ep.13 嫁アトリの受難
ソネットが立ち去った後、ヘロンは徐にドラゴンの死骸に近づくと剣を抜いた。
「おいおい、ドラゴンの鱗っていったらオレの槍でも通らないんだぞ! それとも何か特殊な剣なのか? 」
メアの危惧を余所にヘロンはあっさりと鱗を一枚、斬り採った。
「な、なにぃ!? 」
これにはカリエンテスも驚きの声をあげた。
「あ、別に特殊な剣じゃないよ。その辺の鍛冶屋で売ってる安物。でも鱗は鱗に生えてる訳じゃない。皮膚から生えてるんだから、獣の皮よりは硬いけど剣で斬れなくはないんだ。まあ生きて動いてる時はちょっと無理だけど。」
そう言うとヘロンは斬り採った鱗をアイリスに差し出した。
「はい。」
「え? 」
アイリスは意味が分からず呆然としていた。
「さっき君の盾、壊れちゃったでしょ? 化面の能力で巨大化してるから君の盾に丁度いいと思って。持ち手とか加工は要るけど前のより軽量で丈夫なはずだよ。」
するとアイリスが急に顔を赤らめた。
「ききききき貴様……わかっているのか? 」
「え? 」
今度はヘロンの方が意味がわからなかった。
「そもそも盾士というのは、ほとんどが盾神レオニダスの信者なのだ。その教義に照らし合わせれば、新しい盾を贈るというは…… その…… プ、プロポーズなのだぞ///」
「お待ちなさい! 」
間髪を入れずアトリが割って入った。
「ヘロンには私という嫁がいます! そもそも貴方、最初にヘロンに向かって何て言いました? Eランクのゴミと言ったんですよゴミと! 」
「そ、それは仕方なかろう! あの青銅色のランク証を見て誰があの強さを想像出来るというのだ? あの件については誠心誠意、旦那様に赦しを乞うつもりだ。」
「旦那様と呼ぶな! 従者になりたいのなら御主人と呼べばいい!」
「誰が従者だ? 我は旦那様から盾を賜ったのだ! 我が嫁になるから貴様は離縁するがいい!」
「何を言っている? ヘロンと私は掟神信者だ、盾神の教義など知ったことではない。そもそもヘロンが貴方に渡したのは盾の材料であって盾そのものではなかろう? 」
「ならば旦那様に宗旨替えしていただく! 竜の鱗のような貴重品はほぼ盾だ。いや、それ以上だ! 」
「お前ら、いい加減にしろ! ダーリンが困ってんだろ! 」
アトリとアイリスの不毛な言い合いに見かねて割って入ったのかと思いきやメアもとんでもない事を言い出した。
「「ダーリン!?」」
アトリとアイリスが同時に視線をメアに向けた。
「え!? な、なんだ、その視線は? さ、三人で嫁になりゃいいだろ? 」
「三人で嫁になど、なれる訳がなかろう! 」
アトリからすればメアの言っている事は意味不明だった。
「……あ、ひょっとして人間って一夫一婦制なのか? 一夫多妻は子育ても家事も分担出来るから楽だぞ! なあ、そこの獣人? 」
メアに話しを振られてミーコもポンと手を叩いた。
「にゃるほど! 獣人もハーレム作る部族とかいるから規制はないのにゃ! ということはミーコも御主人の嫁になってもいいのにゃ! 」
「よくなぁいっ!! 」
反射的にアトリが声を荒げていた。
「そもそも竜人族や獣人族が人間の嫁など聞いたこともない! 」
「あたいのお父んは獣人でお母んは人間にゃ。あたいは他の獣人より人間に近いし逆もきっといけるにゃ! 」
ミーコが屈託のない笑顔で答えた。
「なっ…… ミーコは聖職者であろう? それに竜人族は…… 」
「あたいは元・神子巫女にゃ。御主人にもよく突っ込まれるのにゃ。」
確かにアトリもヘロンがミーコに突っ込んでいるのを聞いていた。
「竜人族もこの体だから生殖はそんな変わらねえぞ。卵も体内で孵化しちまうから違いってたら胎盤じゃなくて卵の殻が出てくるくらいだって産婆さんが言ってた。」
メアが反論すると、それを聞いていたミーコが顔を顰めた。
「産道を卵の殻が……なんか痛そうにゃ…… 」
「あ、大丈夫大丈夫。粘膜に包まれてにゅるりって出てくるらしいぜ。」
「その点なら我は旦那様と同じく人間だ。支障はないっ! 」
三者三様に、ああい言えば、こう返してくる様子に少しアトリもイライラしていた。
「ともかくヘロンの嫁は私だっ! 」
そう叫んだアトリの肩にヘロンが手を置いた。
「そこまでにしようか。僕の嫁はアトリだから。」
「ヘロン…… 」
思わずアトリが顔を赤らめていた。
「旦那様…… ならば旦那様のお気持ちが変わるまで我はお側に仕えましょう、この旦那様より賜りし竜鱗の盾に懸けてっ! 」
アイリスは毅然とアトリに宣戦布告した。
「あたいみたいな1/4獣人は獣人からも人間からも相手にされにゃいから神様にお祈りしながら御主人が振り向いてくれるのを待ってるにゃ。畏み畏み白す~ 」
急にミーコは巫女っぽく祝詞を始めようとする。
「なんだミーコ、カチコミ掛けるのか? オレはダーリンの嫁になれんなら二番目でも三番目でも構わねえからなっ! 」
結局のところ、誰もヘロンを諦める様子はなさそうである。
「フフっ、モテる旦那を持つと嫁も苦労するねえ。でも、あたしは剣士に戦士に魔導師に治癒師のところに盾士と竜騎士が加わってもパーティーの戦力バランスってのは悪くないと思うよ。」
アトリに語り掛けたマリヴェルは、しれっと自分とヴァルメロをパーティーメンバーにカウントしていた。