ep.11 裏山のドラゴン
マリヴェルに取り引きを持ちかけられてヘロンは思い悩んでいた。そもそも疣猪の化獣を倒したのがヘロンだと知られてもEランクのヘロンに面倒な依頼が来る可能性は低く大きなデメリットは無い。むしろSランクのヴァルメロやマリヴェルの功績が消えるだけなので取り引きとしては成立していないのだ。ただ他の冒険者がEランクでも倒せると思って討伐に向かえば一溜まりもないだろう。それはたとえヘロンとは無関係な冒険者たちであっても気の毒だし寝覚めが悪い。
「一応、話しだけは聞いてみる。どうするかは、それからだよ。」
ヘロンに話しだけでも聞いて貰えるとなってヴァルメロが身を乗り出したのだがマリヴェルに制止されてしまった。
「あんたは脳筋なんだから、あたしが話す。この村の裏山に竜人族の村があるのは知ってるかい? 」
もともとプルム村の出身ではないアトリとミーコは顔を見合わせてから首を振った。ヘロンも知ってはいたが人間とは交流を持ちたがらない種族のため、詳しい事は知らなかった。
「その竜人族の村にお面着けた竜が現れた…… とか言わないよね? 」
「さすがヘロン、察しが良くて助かる。話しが早い。あたしらじゃ手に負えないってのもわかるでしょ? 」
当然のように話すマリヴェルを前にヘロンは溜め息を吐いた。
「はぁ…… 僕、面倒臭い事は嫌いなんだけどなあ。でもまあ、裏山って事は放っておくとプルム村にも被害が出るかもしれない…… って事だよね? 」
ヘロンの言葉にマリヴェルは笑顔で頷いた。その姿に頭を抱えたヘロンの肩にアトリが手を置いた。
「行きましょう、プルム村の皆さんを守るために。」
「そうだね、僕も新婚生活を災禍に邪魔されるのは面白くないし。」
そう言ってヘロンが立ち上がるとマリヴェルも立ち上がった。
「うんうん。そういう格好つけない処は嫌いじゃないよ。」
マリヴェルとしては正義だ、人々の為だと大義名分を翳されるよりはよほど信用が置けると思えた。
「でね、あんたの他にもう1人、助っ人を頼んでるんだ。入って。」
マリヴェルに促されて1人の少女が入ってきた。
「どういう事だヴァルメロ、マリヴェル。頼りになる奴が居ると聞いたが、ここにはBランクの剣士とDランクの獣人とEランクのゴミしか居ないではないか? 」
少女の腕を見るとクリスタル、つまりヴァルメロやマリヴェルと同じSランクという事になる。そんな少女の態度に我慢ならなったのだろう。
「詫びよ。」
「なにっ? Bランクの剣士をBランクの剣士と呼んで何が悪い? 」
「私はいい。ヘロンに詫びよと言っている。」
「待った待ったっ! 」
アトリが剣の柄に手を掛けようとしたところでヴァルメロが割って入った。
「アイリス、今のはあんたが悪い。ヘロン、すまないね。この娘は盾士のアイリス=アイギス。普通のドラゴン相手ならともかく、お面つきとなると用心に越したことはないと思ってね。本当はSSランクのアイリスの兄貴に頼みに行ったんだけど忙しいらしくてね。」
マリヴェルに紹介されてもアイリスはヘロンたちと視線を合わせようともせず外に出ていってしまった。
「すまねえな。悪い娘じゃないんだが今回のドラゴン退治で兄貴に認められたいんだろうな。」
ヴァルメロも何とか弁明しようとしたがアトリの立腹は収まらない。
「あのような者が役に立つのでしょうか? 」
憮然とした態度のアトリを見てヘロンが自嘲気味に笑った。
「仕方ないさ。皆だって最初に会った時は、僕の事をEランクがEランクがって言ってただろ? 」
言われてみれば、その通りだ。実力をその目で見るまではランク証をバロメーターにするしかない。
「そういや、そうだったっけね。それじゃ早いとこお面の竜を退治してアイリスにも実力を見せてやっとくれ。」
「え? いや僕は見世物じゃないんだけどな。」
ぼやきながらもヘロンは自分たちの安寧を守るために裏山の竜人族の村へと向かった。
***
「出たぁあああっ! お面の竜が出たぞぉおおおおっ! 」
竜が竜人族を襲う事が過去に無かった訳ではない。獣と獣人が別々の生き物であるように竜と竜人もまた別々の生き物である。逃げる村人を縫って髪の赤い体格の大きな男が竜の前に立ちはだかった。
「やあやあ遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそは炎竜人が末裔にして竜人族が族長カリエンテス! その証たる赤い頭を恐れぬなら掛かってまいれっ! 」
それを脇で聞いていた、同じように赤い髪の少女が呆れていた。
「長いっ! 古いっ! 竜に人の言葉は通じねえっ! 」
「てやんでぃ、べらぼうめっ! お前ぇも俺の娘なら名乗りぐらい挙げやがれっ! 」
カリエンテスに怒鳴られても少女はまったく動じていなかった。
「はぁ……竜騎士メア、推して参る。」
「そこは、もう少し族長の娘らしく威厳をもってだなあ…… 」
「来るよっ! 」
メアの言うとおり化面を着けた竜は名乗りを待つことなく竜人族の村に迫っていた。
「騎竜隊、オレに続けぇえええっ! 」
緋竜に乗ったメアの掛け声と共に、碧竜に乗った竜騎隊が化面を着けた竜目掛けて飛び立っていった。