ep.16 月に叢雲、花に風
マリヴェルが扉の外に出ると旅慣れた服装の女性が立っていた。
「あ、マリーナ=ヴェルサーヌさんじゃありませんか。とすると、ここがヘロンさんの御自宅で間違いありませんね! 」
何やら書類を抱えてにこやかに笑う女性を見てマリヴェルが頭を抱えていた。
「マリヴェルでいいって。で、アライア……。冒険者協会の秘書官様が王都から田舎町の一軒家までやって来て、わざわざ何用だい? 」
「はい、表向きは協会から依頼してあった仮面のドラゴン討伐の確認です! 」
アライアの返答を聞いて再びマリヴェルは頭を抱えた。
「あんた、自分から表向きとか言う? なら本当は? 」
「はい、冒険者の皆さんの安全を守るため、ランク証から協会に位置情報が送られて来るのは御存知だと思いますが、ここにEランクの反応はヘロン君としてSランクの反応が三つ。他にもBランク、Dランクの反応が一つずつ。パーティーと呼べる人数を越えているので確認しに行かせて欲しいと協会には承認して貰いました! 」
アライアの返答は、これではもう一つ裏があるのがバレバレである。
「で、本音は? 」
「そりゃ勿論、このアライアちゃんからヘロン君を猫ババした泥棒猫の顔を拝んで、あわよくばヘロン君を取り戻……そう……な、なんて冗談ですよぉ……や、やだなぁ! 」
いつの間にか外に来ていたアトリたちの視線に気づき慌てて繕ってはみたものの焦りは隠せなかった。
「ヘロン…… アライア秘書官とはどういう関係だ? 」
「いや、ただの幼なじ…… 」
アトリの問いにヘロンが答えようとしたのにアライアが割って入った。
「ひどぉおおおおい! 一緒にお風呂も入った仲なのにぃいいい! 」
「何歳の時の話しだよ…… 」
ぼやくヘロンの姿にアトリも大体の事を察した。
「コホン……。 ヘロンの嫁としてはアライア秘書官の本音も気にはなるが…… 表向きと建前を先に片付けようか。」
アトリは努めて平静に話しかけたのだがアライアの方が収まらない。
「出たなヘロンを猫ババした泥棒猫めぇえええ! 」
「猫は婆でも泥棒でもないのにゃ! 」
場を和ませようとしたのかミーコが割って入った。
「出たな珍獣! 」
このアライアの一言でさすがにヘロンも拳骨で二度ほどアライアの頭を軽く小突いた。
「こら。アトリとミーコに謝れ。」
「痛いよヘロンくぅん! 」
甘えた声を出したところでヘロンが動じる筈もなく。
「そもそも僕はアライアの物じゃないんだからアトリが盗った訳じゃないだろ? それに獣人を珍獣扱いは人としても冒険者協会としても拙いんじゃないか? 」
するとアイリスは口を尖らせて言い訳を始めた。
「だってヘロン君のお嫁さんにはアライアちゃんがなる筈だったんだもん。それに人間の冒険者協会に登録してる獣人なんて少ないし、まして1/4獣人なんて彼女しか居ないし……。そもそもヘロン君が冒険者になるって言うからアライアちゃんはヘロン君に安全で報償金の高いお仕事を斡旋すべく冒険者協会に就職したのに、いつまで経ってもヘロン君たら依頼を受けに来てくれないしぃ。と思ったらアライアちゃんが秘書官に出世して窓口業務を外れた途端に模擬迷宮探索大会に参加するとか無くない? 挙げ句の果てに大会でパーティーを組んだアトリさんと結婚するなんて、だったらアライアちゃんも冒険者目指したのにぃ! 」
「はぁ…… で? 」
一通り言い訳を終えた後でヘロンの冷めた視線を感じてアライアもアトリとミーコに頭を下げた。
「う、うう…… ご、ごめんなさい。」
「あたいは全然気にしてないのにゃ! 」
「私もヘロンの顔を立てて水に流そう。それより業務に戻って貰えるかな? 」
「うっ……勝者の余裕…… え、コホン。まず仮面のドラゴン討伐について、どうやら解体処分まで済まされたそうで、死骸の確認は出来ませんでしたが竜人族の皆さんの証言もあり達成されたとみなします。第二に現状、ここにいらっしゃる協会登録者人数がパーティーと呼べる人数を越えている件についてですが今回の仮面のドラゴンの難易度から判断して複数パーティーでの討伐というのが事で一時的なものという事でしょうか? それともクランやギルド、ファミリア等の結成を前提とされたものでしょうか? 結成されるのでしたら、こちらの書類に記入して提出して頂く必要があります。」
そう言うとアライアは今まで大事そうに抱えていた書類をドサッとテーブルの上に置いた。
「え……これ全部? 」
思わずヘロンが顔を顰めた。
「そうだよヘロンくぅん。面倒だったら一時的って事にして皆追い返しちゃえばいいんだよ! そうすればお邪魔虫も減るしぃ…… 」
「いや、書類は我が書こう。いいや、書くっ! 」
アライアの言葉を遮るようにアイリスが割って入った。
「この書類を書けば我らはここに留まってよいのだな? 」
「え!? ええ。」
さすがにアライアもアイリスの圧に押し負けた。
「なるほどね。そういう事なら、あたしも書類作成を手伝わして貰うよ。」
アイリスの意図を察したマリヴェルも書類を手にした。
「二人とも、やけに積極的だね? 」
ヘロンの問いにマリヴェルは軽く、アイリスは力強く頷いたのだった。




