ep.26 礼拝堂の冰竜
アライアの返答にヘロンは首を傾げた。
「裏山の化竜は冒険者協会の依頼だったけど、牧神ブレッダの依頼は直接だったから協会からの報酬は無いんじゃないの? 」
「ああ、その件なら協会でも確認したんだけど、神様からお金を頂く訳にもいかないし。だから、このアライアちゃんが会長さんに掛け合って報償金を出して貰いましたぁ! ほら、王都でも仮面を着けた巨大化した獣や竜は問題になってるし、まして神様からの御褒美がまた私よりもヘロン君に近い処に新しい女の子を置いておしまいなんてありえませんもの。それに仮面の獣や竜はヘロン君の一家しか相手が出来ないみたいだから、合法的にヘロン君に公費で貢げるでしょ! 」
「ゴホンっ……ああ秘書官殿。今のは聞かなかった事にするから、あまり公に本音というかサラッととんでもない事は言わないように。」
アイギス家も盾士として代々王都の護りを担ってきた貴族である。公費を貢げる発言は、さすがに拙いと思ったのかサルヴァスが口を挟んだ。
「え? あ、あはは…… サルヴァス様もいらっしゃったんでしたっけ! 」
アライアも頭を掻いた。
「……俺様、そんなに存在感薄いかな? 」
「気にする事はありませんよ。秘書官にとってはヘロン以外はその他大勢でしかないんですから。」
存在を忘れられてぼやくサルヴァスをマリヴェルが宥めていた。
「ところで何故サルヴァス殿はこちらに? 」
「おっと、そうだった。アトリ殿も我が義弟ヘロン殿の嫁御なのだから義兄さんと呼んでいいんだぞ? 」
ヘロンがサルヴァスの義弟となるのはアトリがヘロンと別れアイリスが後妻に納まった場合である。だからアトリがサルヴァスの義妹になる事はないのだが…… サルヴァスは実妹のアイリスも認める脳筋である。いちいち突っ込む者はいなかった。
「そんな事よりヘロン。俺様は国王陛下からの依頼でお前を迎えに来た。どこからか陛下が俺様がお前の知己だと耳にされたらしくな。下手に兵士を寄越しても警戒させるだろうからという御配慮だ。」
「さっすがヘロン君! 国王陛下からお迎えなんて凄すぎ♪ 」
アライアは眼を輝かせているが当のヘロンは面倒臭そうに天を仰いだ。
「まったく…… 着いた初日に迎えを寄越さなくてもいいだろうに。アライア、分家作成の書類はアトリに任せても問題ないか? 」
「くっ。なんかアトリさんを正式にヘロン君の嫁と認めるみたいで個人的には納得出来ませんが国王陛下からのお呼び出しとあれば仕方ありませんわね。」
「いや、私は正式に嫁なのだが…… 」
アライアには、そんなアトリの言葉は聞く耳持たない。ヘロンが王宮に行ってしまうのであればと事務的に淡々と作業を始めた。
「マリヴェル、アトリのサポートよろしく。」
そう言い残してヘロンはサルヴァスと王宮に向かった。
***
王宮に着くと、サルヴァスが同行しているので途中で止められる事はなく、謁見の間ではなく国王の書斎へと通された。
「俺様はここで待っている。」
サルヴァスに見送られてヘロンは書斎へと足を踏み入れた。すると膨大な書類の山に目を通していた人物が手を止めた。
「久しぶりだね……ええと今は『ヘロン』と名乗っているんだっけ。鷺とは皮肉かい? 」
するとヘロンがクスリと笑った。
「僕がいちいち、そんな面倒臭い事を考える訳ないでしょ。適当につけただけだよ。それより謁見の間じゃなくて良かったの? ただでさえ国王陛下がEランクの青銅冒険者と直接会うなんて前代未聞なんだし。」
「謁見の間だと臣下たちも居るからね。出来るだけ君とは身分の差なんか関係なく話したい。それに今回は王国側が対仮面生物対策としてヘロン一家の当主を招いたんだ。ランク証の色は関係ないよ。」
アライアも言っていたとおり王都でも仮面を着けた巨大化した獣や竜は問題になってるのだろう。出現頻度が低いとはいっても最初の出現地が王都で催された模擬迷宮探索大会だ。対策を練らない訳にはいくまい。
「とりあえず『ヘロン』の知っている状況を教えて貰えないか? 」
国王に問われるままにヘロンは化粧師や獰化師の事や目的、化獣、化物、化竜について知っている限りの説明をした。説明自体も面倒臭いが、これで王国に化獣たちの相手をして貰えるようになれば楽が出来ると考えたからだ。
「ううん、すると彼は別口なのか? 」
国王が困惑したように首を捻った。
「彼? 」
「うん。実は国民には改修中って事で出入りを禁止している礼拝堂なんだけどね。仮面を着けた冰竜を連れて居座っているんだ。君と勝負させろと言っているんだ。それも将囲で……。」
「へっ!? 」
さすがによく分からない話の流れでヘロンもきょとんとしてしまった。そこへ慌てふためいた兵士がやって来て扉の前のサルヴァスを振り切って入ってきた。
「陛下っ! ヒルンド家の令嬢が仮面の冰竜を排除すると言ってSSSランクの勇者と礼拝堂に入っていかれましたぁっ! 」
するとその兵士の言葉に国王は頭を抱え込んでしまった。




