ep.2 旅は道連れ世は打算
ミーコはヘロンがランク証を翳した腕に擦り傷を見つけた。
「動くにゃ! 」
「うわっ!? 」
突然、ミーコが腕を舐めたものだからヘロンは慌てて腕を退いた。
「バイ菌が入ったら大変なのにゃ! 治療はちゃんとするにゃ! 」
「治療って……」
真顔でミーコに怒られてからヘロンが腕を見ると擦り傷が消えていた。
「これ、ミーコが治したのか? 」
人も傷を舐める事はあるが、それで傷が消える事はない。
「これが神子巫女の能力にゃぁ! 」
「元な。」
「うみゅ~ 」
ヘロンから現実を突きつけられてミーコは唸る事しか出来なかった。
「で? 」
「みゅ? 」
ミーコにはヘロンの意図が掴めなかった。それを察してヘロンは言い直した。
「それで、僕を呼び止めた理由は何かな? イボアの所為で途中になったけど話は聞くって言ったろ? さっきも言った通りお金なら無いからね。お腹が空いてるなら、このイボアの肉くらいは分けてあげるよ。」
するとミーコは一瞬、唾を飲み込んだが慌てて首を振った。
「王都まで連れていって欲しいのにゃ! 」
「は? なんで僕が? 」
「あたいが1/4だと聞いても態度が変わらなかったのにゃ。だから信用してやるにゃ! 」
ミーコは目をキラキラさせながら言った。ヘロンの態度が変わらなかったのはミーコが何者であっても、どうでも良かったからに過ぎない。
(でも、傷薬の節約にはなるか。)
「何しに行くのか知らないけど……王都に着くまでだからね。」
「やったにゃ! 1/4だと色々と前例が無いとか煩いのにゃ。人間と一緒なら、きっと都にも入れてくれるに違いないのにゃ! 」
ミーコの言葉から察するに、一度王都まで行って門前払いされたのだろうとヘロンは思った。
***
「で、ランクDの獣人がランクEの冒険者の従者なのか? 」
王都に向かう道中には幾つか関所のようなものがある。1/4など見慣れない役人にとってミーコは獣人の範疇なのだろう。であればランク上位がランク下位の従者というのは不思議に思われても仕方がない。
「あれか。時々いるんだよな、ランク下位に面倒な手続き押し付ける為にリーダーにするのが。」
それを聞いてヘロンがこっそりミーコを突っついた。
「バ、バレたにゃ~。」
ミーコもヘロンの意図を理解して役人に調子を合わせた。
「よし、通っていいぞ。」
二人は関所を通過して小さな村に立ち寄った。ヘロンはイボアの牙と毛皮と干し肉を冒険者交換所で路銀に交換した。冒険者資格が無いと利用出来ないが普通に売買するよりはレートが高目に設定されている。その中から幾許かの金子をミーコに渡した。
「はい、今日の宿代。」
するとミーコは首を傾げた。
「御主人はどうするのにゃ? 」
「誰が御主人だ? 僕は野宿。テントはあるからね。倹約、倹約。」
そう言って立ち去ろうとしたヘロンの袖をミーコは慌てて掴んだ。
「そ、それはダメにゃ! 」
「どうして? 」
ヘロンにはミーコが何を考えているのか量りかねた。
「きっと、そうやってミーコを置いてきぼりにして捨てる気にゃ! 」
ミーコが大声で泣き叫ぶものだから、ヘロンはまたもや注目を浴びてしまった。
「だから人聞きの悪い事、言わないでくれるかな。そもそも信用してくれるんじゃなかったっけ? 」
「なら、にゃんでミーコだけ宿屋なのにゃ? 」
どうやらガチ泣きだったのか赤くなった眼の涙を拭きながらミーコは尋ねた。
「僕のテントは一人用だし、ミーコはテント持ってないだろ? 」
「にゃんだ、そんな事なのかにゃ。別にミーコは御主人と一緒でも構わないのにゃ! ピッタリくっついていれば一人用でもなんとかなるにゃ! 」
「そっちが構わなくても、こっちが構うって。だいたい御主人ってのはなんなんだ? 」
「それは一応、ミーコの方が従者だからにゃ! 」
確かに王都までとはいえ関所などでボロを出さない為には普段から呼び慣れた方がいいかもしれない。その後、結局のところ捨てられるのではないかというミーコの疑心暗鬼を払拭する事が出来ず、ミーコはヘロンのテントで爆睡している。ヘロンはといえば寝ずに火の番をしていた。村外れとはいえ獣が襲ってこないとも限らない。
(薬代の節約になるかと思ったけど、とんだお荷物背負い込んじゃったな。)
食い扶持を稼ぐのは獲物を二人分獲るだけなので問題無いと思っていたが寝床を奪われるとは思っていなかった。それでも明日、王都に到着するまでの我慢の筈である。翌日、テントを畳み出発をして程なくして道から外れた草むらの方から咆哮と斬撃が聞こえてきた。
「どうします御主人!? 怪我人もいるみたいにゃ! 」
1/4とはいえ猫型獣人の血を引くミーコの方が聴覚はいい。ヘロンもあまり関わりたくはないが冒険者としては放ってもおけず仕方なく音のする方へと足を運んだ。するとそこには身形の良い裕福そうな女性が気絶しており、それを庇うように少女が獣の群れと戦っていた。
「下がりなさい! DランクやEランクの手に負える相手ではありません! 」
少女はヘロンたちのランク証の色を見て落胆したように言った。