩いて帰って来るなんて魔物に襲われたらどうするんですか!? 」
それを聞いてマリヴェルとメアは顔を見合わせた。
「魔物? 獣じゃなくて? 」
「あ、ヤバっ! まだ未確認なんで調査中なんですよぉ。アライアちゃんから聞いたってのは内密に、ね、ね、ね! 」
どうやら、まだ公開情報ではないらしい。
「未確認って言ったって本当に魔物で被害が出てからじゃ遅いだろ? 」
マリヴェルに詰め寄られてアライアとしては立場がない。
「その……ギルド案件にするか冒険者案件にするかも揉めてましてですね。魔物ならギルド案件だろうとか、未確認なんだから冒険者が確認してこいだとか。ヘロン君が関わった案件だから御存知だと思いますけど、前に一度王宮の中庭に化面の魔物…… 化物って言うんでしたっけ? あれが現れてからギルド協会側も及び腰で…… 」
アライアの説明にメアは一つ溜め息を吐くと緋竜に乗ってヘロンに知らせに飛び立っていった。




