ep.1 自堕落な少年
物語はここ、プルム村から始まる。
「ヘロン! また油売ってんのかい!? 」
ヘロンには身寄りがいないので近所のクレイン叔母さんが何かと気に掛けてくれていた。
「やだなぁ。僕の家には売る程の油なんて有りませんよ? 」
するといきなり頭を叩かれた。
「いきなり叩くなんて酷いなぁ…… 」
「サボってないで仕事をしっ! 」
ヘロンは頭を掻きながら伸びをした。
「ふぁ~。職についてないのにサボりようがないでしょ? 」
すかさずクレインの二発目が飛んできた。
「暴力はんたぁ~ぃ! 」
「グダグダ言ってないで、コレ行っといで! 」
クレインがヘロンに差し出したのは王都で開かれる模擬迷宮探索大会のチラシだった。
「えぇ~? やだよ面倒臭い。それに僕、Eランクだよ? 無理無理。」
「大丈夫だよ、模擬戦なんだから。それに迷宮もランク別だっていうしね。」
「ええ~ 」
「行かないんなら立て替えた参加費、今すぐ返しておくれ! 」
「そんな勝手に申し込んどいて無茶な……お金なんて無いよぉ。」
「行くのか行かないのかい!!」
「わかった、行く、行くよぉ。」
ヘロンは自給自足をしていたので今の生活でも困ってはいなかった。だが、収入も無いので参加費を返せと言われても無い袖は振れない。何よりもクレインがヘロンの為を思ってやってくれている事は痛いほど分かっているので無下にも出来なかった。とにもかくにも荷物を纏め簡単な旅支度を整えるとヘロンはプルム村を後にした。参加するだけはしないと参加者名簿が発表された時にクレインにバレてしまうので王都まで行って開始早々に敗退するつもりでいた。Eランクといえば冒険者の中では最低ランクで、これ以下になると農民、職人、商人のような仕事に着かなくてはならない。つまりヘロンにとっては労働をしたくないが為にEランクという冒険者の肩書きを手に入れたのだ。道中、道端から力無い猫のような鳴き声が聞こえてきた。が、無視をして通り過ぎようとすると呼び止められた。
「待つにゃ! 普通、こういう時は様子を見るものにゃ! 」
「なんで? 」
ヘロンは平然と答えた。
「いや、こんな可愛い獣耳娘が居たら気に掛けても不思議じゃない筈にゃ! 」
「いや、可愛いと思うかどうかは感性によるから、押し付けられても困る。」
ヘロンは突然、指を鳴らすと爆発音がした。と同時に獣耳娘は獣耳ではなく頭の横を押さえた。
「ほら、その獣耳は付け耳でしょ? コスプレ? まあ、どうでもいいけど。じゃあね。」
「待つにゃあ! こんな所で捨てないでにゃあ! 」
少女は泣き出した。おかげでヘロンは周囲の視線を浴びる羽目になってしまった。
「人聞きが悪いでしょ? 拾ってもいないんだから捨てようもないんだし……。わかった、話しだけは聞いてあげるから泣くのやめてくれるかな? 」
すると少女はケロリと泣き止んだ。
「それで、僕にどうしろっていうの? お金なら無いからね。」
「まずは自己紹介にゃ。元神子巫女のミーコというにゃ!」
「……。」
「まずは自己紹介にゃ!」
「……。」
「まずは」
「わかったわかった。僕はプルム村から来たヘロン。Eランクの冒険者。王都で開かれる模擬迷宮探索大会に行くところ。もう話す事は無いからね。」
半ば諦めてヘロンは自己紹介をした。
「あたいは猫型獣人の神子に仕える巫女をしていたにゃ。けど、1/4だとバレて村を追い出されたのにゃ。」
「クォー……ター? 」
あまり聞きなれない言葉だったのでヘロンはミーコに聞き返した。
「あたいのお父んは獣人でお母んは人間にゃ。あたいは獣でも獣人でも人間でもないから行き場が無いのにゃ。」
そう言ってミーコは尻尾をフニャフニャと動かした。面白そうなのでヘロンがミーコの尻尾を掴むと突然、ミーコが腑抜けた声を挙げた。
「ふみゃ~ら、らめにゃ~し、尻尾を掴むにゃ~ 」
ミーコは顔を真っ赤にして肩で息をしたかと思うと怒りだした。
「獣人の尻尾を握ってはいけないのは、お約束なのにゃ! 」
「へぇ、そうなんだぁ。でも、そんなお約束知らないしぃ。」
ヘロンは棒読みで返事をした。その時、遠くから声がした。
「逃げろぉ! イボアだぁ! 」
声のした方を見るとゴツゴツとした大型の猪のような獣が二人の方へ走ってくる。
「何をしているにゃ!? 逃げないと危険なのにゃ! Eランクが倒せる獣じゃないのにゃ! 」
しかしヘロンは一向に逃げようとはしなかった。ミーコがもう駄目だと思った瞬間、カチンと剣を収める音だけがした。かと思うとイボアはドサッと音を立てて倒れ込んだ。
「夕飯ゲットォ~! 」
何事も無かったかのようにヘロンはイボアを捌き始めた。
「何したのにゃ…… 」
「え? 獣人だから獣は仲間だとか言っちゃう? 」
「獣と獣人は別の生き物にゃ……って、そうじゃないにゃ! イボアは最低Cランクでないと倒せない筈なのにゃ! Eランクだなんて嘘吐いたにゃ! 」
「嘘なんて吐いてないさ。」
そう言ってヘロンはミーコに青銅色のランク証を見せた。それは確かにヘロンがEランクだという証であった。