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したたかに謳って♪  作者: 凪沙 一人
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ep.32 天才化粧師の憂鬱

 人里離れた華やかな工房で自称天才化粧(けわい)師のメイカーは項垂れていた。工房は華やかではあるが瘴気に覆われているために人が近づく事はない。メイカーが真に天才のかは比較する相手が居ないので誰にもわからない。そんな彼が化瘴という瘴気と出会い、獣たちに纏わせ化面かめんを授ける事によって生み出した化獣ばけもの。質においては化竜かりゅう化物けものに劣るかもしれないが素体ベースが獣であるが故に量産化は他のものよりも容易だ。これを王国を恨む者や権力を望む者たちに売り付け、ある程度国力が疲弊したところで王国にも売り付ける。そして王国と国家転覆を謀る者、双方の財産を手中にしたところで売り付けた化獣を自分に従わせ兵力、財力を失い絶望する国家国民を牛耳って己の理想とする国家を築き上げる。これが当初のメイカーの目論みであり、同じく化瘴を手にしたソネットやボウカーとは目的や理想が異なる事から利害が一致している限り互いの邪魔をしないという協定を結んだ。だが、ここにきてメイカーの計画は頓挫した。原因は勿論、ヘロンである。王国の貴族の中でも名家を自負するヒルンド家が主催する模擬迷宮探索大会を台無しにし華々しく化獣の御披露目となる筈だった。それが、である。表向き通りSランクであるヴァルメロに倒されたのであれば、その生産性から大量導入し数で押し切るといった商談の進め方もあったかもしれない。だが実際にはEランクのヘロンが、それも一撃で倒してしまったのである。蛇の道は蛇、ヘロンの実力はともかくEランクの冒険者が一撃で倒したという事実だけが広まってしまえば化獣など戦力にならないという評価に繋がってしまう。実際問題、化獣の商談は一件も纏まっていないどころか問い合わせもない。これでは第二、第三の化粧師を育成するどころかヘロンを圧倒出来るだけの化獣を育成するだけの餌にすら困窮してしまう。放し飼いにすれば勝手に何処かを襲うだろうが、それでは数が揃う前にヘロン一家ファミリアに退治されてしまうだろう。かといって秘密裏に飼うには餌代もバカにならない。ヘロンを暗殺しようにも、常にあれだけ嫁たちに囲まれていては容易ではない。そもそもヘロンを暗殺出来るだけの腕があれば傭兵として化獣よりも商品価値がありそうだ。だがメイカーもここで諦める訳にはいかなかった。野望は希望よりも捨て難い。そもそも化瘴に手を出した時点で後戻りする道は無くなっていた。

「随分とお困りのようですねえ。」

 人も寄り付かず、他に誰も居ない工房で声を掛けられたからといってメイカーは驚きもしなかった。

「いくら協定を結んでいるとはいえ、勝手にボクの工房に入り込むのはやめていただきたいな、ソネット。」

「わたくしも失礼だとは思ったが、留守でもなさそうなのにお声掛けをしても返事が無かったものでね。気を悪くされたなら失礼しよう。」

 だがソネットの言葉にメイカーは首を振った。

「いや、気づかなかったこちらも非がある。それで何用かな? 」

 わざわざ人里離れ瘴気に覆われているメイカーの工房を訪ねてきたと云うことはソネットも、それなりに重要な用事があると思われた。

「たぶんたんだが……間違っていたら否定してくれて構わない。三匹の化獣をヘロンの牧場の手前で倒された辺りで手詰まりなのかと思えてね。」

 嫌味っぽくもなく淡々と語るソネットの口調は純然と客観的評価なのだと思われた。

「それで? だからといって、まさかボクに協力してくれる訳でもないんだろ? 」

「そのまさか……だと言ったら? 」

 ソネットの返事にメイカーも少々驚いた。ソネットやボウカーとは互いの邪魔はしないという協定を結んでいるだけで共闘関係という訳ではない。

「いったい、どんな魂胆だい? 」

「敵の敵は味方……とまではいかないけれど一時的共闘は已む無し、という処かな。我々は目的も手段もそれぞれですが世界を変えようとしています。ボウカーの手段は滅師を名乗るだけあって破壊的過ぎますが、貴方とならヘロンを倒した後に予定通り互いの目的の為にそれぞれの道を進む事も出来ましょう。」

 メイカーもソネットの言い分がわからないでもなかった。人心を惑わせる手法のソネットにとってボウカーのような直接的破壊行為は不都合なのだろう。力の差を見せつけて降伏を迫りたいメイカーの方が物理的損失は少ないと踏んだか。

「ボクと組んでキミにどんなメリットがあるんだい? 」

「正直に話そう。あの三匹の化獣を同時に操って、メイカーが牧場を次々に襲った時、とても興味を唆られたよ。わたくしの化竜も複数を同時に従わせる事が出来ればこちらが優位に立てるかもしれないとね。」

 実際に化獣は三人掛かりとはいえアトリたちに倒されているが化竜はヘロン以外に倒された事はない。もはや後の無いメイカーにとっては戦力を借りて技術供与という長い目で見れば不公平だとしてもソネットの申し出を断る理由にはならなかった。

「その提案、お受けしよう。」

「では決まりだ。先に複数の化面を従えるノウハウを教えて頂けるかな。獣と竜では、そのまま流用という訳にもいかないだろうしね。」

「ボクを時間稼ぎに使うつもりか。まあいい、ヘロンを倒せねば先の心配など意味を為さないからね。」

 ここにメイカーとソネットの取り引きは成立した。

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