ep.12 獰化師のソネット
普通の竜であればメアたちでも倒せたかもしれない。しかし化面を着けた竜は勝手が違った。倒すどころか足止めも出来ず進行を遅らせるのが精一杯だった。
「で、でけぇっ! 」
そこへやってきたヴァルメロが驚嘆の声をあげた。
「こいつを足止めすればいいのだな。」
「アイリス、俺たちは後衛だ。村を守るぞ。」
いきなり肩を掴まれてアイリスも気が動転した。
「な、何をする!? 我は盾士だっ! 先頭に立って盾となるが役目っ! 貴様も戦士なら先陣を切って戦うのが役目であろう? 」
ヴァルメロを振り切って先頭に出たはいいが竜の一撃で盾は切り裂かれ、アイリスも吹っ飛ばされてしまった。
「た……盾が……我の盾がぁあああっ! 」
それを見てアトリが呆れていた。
「やれやれ、本当に役に立たないとは……。どうします、ヘロン。牽制しますか? 」
アトリの言葉にヘロンは首を横に振った。
「いや、周辺に雑魚も居ないみたいだしアイリスを下がらせといて貰えるかな? 」
「承知した。」
だがアトリがアイリスに近づく前にヴァルメロがジタバタするアイリスを担ぎ上げた。
「すまねえな、アトリにゃ重いだろ? 俺が運ぶ。こいつの兄貴ならもう少しマシだったんだが。また俺の戦斧使うかい? 」
「いや、今日の手柄はアイリスって事にしとくよ。」
ヘロンに言われてヴァルメロは竜に切り裂かれたアイリスの盾を見て、なるほどと頷いた。
「お、おい……何をする? 奴はEランクだぞ……青銅色だぞ? みすみす死なせるつもりか!? 」
事情を知らないアイリスは震えていた。
「盾を失った盾士に何が出来るのですか? おとなしく下がっていなさい。」
アトリに窘められてアイリスはしゅんとしてしまった。
「さあてと……」
ヘロンは化面の竜に掌を向けて構えた。
「我が盾で防げぬものが人の手で防げる訳がないっ! 」
再び叫ぶアイリスをアトリが制する。
「黙って見てなさい。」
化面の竜がヘロン目掛けて炎を吐こうとした大口を開けた瞬間だった。
「アイスボール。」
ヘロンの掌に集められた凍気が、ちょうど喉を塞ぐほどの大きさになって竜の口に飛び込んだ。その反動で竜が口を閉じた数秒後、ボンッという爆音と共に竜の頭が化面ごと吹き飛んだ。
「え……ええっ!? 」
呆然としているアイリスの横でマリヴェルが驚嘆の声をあげた。
「どうかしたのか? 」
アトリが怪訝そうにマリヴェルに尋ねた。
「今、爆裂系魔法じゃなくてアイスボールって言ったよね? わりと低級魔法なんだけど。それでドラゴンの頭、吹っ飛ばすってどういう理屈? 」
他に答えられる者も居なさそうなのでヘロンが口を開いた。
「そんなに気張って大魔法撃つ必要もなかったから。ちょうど喉を塞ぐ程度の氷塊を突っ込んだから外側の氷が溶ける前に喉の方の氷が溶けて、ドラゴンの火炎は高熱だから一瞬で気化して水蒸気爆発を起こしただけだよ。ほら、アイスボールぐらいの魔法の方がEランクらしかったでしょ? 」
するとパチパチと拍手をしながら竜と同じ化面を着けた男が現れた。
「まさかアイスボールで化竜が倒されるとは思いもよりませんでしたよ。」
「化粧師……の仲間? 」
確かに化面を着けてはいるが背格好や声が模擬迷宮探索大会の迷宮で会った化粧師とは異なっていた。
「いえいえ、我々は仲間などではなく利害が一致している限り互いの邪魔をしないという協定を結んでいるに過ぎません。おっと申し遅れました。わたくし獰化師のソネットと申します。その化粧師のメイカーから肬猪の化獣をEランクの冒険者に倒されたとは聞いていましたが、貴方でしたか。確かに敵に回すと厄介なお方のようだ。」
それを聞いたアイリスが驚いたようにヴァルメロたちに向かって声をあげた。
「なにっ! あの肬猪の化け物を倒したのは、お前たちではなかったのか!? 」
「そこのお嬢さん、少しニュアンスが違います。化面を着けた肬猪は化け物ではなく化獣です。」
アイリスに向かってソネットが冷静に突っ込んだ。
「ソネット、そのくだりは話しがややこしくなるから後で僕がしておくよ。ただ一つ、化粧師……メイカーだっけか。彼の説明に無かった化竜っていうのは化面を着けた竜で化獣や化物とは区別している、ってことでいいのかな? 」
ヘロンの質問にソネットは無言で頷いた。
「それで、これからどうする? 」
次の質問には少しばかり考え込んだ。
「そうですね……メイカーからは貴方は今の貴殿方の生活を脅かさぬように言われたと申しておりましたが…… どうにも難しそうですね。我々は目的も手段もそれぞれですが世界を変えようとしています。それは多かれ少なかれ今の生活とはいかなくなるでしょう。とはいえ、当面の間わたくしは貴方の生活を脅かさないと約束します。他の者たちは知りませんがね。」
「じゃ、こちらも当面の間は見逃してあげるよ。僕は騎士でも勇者でも英雄でもないから進んで戦おうとは思ってないしね。」
「見逃してあげる……ですか。こちらとしても貴方の実力の底が知れないので本気なのかハッタリなのかわかりませんが…… 今日のところはお言葉に甘えさせてもらいますよ。」
そう言い残してソネットは去っていった。