ep.10 掟神との誓約
「ふぁああ…… まだあ? 」
神殿の奥から大欠伸と退屈そうな声がしてきた。ヘロンたちが奥へと進むと、背を向けてお尻を掻いている女性が居た。
「貴女が祭神様かにゃ? 」
ミーコが声を掛けると、やおら立ち上がってヘロンたちの方を向いた。
「やっと来たの? 久々の婚礼の儀だって言うから来てやったのに神様待たせるとは何事よ? 」
「えっと、村長の話だと、あんたに僕たちの愛を誓うとかなんとか言われたけど? 」
ヘロンの言葉に女性が目を吊り上げた。
「神様に向かって、あんたじゃないでしょっ! 私は掟神テミスティアナ。ちゃんと崇めなさいっ! 」
「テミスティアナ…… 長いからテミスでいい? 」
「ああ、もしもし。神の話、聞いてる? 私は崇めなさいって言ってるのよっ! 」
するとヘロンはクスッと笑った。
「この村の祭神だからここに来たけど、僕自身は別にテミスの信徒じゃないしなあ。」
「それならミーコも獣人の神子巫女だから宗派違いにゃ! 」
「私はヘロンの嫁だからヘロンが信徒ではないのであれば私も違う事になるな。」
三人の答えにテミスは思わず天を仰いだ。
「いや、取り敢えずプルム村に住んでるんだから信徒って事にしようよ。豊穣とか狩猟とか美とか愛とかの女神と比べると目に見えて掟神って人気薄いのよ。神界でも肩身狭くてさ。他の神と掛け持ちでも構わないからさ。」
神が人間にすがるという構図も気の毒ではある。
「んん掟神の信徒になるとメリットあるの? 作物が採れるとか獲物が獲れるとか美しくなるとか愛されるとか他の女神たちみたいな特典とか? 」
ヘロンに問われてテミスは考え込んだ。今日日の人間にノーメリットで信じろというのは無理なのかもしれない。だからといって法を司る女神が法を犯しても良いとは言えない。
「では真実の加護でどうだ? 」
「真実の加護? 」
ヘロンは首を捻った。真実の加護というものが、今一つピンとこなかったからだ。
「平たく言えば冤罪や策謀、誤認には掛からないという事だ。」
「あんまり恩恵無さそうだけど掟神としては精一杯だよね。いいよ、信者って事にしても。」
「よっしゃぁっ! 信者獲得ぅっ! めでたいっ! 実にめでたいっ! この善き日、晴れの日、めでたい日を以て新郎ヘロンと新婦アトリの婚姻の誓約を掟神テミスティアナの名を以て認めるっ! 」
浮かれた様子のテミスを見てアトリが不安気な顔を見せた。
「ヘロン、大丈夫か? 私たちの結婚が信者獲得のついでのように聞こえるのだが…… 」
するとヘロンがポンポンと二度ほどアトリの頭を軽く叩いた。
「大丈夫だろ、仮にも掟神なんだから。テミス、さっきの誓約、忘れるなよ? 」
「安心せい。神に二言はないっ! 」
「おっし、神子巫女ミーコがしっかり見届けたのにゃあっ! 」
「元な。」
「うみゅ~ 」
ミーコはまたもヘロンに現実を突きつけられて凹んでいたが、とにもかくにもヘロンとアトリの婚姻は成立した。三人が神殿を出てくると村の人々が今か今かと待ち構えていた。
「無事に女神テミスティアナの祝福を受けて御主人とアトリの婚姻が成立したのにゃぁあああっ! 」
このミーコの声を合図に村全体は呑めや唄えの大宴会になだれ込んだ。娯楽の少ない村で行われた久方ぶりの婚姻の儀なのだから無理もない。そして宴は朝方まで続いた。
***
ヘロンとアトリの婚姻の儀から3日ほど経ったある日、プルム村へヘロンを訪ねて来た者が居た。こんな田舎の村にクリスタルのランク証を着けた訪問者が訪れるなど初めてであったものだから、アトリが嫁に来た時と同様にヘロンの家は野次馬が集まっていた。
「これじゃ、おちおち話しも出来ねえな。マリヴェル、なんとかならねえか? 」
「まったくヴァルメロったら力仕事以外、役立たずなんだから。」
ぼやきながらもマリヴェルが魔術を使って会話が外に漏れないように遮断した。
「それでだな、頼みがあるんだが…… 」
「お断りします。」
ヴァルメロも頼みの内容を言う前に、けんもほろろに断られて渋い顔をした。
「まだ、何も言ってないだろ? 」
「言わなくても、Sランクのヴァルメロとマリヴェルの二人が雁首揃えて僕の所までわざわざ頼みに来るっていったら、化獣…… あのお面を着けた巨獣絡みしか思い当たらないんだけど? 」
どうやら図星だったらしくヴァルメロが頭を掻いている脇でマリヴェルが呆れていた。
「だから最初から素直に話せって言ったのに……。いい、ヘロン。これは取り引き。あんたのお陰であのお面の巨獣を退治出来るのは、王都じゃあたしらだけだと思われてる。実際、SSランクでさえ巨獣の死骸を見てビビってるありさまなの。それをあのヒルンド家の嬢ちゃんったら『妾のパーティーに任せるがよい』とか言っちゃって。挙げ句に自分は王都の守備をするから二人で行ってこいなんてぬかすのよ。こうなったのは、あんたの責任よね? 」
確かにヴァルメロの武器を使って化獣を倒し、手柄を押しつけた形にはなった。
「だから、あの巨獣を倒したのは本当はあんただって事は内緒にしとくから手を貸してくれない? 」
さすがにヘロンも如何したものかと考え込んでいた。