ep.3 高慢な令嬢
少女のランク証は金色、つまりBランクだ。気絶している女性の方はAランクの証である白金のランク証を着けていた。AランクとBランクが手を焼いているのだから、DランクやEランクが来ても落胆するのも無理はない。
「早く救援を呼んで来てくれないか!? それまでは何としても持ち堪えてみせる! 」
叫ぶ少女を見てヘロンは溜め息を吐くと獣の群れに向かって行った。
「辞めなさい! Eランクでは死にに行くようなものです! 」
「別の助け呼んでくるまで君、もちそうにないじゃん? ミーコ、手当てしてあげて。こっちは片付けるから。」
言うが早いかヘロンは獣の群れに掌を向けると詠唱もなしに一瞬で消し去ってしまった。
「御主人~! せっかくの路銀の元とお昼御飯が~ 」
(え!? そこ? )
嘆くミーコを見てアトリは愕然としていた。
「こいつらの肉って硬いから3日は煮込まないと喰えないぞ? それにDランクやEランクが換金するには獲物のランク高過ぎて不自然だしね。それより治療は終わった? 」
「バッチリにゃ! 」
少女は少し気持ち悪そうに自分と身形の良い女性についたミーコの唾を拭き取っていたが傷は綺麗に消えていた。それを確認するとヘロンは立ち去ろうとしたが少女が呼び止めた。
「待ってくれ。礼を言わせてくれ。私はアトリ……アトリ=ブルフィンチ。せめて貴殿の名前だけでも聞かせてくれないか? 」
アトリの呼び掛けをスルーしようとしたヘロンを別の声が呼び止めた。
「そこの殿方……そこの殿方、聞こえてらして? 」
さっきまで気を失っていた身形の良い女性が気がついたようだ。
「僕ですか? 」
殿方と呼ばれるような歳でもないと本人は思っているのだが他に人影は無かった。
「他に居らぬであろう。どうやら世話になったようじゃのぉ。」
するとヘロンは作り笑顔で首を振った。
「いやいや、僕が来た時にはアトリさんが獣を片付けた後で、傷の手当てはミーコがやった事なんで僕は何もしてませんよ。」
女性はヘロンとミーコのランク証を見ると鼻で笑った。
「フン……そうであろう、そうであろう。アトリよ、よくやっ……? 」
アトリは女性が誉め終える前に慌ててヘロンの腕を引いて場を離れた。
「どういう事ですか? 確かにステナ様を治療したのはミーコという獣人かもしれないが、あの群れを倒したのは貴殿ではないか! 」
「別に君の手柄になるんだから問題ないでしょ? 」
「それでは私の気が済まぬ! 」
「アトリ、何をコソコソやっておる? 」
まだ、然程時間も経っていないというのに痺れを切らしたのかステナは語気を強めに声を掛けてきた。
「あ、いえ、その……そ、そう! ステナ様の手当てをしてくれた事のお礼を申していたところでございます。」
「ならば隠れてする事もあるまい? 妾はステナ=ヒルンド。聞いた事くらいはあるであろう? 」
ステナはドヤ顔をしていたがヘロンは首を傾げていた。
「し、知らぬのか!? ヒルンド家と言えば貴族の中でも名家ぞ? 」
「うぅん……やっぱ知らないな。てか王族とか貴族とかって興味無いし。」
「ぬぬぬ……その方、何処から来て何処に何をしに行くのだ? 」
ヘロンは『またか』と思いながら、ウンザリしたように答えた。答えるのも面倒だったが答えないと、もっと面倒臭そうに思えたからだ。
「僕はプルム村から来たヘロン。Eランクの冒険者。王都で開かれる模擬迷宮探索大会に行くところ。」
それを聞いてステナはニヤリと笑った。
「なるほどぉ。なるほどなるほどぉ。お主、今大会は三人一組だという事は知っておるか? 」
ヘロンはクレインから貰ったチラシを取り出して見直すと確かに書いてある。内心、ラッキーだと思った。メンバーが見つからなかった事にして失格になれば不参加でも言い訳は立つと思ったからだ。
「どうやら、まだ二人なのであろう? ならばアトリをくれてやろう。なぁに治療の礼じゃ。アトリはBランク、頼りにしてよいぞ。」
予想外の申し出にヘロンは困った。貴族の身勝手に振り回されるのも、せっかくのリタイアするチャンスを逃すのも御免蒙りたかった。
「せっかくだけどステナさんはどうするの? それにアトリさんの意思だって…… 」
ステナは手を振ってヘロンの言葉を遮った。
「気にせずともよいよい。こちらも、あと一人を探していたところ、Sランクの戦士と魔術師から売り込みがあって、どちらにするか迷っていたのだ。アトリが居なくなれば両方雇えるからの。」
つまり、体のいい厄介払いという事らしい。だいたい、この手の貴族は庶民の話を聞く気はないだろう。ヘロンは一旦アトリを引き取り後で別れればいいと思った。
「不束者ですが、宜しくお願いいたします。」
アトリはステナには逆らえないかのようにヘロンへ頭を下げた。
「そうじゃ、プルム村のヘロンだったの。それにミーコにアトリで受付を済ませといてやろう。なぁに、父上が主宰の大会じゃ、遠慮は要らぬ! 」
ヘレナはアトリを残して馬で王都に帰っていってしまった。それを見送ってヘロンは頭を抱えていた。






