ep.27 勇者の弟子
頭を抱える国王にヘロンが不思議そうに声を掛けた。
「どうしたんだ? SSSランクの勇者と言ったら、この国で最強の筈だろ? 冰竜が排除されれば将囲の勝負の話もなくなるだろうし何か問題でもあるのか? 」
ヘロンの言葉に国王は苦笑した。
「この国で最強…… 君が言うか? まあ筈はあくまで筈なんだし。それにSSSランクの勇者が敗北すると国民にも動揺が拡がるだろ? 」
そこから先は言わずもがなである。ヘロンは仕方なさそうに立ち上がると国王に嵌められた気もするが礼拝堂へと向かった。そこでは冰竜と一人の少女が対峙していたが、少女が善戦しているというよりは玩ばれている感じだ。周囲を見渡すと剣を構えた男子とステナそっくりの氷像が出来上がっていた。
「なんじゃ、また来たのか。何人来ようとヘロンとやら以外に用はない! 」
「僕が、そのヘロンだけど。」
それを聞くと冰竜の脇に居た老人が嬉しそうに駆け寄ってきた。
「そうかそうか、お主がヘロンか! さっそく勝負といこうではないか! あの無敗の医神アスク様に土を着けた腕前、見せてもらおうではないか! 」
「あれは…… 」
ロールを救う為の茶番だったと言いかけてヘロンは口を噤んだ。あまりにも老人が眼を輝かせているし、わかるように説明するのも面倒臭い。そして10分後……。
「チェックメイト。」
ヘロンが勝った、というよりは老人の自滅である。ヘロンのチェックに対して老眼の所為か受ける手を誤ったのである。
「くっ……くそう、もう一局じゃもう一局! 」
そこへ先ほどの少女が割って入ってきた。
「そんな! ヘロンさんと一局打ったら師匠とステナ様を元通りにしてくださる約束ではないですか! 」
「師匠? 君は勇者のお弟子さん? 」
「はい、まだCランクですけど…… って、なんだヘロンさんはEランクなんですね。」
なんだ、という言葉には残念さが滲んでいた。もしかしたら冰竜を倒してくれるかもしれないという淡い期待が儚く散ったと思ったのだろう。
「ええい、勝負の邪魔をするでない! ヘロンさえ来れば暇潰しに用はない! 冰竜よ、この小娘も凍りつけにしてしまえ! 」
老人に命じられた冰竜が凍気を吐き出そうとした瞬間だった。
「アイスボール。」
ヘロンの掌に集められた凍気が、ちょうど喉を塞ぐほどの大きさになって竜の口に飛び込んだ。その反動で竜が口を閉じた数秒後、冰竜の体は凍結しダイヤモンドダストのようにキラキラと崩れ去っていった。
「こっ…… これは!? 」
遅れてやって来て、この光景を目撃したサルヴァスは驚嘆した。冰竜を氷結系の魔法で倒すなど見たことがなかったからだ。妹のアイリスからヘロンが化面の竜を倒した話しを聞いてはいたが、実際に眼にしてもまだ信じられなかった。
「あ、丁度いいや。これ倒したの、サルヴァスって事でいいかな? 」
「いや、さすがに盾士の俺様がやったってのは無理がないか? 」
するとヘロンは少女の方へと向き直った。
「って事で、おめでとう。この手柄は君の物だ。君ならアイスボールくらい射てるだろ? 」
「えっ? ええっ!? 」
少女が動揺している間に勇者とステナが凍結から解放された。
「ふう、助かったよ。サルヴァス殿、貴公が我々を助けてくださったのか。さすがはアイギス家の当主たる御方だ! 」
勇者が握手を求めるとサルヴァスは首を振った。
「いやいや、冰竜を倒したのは貴殿の弟子だ。さすが勇者殿、良い弟子をお持ちだ。」
「え、フラン=ブランが……ですか? 」
「えと、えと、まあ、なんか、そんな感じ……らしいです。」
フランも、ぎこちなくサルヴァスと口裏を合わせた。
「そ、そうか。さすがは俺の弟子だ。お前は前々から見処のある奴だと思っていたんだ。これからも、その調子で…… 」
そこまで勇者が言ったところでフランが遮った。
「えっと、その件なんですが…… 短い間でしたが、お世話になりました。」
フランは申し訳なさそうに深々と頭を下げた。そこにステナが割って入った。
「お待ちなさい。フランさんと仰ったかしら。許しませんよ? 貴女は勇者の弟子として妾に仕えるのです! 待遇に不満があるのでしたら、仰いなさい。いくらでも改善してさしあげます! 」
「え、えっと…… ほら、あたしと勇者様って戦い方が全然違うんですよ。この国最強って言われてるSSSランクの虹色ランク証に憧れて弟子入りさせて頂いたんですけど、何か違うかなって。それにもう新しい師匠は決めたので勇者様の弟子は辞めさせていただきます! 」
するとステナはこめかみに血管を浮かせ真っ赤な顔で怒りだした。
「まさかヘロン一家に入るとか言うんじゃありません事よねっ! 」
「え、ヘロンさんって一家の当主なんですか? 直接弟子入りをお願いしようと思ってたんですけど、その方がハードル低いかもしれませんね。教えてくださってありがとうございます! 」
フランに他意はないのだが、屈託のない笑顔で礼を言う姿が余計にステナの怒りに油を注いでいた。思わず反射的にフランの頬を平手打ちしようとした手をさすがに勇者の手が止めたのだった。




