ep.34 収穫祭
ヘロンの牧場に奉ってある牧神のブレッダは眷属のロールと共に農神アスタルテの開く収穫祭の準備を手伝っていた。
「なんで主祭神の私が相殿神であるアスタルテの手伝いな訳? 」
文句は垂れるもののブレッダはせっせと動いていた。
「ブレッダ様、御自分の牧羊祭の時より働いてらっしゃいません? 」
「仕方ないでしょ、アスタルテの穀物が無かったら私の管轄する牧場の家畜たちだって食いっ逸れるんだから。」
ロールの問いにブレッダはなげやりに答えた。自分の信者たちが開く祭より自分の神としての存在意義である家畜の為の方がブレッダには大切だった。ただ人間そのものは神を神足らしめる存在なので存在にはしない。眷属とはいえロールには、そしておそらくはヘロンにとっても面倒臭い相手ではある。そして祭のようなイベントは自己顕示の絶好の標的である。初めての侵攻が貴族の中でも名家のヒルンド家が娘の名声を上げる為だけに主宰した模擬迷宮探索大会を台無しにする事も目的の一つに挙げていた程度にはメイカーにとって重要であった。化獣を売り込むには目立った方がいい。敗北すれば逆効果だが今回敗北しても評判が落ちるのはメイカーの化獣ではなくソネットの化竜だ。その点ではメイカーも気が楽ともいえた。
「それにしても化獣ほど言うことを聞かないものだね。これをサーカスの獣並みに操っていたとは、さすが獰化師という処か。」
メイカーも化竜を従わせてはいたが攻めるにしても噛みつくや体当たりのような細かい指示は出来ず、あくまで攻撃で何をするかは化竜の勝手であった。
「ロール、転移魔法でヘロンを呼んできてっ! 」
普段のロールの転移魔法は脱走しようとした家畜を発見次第呼び戻す為のものだ。つまり視認出来なければ転移させられない。さらに言うなら体積、質量的にも牛の一頭が限度であった。結果、ヘロンを『呼びに行く』のが精一杯なのである。いかに化竜が相手でも、それを操るメイカーが人間である限り神であるブレッダが介入する訳にはいかなかった。と其処へヘロンが現れた。まだロールは呼びに行ってはいなかった。
「あらま、お早いお越しだこと。今からロールにヘロンを呼びに行かせる処だったのに。」
そこへ竜騎士のメアも現れた。
「これでも炎竜人が末裔にして竜人族が族長カリエンテスの娘なんでね。炎系の竜には敏感なのさ。そんな事よりブレッダ、あんた神様なんだろ。あの竜を元に戻せないのかい? 」
「無理言いなさんな。私は牧神、牧畜の神様だよ。そんなのは医神のアスクにでも…… 」
「あれはお爺ちゃんでも無理ね。」
ブレッダの言葉を遮ったのはアスクの孫娘イアヒパだった。
「あら、居たの? 」
ブレッダのリアクションにイアヒパも少々ムッとした。
「一応、ロールさんのアフターケア。今のところ他に化病の症例が無いから経過観察とかね。で、話を戻すけどロールさんの症例とは決定的な違いがあるのよ。」
「あの化面……だよね。」
ようやくヘロンが口を挟んだ。
「そ。もしかして化面の秘密、気づいてたりする? 」
「なぜ手枷や足枷じゃなくて面なのか。最初に化獣を倒したのは僕だからね。だから最初は化面ごと急所を突いた。次は頭を吹っ飛ばした。牧場の時も後で片付けたし冰竜も粉々にした。化物はマリアンヌが霧散させたから問題ないだろうし。結局のところ、あの化面は種。顔面から脳に根を張って生物に操者の意思を伝達する中継器……」
「ダーリン、待った待った待った! オレには小難しい事はわかんねえけどさ、要は化面から脳ミソに根っこが生えてっから元には戻らないって事でいいのか? 」
「うん、まあ合ってる。」
まどろっこしい話が苦手なメアとしては要点が分かれば、それでよかった。
「では、あのメイカーという人も? 」
ロールの疑問も無理はない。それにはイアヒパが答えた。
「いや、メイカーの仮面からは瘴気を感じない。多分、意匠が同じだけで、あれはただの仮面だね。」
ロールとイアヒパの会話の最中!メアは緋竜に騎乗していた。
「戻らないって事が分かれば、あとは何でもいい。炎竜人の末裔として、竜人族族長の娘として、竜人族騎竜隊隊長として、そしてダーリンの嫁として悪事に加担させられる前に葬ってやるまでさ。竜騎士メア、推して参るっ! 」
メアが飛び立つとヘロンも化竜に向かって歩きだした。メイカーもソネットの初戦敗北の経過は聞いていた。もっと接近して爪牙や尾で攻撃させたいところだが、生憎とメイカーの出せる指示は攻撃とだけだ。そして炎系の竜は距離のある相手には本能的に炎を吐く。その瞬間を狙ってヘロンが掌を翳した時だった。背後から化面の肬猪が飛び出してきた。化竜と異なり化獣ならメイカーの指示通りに動く。突進力ならば下手に肉食系の獣を使うよりも威力がある。だがヘロンは迷いなく正面の竜に向かってアイスボールを放った。結局のところメイカーの化面は操るだけで竜そのものを進化、強化している訳ではない。自ずとソネットの時と同じ結果となる。背後から突進してきた肬猪はといえば剣で腱を斬られ、突進力が弱くなったところを竜鱗の盾で止められ、上空から槍で化面ごと頭部を貫かれて倒れた。もう一匹の竜は既に聖魔二刀流の餌食となって霧散させられていた。




