ep.31 ヘロン
アイリスがサルヴァスの妹と聞かされてオレオンは意表を突かれた。
「ああ、自分で倒した仮面の竜の鱗を盾にした盾士が居るってのは、サルヴァス殿の妹君だったのか!? 」
「その化面の竜を実際に倒されたのも旦那様だ。」
アイリスも一瞬、躊躇したが冰竜をヘロンが倒したとフランが言ってしまったので隠しても仕方ないだろうと事実を告げた。
「何かあいつに弱みでも握られてるのか? Eランクの青銅風情が倒せる訳ないのは凍らされた俺でもわかる話だ。最近、王都でも仮面の獣退治で噂の女子率高めの新興一家だって聞いてたんだが当主がそんなんじゃ、直に潰れるぜ? まあ不在みたいだしフランの顔も見たからもう行くぜ。二度と来る事は無ぇだろうな。」
オレオンは吐き捨てるように言うと出ていった。
「アイリスさん、あのような事を元勇者風情に言わせておいてよいのでしょうか? 」
どうやらマリアンヌはオレオンがヘロンを青銅風情と呼んだのが気に入らないらしい。だがアイリスの方は然して気にも止めていないようであった。
「旦那様が敢えて御自分の功績を、それと知られぬようになさっているのです。あのように真実を聞いても信じぬ輩も必要でしょう? 」
「なるほど愚者も使い用ですか。善くも悪くもオレオンも知名度だけはヘロン様よりありますからね。王都払いとなった身なれば精々誤った認識を広めて貰いましょう。」
アイリスとマリアンヌの会話を聞いていて少しの怖さとオレオンに対する憐れみを感じるフランだった。そうとも知らないオレオンはプルム村を出て少し離れた所でフードで顔を覆った一組の男女を見かけた。その男のランク証にオレオンの目が止まった。
(こんな所に青銅ランク? 大聖堂じゃ、ちゃんと顔見てなかったが、こいつがヘロンって奴に間違いない。少し脅かしてやるか。)
すれ違いざまにオレオンは剣を抜いてヘロンに斬りかかろうとしたのだが振り下ろす前に剣はオレオンの手の中から消えていた。
「え!? なんで? 」
目の前ではオレオンの剣を弾き飛ばしたアトリに睨みつけられていた。
「確か…… 以前、ヒルンド家のお嬢ちゃんに仕えていた…… 」
「そんな頃もありました。今はヘロンの嫁として背中を託された身。ヘロンを背後から討とうなどという輩に容赦はしません! 」
オレオンも先代国王の時代から勇者をやっていたのでアトリに見覚えはあったし、手合わせをした事は無いが腕前も知っていた。
「なんでまたブルフィンチ家のお嬢さんがこんな奴の嫁なんかに……」
「無論、私よりも強いからです! 」
オレオンが腕前を知るアトリからヘロンの方が強いと聞かされてオレオンは唖然としていた。
「アトリ、大丈夫だよ。殺気は無かったし、殺気を隠して僕を殺せるほど器用じゃなさそうだし。」
「当たり前です。殺気が見えていたら今頃は素っ首斬り落としてます! 」
アトリの目が冗談ではないと物語っていた。
「そ、そうやって女たちに守られてデカい顔してられるのも今のうちだ! 今に化けの皮剥がしてやるからな! 」
オレオンはアトリに弾かれた剣を拾うと逃げるように走り去っていった。
「元は勇者ともあろう者が、まるで悪役ですね。初めて勇者として紹介された時から懐疑的に思っていたのですが間違いではなかったようです。」
そこへ上空から緋竜に乗ったメアが降りてきた。
「オレも上から見てたけどダメだね、ありゃ。オレが槍で狙ってたのに気づきもしない。なんで、あんなのが今まで勇者やってこれたんだか。」
するとヘロンが苦笑した。
「あれね。今の国王陛下がまだ王子だった頃に魔王……つまりマリアンヌの父さんが現れて、国民を安心させる為に表向きの勇者が必要だって事になったんだよね。で、当時どんなに厳しい戦場に送り出しても必ず生きて帰ってくるオレオンに白羽の矢が立ったんだよ。」
そこまで聞いていたアトリが不思議そうにヘロンに尋ねた。
「何故、ヘロンがそんな事を知っている? 」
確かに世間に出るような話ではない。
「ああ、王子だった彼に頼まれて魔王を降参させたのもマリアンヌを封印したのも僕だからね。あ、これはいつも通りオフレコだよ。」
ヘロンの話にアトリはあっさりと納得した。もはや何を聞かされても驚く事もない。それはメアも同じ事だった。
***
「くそっ! 立ち回りが俺より上手くて女にモテるだけの奴がチヤホヤされて調子に乗りやがって! 」
別にヘロンは立ち回りが上手い訳でも調子に乗っている訳でもないが、何事も上手く回らない今のオレオンにはそう見えていた。すると、そんなオレオンに何処からか声が聞こえてきた。
「では如何でしょう、ヘロン一家に復讐など試みては? 」
驚いたオレオンは剣を振り回して叫んだ。
「だ、誰だっ! 姿を見せろっ! こちとら降格されたとはいえ元勇者だぞっ! 舐めた真似してやがるとブッ倒すからなっ!」
オレオンの勇者らしからぬ言動に声の主は薄笑いを浮かべながら姿を現した。
「お初に御目に掛かります。わたくし獰化師のソネットと申します。」




