ep.19 予期した再会
ヘロンはプルム村を独り旅立った……つもりだったのだが。
「ヘロン、牧場は遠いのか? 」
ブレッダが来た時に、その場に居たアトリは当然のように隣に居た。
「いや、そんなに遠くないしアトリは家に居ても良かったんじゃない? 」
ヘロンの言葉にアトリは首を振った。
「そうもいかぬ。相手は化面の『一味』……と言ってよいのか分からぬが、ともかく化面の何かが相手だとすると用心に越したことはあるまい。嫁としてヘロンの行くとこには何処までも着いて行く。」
アトリの描くお嫁さん像がどんなものなのかはヘロンには見当もつかなかったが、騎士の家系だったのだから、アトリは夫に従うような教育を受けていても不思議はない。もっともアトリの母親はアトリの父親を尻に敷いていたように見えていたが。
「御三方、お待ちしておりました。わたくし、牧神ブレッダ様の眷属ロールと申します。」
ヘロンたちを出迎えたのは栗毛をブレッダ同様に髪の毛を縦巻髪にした少女だった。御三方というのはヘロンはアトリの他にミーコを連れてきていた。ヘロン一人ならば問題無いがアトリが一緒となればヒーラーが居た方が安心だ。
「とりあえずアトリとミーコはここで待ってて。僕が見てくるから。」
「待てヘロン。」
アトリが呼び止めた。
「私は足手纏いか? 」
「いや、そんな事は…… 」
「ならば私も行く。私は嫁としても剣士としても常にヘロンと共に居ると誓ったのだ! 」
真っ直ぐヘロンを見つめるアトリの視線にヘロンも折れるしかなかった。
「ミーコとロールは牧場を頼む。」
「バッチ任せるにゃ! 」
「行ってらっしゃいませヘロン様。」
ミーコとロールに見送られてヘロンとアトリは一つ前に襲われたという牧場の方面へと歩きだした。二人っきりになったところでアトリが口を開いた。
「ヘロンは私が嫁で良いのか? 」
「え!? 」
唐突な質問にヘロンは困惑していた。
「ステナ様の勝手で私はヘロンに嫁いだ。ヘロンの嫁は私だと言い張ってはいるが自信がないのだ。だが、未だに恋とか愛とかがよく分からぬ。炊事も洗濯も掃除も修行中でヘロンに頼っている。アイリスやアライアのような嫁の座を狙う者も居れば、ミーコやメアのように種族的には嫁だと言う者も居る。ヘロンは本当に私でよいのか? 」
「もちろんだよ。」
即答されてアトリは一瞬、唖然とした。
「婚姻の儀の時も聞いてきたけどさ。アトリほど僕の生き方に干渉しようとしない人は珍しいからね。」
アトリも、きっと何度聞いてもヘロンの答えは変わらない気はしていた。そんなアトリにヘロンは言葉を継いだ。
「だから自分が居なくなればなんて考えないでね。」
「……わ、わかった。」
「それじゃ、僕の背中は預けたからね。」
そう言うとヘロンはアトリに背を向けて茂みへと向かって身構えた。
「おやおや、こんな所に御夫婦お揃いで現れるとは。もしかして気が変わったのかな? 」
茂みの中から人影が近づいてくる。
「そんな訳はないだろ、メイカー。」
メイカーは名前を呼ばれて首を傾げた。
「おや? ボクって名乗ったかな? 」
「いや、竜人族の村でソネットとかいう獰化師がそう呼んでたから。」
するとメイカーは顔を曇らせた。
「なるほど……いかに仲間ではないとはいえ、協定を結んでいるのだから勝手に名前をバラさないよう言っておくべきでした。」
「名前をバラされて困るような事でもあるのかな? 」
「いえ、そういう訳ではないのですが。ボクとしては第二、第三の化粧師を育成するつもりでいるのでボクの個人名よりも化粧師の方を世間に広めたいのですよ。」
「ふぅん。まあ、どうでもいいや。この先にある牧場は僕のなんでね。前にも言ったけど、僕たちの今の生活を脅かすのは辞めて貰えるかな? 」
それを聞いてメイカーは頭を振った。
「こちらも言った筈です。こちらに側につくのでなければ次に会った時には……敵だと。」
メイカーが右手を挙げると背後の茂みから複数の唸り声が聞こえてきた。
「君には一度、肬猪の化獣を倒されていますし、ソネットの化竜も倒したと聞いています。こんな所で出会すとは思っていませんでしたが本気でいかせてもらいますよ。」
「へえ……。僕は予期してたよ、こんな所で出会すってさ。」
涼しい顔で再会を予期していたと言うヘロンに対し、メイカーは不満そうな表情を浮かべていた。
「ほう……。参考までに何処まで予想されていたのかな? 」
「ここに来るまでに三件の牧場が襲われた。それも顔にお面のようなものを着けた通常の三倍はあろう巨大な獣が家畜を襲って食べ漁るって話だった。この時点で牧場を襲ったのが化獣でベースの獣が肬猪のような草食獣じゃなくて肉食獣だというのは分かる。牧場を襲った間隔から複数匹というのも分かる。ベースの獣がこの辺の獣だとすれば一匹ならもう少し間隔が空くだろうからね。で、大きさを五倍とかにすると餌が大変になるし、使役出来るのはせいぜい二、三匹だと思うんだ。前に僕が化獣を倒した時に商品価値が下がるって言ってたからメイカーでなくても使役するのは、そのくらいが限度かなってね。」
ヘロンの回答にますます眉間の皺を深くするメイカーだった。




