ep.28 ソネットの誘惑
ステナは勇者の手を振り払うと少し落ち着きを取り戻したようだった。そして唐突に矛先を変えた。
「そもそも貴方が冰竜など使役って礼拝堂を占拠したりしたのが悪いのですわ! 」
「わ、儂? 」
突然、話を振られて驚いた老人ではあるが、ステナの言っている事は間違ってはいない。だが、それ以上の追求はさせてもらえなかった。
「そこまでだ、ステナ嬢。」
「へ、陛下!? 」
頃合いを見計らったように現れた国王に、さすがのステナも動揺した。いかに上級貴族の娘とはいっても国王と直接言葉を交わす事など殆んどないのだから。
「私は礼拝堂に立ち入り禁止の国王令を発布していた筈だよ。如何に名門ヒルンド家の令嬢や虹色ランクの勇者であろうと国王令に反した者を見逃す訳にはいかない。追って沙汰あるまで二人とも謹慎を命じる。衛兵、二人を連れ出しなさい。」
「はっ! 」
国王の命令に従い衛兵たちが二人を連れ去った。ステナも普段ならば悪態を吐いて逆らうのだろうが国王相手にそんな事をする訳にもいかずおとなしく連行されていった。
「雑な人払いだなぁ。」
「そう言うな。私も忙しい身なんだ。長々言い含めるよりは早いだろ? 」
ヘロンも呆れながらも同意した。
「それで御老人、今回の動機と経緯を説明して貰えるかな? 」
さすがに国王からの声掛けに老人は平伏低頭、緊張しながら答えた。
「は、はい。せ、先日発売された『月間将囲』に非公式ながら無敗の医神アスク様にヘロンなる冒険者が土を着けたという記事がございまして。神の一手を打つと呼ばれるアスク様は雲の上の御方。対局をお願いするなど、烏滸がましいですが、記事によればヘロンはEランクの冒険者、これならばと冒険者協会に足を運んだのですが、探索や討伐以外の依頼は受け付けていないと、けんもほろろに断られ諦めかけたその時に仮面を着けたソネットという人物がヘロンさんを誘きだす方法があると言って…… 」
そこまで老人が語ったところでヘロンが止めた。そもそも冰竜が化面を着けていた時点で大体の予想はしていたが老人からソネットの名前が出た事で確信した。ならば、ここから先は聞くまでもない。
「どうする? 」
言ってヘロンは、ただの冒険者だ。老人をどうこうする立場にはないので国王に丸投げした。
「礼拝堂には損傷もないし結果的に死傷者は出ていない。仮面の者に唆されていたとはいえ、やった事が大き過ぎる。しばらくは入牢して貰うしかないな。」
それを聞いてヘロンは少し呆れた。
「なんか、凄い甘々な処置だなぁ。ま、僕の口出しする事でもないか。取り敢えずお爺さん、牢屋の中で暇だったら将囲の腕、磨いときな。出所したら一局相手してあげるから。」
「本当か!? 約束じゃからな! 」
老人は嬉しそうに連行されていった。それを見送った国王がポツリとヘロンに尋ねた。
「こんな大事まで起こした老人の腕前って、どんなものだった? 」
「…… 先に言っとくけど僕が将囲を指したのは今日が二度目だ。その上で言うけど、あれは下手の横好きだね。多分、将落ちの置き石九個のコミ十目半あげても負ける気がしない。」
将落ちとは普通なら一発逆転を狙える将を相手から無くす。つまり自分の将を守りながら純粋に陣取りだけで勝利しなければならない。置き石も更の盤面に事前に相手が有利なよう石を置かせ、コミはハンディキャップだ。もう少し老人に実力があればアスクに引き合わせてもいいと思ったが、相手も文字通り神の一手を打つ雲の上の神様だ。こんな事で時間を割いて貰うのは気が引けた。
***
その頃、ステナもさすがに今回ばかりは父親から叱責を受けていた。
「まったく、なんて事をしてくれたんだ、お前は! 」
「お言葉ですが御父様、妾はヒルンド家の為に王国の礼拝堂に巣食う冰竜を退治しようとしただけですわ! 」
ステナにとっては半分は本音である。
「だからといって国王令に反してよい事にはならんのだ! せめて冰竜を退治出来ておれば言い訳も立つが、虹色ランクの勇者まで駆り出した揚げ句、二人して凍り漬けにされ銀色ランクの少女に助けられたそうじゃないか? 」
「あれは勇者が実力を発揮する前に凍らされただけで妾の所為ではありませぬ! 」
「ともかくだ、どのような御沙汰がくだされるかもわからん。おとなしく謹慎しておるのだぞ! 」
一方的にそれだけ言うとステナの父は部屋を出て外側から鍵を掛けてしまった。
「御父様…… なぜ妾がこのような仕打ちを受けねばならぬのだ。……そうだ、全てはあの人たらしのヘロンの所為だ。模擬迷宮探索大会の時から目を掛け、アトリまでくれてやったというに恩を仇で返しおって…… 」
すると何処からか声が聞こえてきた。
「では如何でしょう、ヘロン一家に復讐など試みては? 」
「妾の部屋に忍び込んだ度胸に免じて話しくらいは聞いてさしあげましょう。何者かは存じませんが!妾がこれ以上問題を起こしては国王陛下にヒルンド家が御取り潰しにでもなりかねません。おとなしく引き下がるがよろしい。」
ステナの言葉に声の主は引き下がるどころか逆に姿を現した。
「お初に御目に掛かります。わたくし獰化師のソネットと申します。」




