ep.30 元勇者の成り下がり
冰竜の礼拝堂占拠事件に伴う国王令違反について結審がされた。平たく言えばステナと勇者の判決が出たという事である。ステナについては貴族院の中でも温情派と厳罰派に割れステナには二ヶ月の軟禁生活が命じられヒルンド家には御咎め無しの処分がくだされた。一方の勇者はと言えば勇者の称号剥奪、ランクの二階級降格、王都所払いとステナに比べて厳しめの結果となった。そんな元勇者がプルム村にやって来た。目的は一応、自分を冰竜から救ってくれた(事になっている)元弟子のフランの顔を見に来たのと、そのフランを引き取ってくれた一家の当主であるヘロンへの挨拶だ。修行中のフランの姿を見かけ声を掛けようとして元勇者は固まった。竦んでしまった言ってよい。今、フランに稽古をつけたいるのはマリアンヌだった。王宮の中庭の一件の後、やって来たフランをマリアンヌに託したのだ。元とはいえ勇者の肩書きを持っていた者にとって娘とはいえ魔王の血筋は天敵と言ってよい。本能的に拙いと感じた元勇者は、そのまま立ち去ろうとしたのだが…… 。
「あ、勇者様! 」
かつては師匠と呼んでいたフランも師匠でなくなったのなら勇者としか呼びようがなかった。名前で呼ばせておけば良かったと今頃思っても、もう遅い。
「勇者!? 」
聖女の容姿に似つかわしくないドスの効いた声で呼ばれてしまった。
「え、あ、いや、元勇者でして今は御覧の通りのS級剣士でして…… 」
「卑屈になったものですね勇者オレオン。昔から実力も無いくせに、ランクと根拠の無い自信だけは人一倍。肩書きに慢心した揚げ句がランクも肩書きも自信も失うとは自業自得。」
勇者だった頃の覇気の無いオレオンにマリアンヌはいつも通りの声で冷たく言い放った。それに引き替えヘロン様はEランクでありながらと続けたい処だったが、それはヘロンが望まないと分かっているので控えた。
「昔からって……マリアンヌ様は勇者様とお知り合いですか? 」
フランの質問にマリアンヌは顔を曇らせた。
「……そうですね。勇者と聖女として共に戦った事も、勇者と魔王の娘として敵対した事もあります。ですが…… 一言で言って雑魚です。肩書き倒れの無能です。ただの役立たず。どうやって虹色のランク証を手に入れたのやら甚だ疑問です。」
「そ、それは戦場でひたすら逃げ回ってたら、どんな戦場や討伐でも必ず生きて帰ってくるから凄い奴に違いないとか言われてさ。前の国王が特例でくれたんだ。だから今回の冰竜相手みたいに一対一で礼拝堂みたいな建物の中なんて逃げ場が無いなんて無理ゲーだったんだよ! 」
「そういえば生命力としぶとさだけは家の中を這い回る黒光りする害虫並みでしたね。わたくしにとっても貴方とパーティーを組んだなど黒歴史でしかありませんが。それで、今日は何の用ですか? 」
「ああ、そうだった。いや、今後の参考にフランがどうやって冰竜を倒したのか聞いとこうと思って。ついでにヘロンって奴にも挨拶ぐらいしとこうかな。」
さすがに一緒にパーティーを組んだり対峙した事もあってかポンコツの元勇者でもマリアンヌの殺気に気づいて飛び退いた。
「なんだよ、藪から棒に? 」
「貴方のような上部の肩書きに縋って生きてきたような人間には理解出来ないのでしょうが、ヘロン様を軽んじるような発言は看過出来ません。」
今にも魔剣の方を抜刀しそうなマリアンヌに対してオレオンは首を傾げた。
「あいつEランクだろ? 俺は二階級落ちとはいえSランクだぜ! それに一家の当主って言っても成果はメンバーが凄いだけで、あいつ自身の成果なんて聞いたことないぞ。そんなのパーティーメンバーが凄かった頃の俺と変わんないじゃねぇか? 」
マリアンヌの手が聖剣にも掛かった。オレオンからすれば自分の見聞きした話しからすれば間違った事は言っていないつもりなのでマリアンヌの憤る理由がわからない。
「あ、勇者様……じゃもうないのか。えと、オレオンさんに冰竜をどうやって倒したかって聞かれましたけど倒したのは師匠……今の師匠ですよ! 」
フランの言葉にオレオンは笑い出した。
「はぁ? んな訳ないだろ。サルヴァス=アイギス殿だって冰竜を倒したのはフランだって言ってたじゃないか? 何があったか知らないが、そうまでして師匠だからってあいつを立てる必要はないだろ…… !? 」
今にも抜剣しそうなマリアンヌをアイリスが止めていた。
「マリアンヌ、旦那様の御宅をこのような紛い物勇者の血で汚す事はないでしょ? 」
アイリスの言葉にマリアンヌも小さく頷いた。
「それもそうですね。その首、刎ねるにしても村の外に出てからにいたしましょう。」
この時、出口をアイリスに塞がれてオレオンは逃げ道を塞がれていた。
「それにしても、兄者も旦那様のお気持ちを多少なりと理解してきたようですね。」
「兄者? 」
「申し遅れました。我はアイリス=アイギス。サルヴァス=アイギスの実妹にございます。」
本当はヘロンの次の嫁と言いたかったのだがサルヴァスに口止めしている以上は、ここは控えるしかなかった。




