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非日常物語  作者: 黒ノ時計
其の壱 〜俺と三種の鬼〜
7/13

吸血鬼事件調査一日目(その4)

 それから俺たちへと引き返し、俺は神鬼さんとお別れすることになった。


 さっき言っていた栖鳳学院への潜入計画のために彼女はバイクで平っていう警察庁長官さんに会いに行くそうだ。


 去り際、彼女はとんでもなく爽やかな笑みを浮かべながら言い放った。


『約束は守れよ、真っすぐ家に帰れ。もしも帰らなかったら行き先があの世に変更されるからな、私の手で。だから明日は頼んだぜ、ヒトちゃん』


 彼女は夕日に照らされて煌めく金髪を風になびかせながら去っていった。

あの人が言うと全然冗談に聞こえないので、恐らくだけれど従わなかったら本当に酷い目に遭うのだろう容易に想像することができた。


 俺だってできることなら、是非ともそうしたいと思った。


 けど、俺はそれを選択しない。今は駅構内にあった喫茶店に入って隅の席でお茶を楽しんでいるところだった。


 ここは所謂、高校生、大学生とか社会人とかがよく利用するお洒落なカフェの店であり、店内の落ち着いた雰囲気やちょっとレトリックなBGMも良いけれど、何より他人とこうまで近くにいて遠い距離って中々ないと俺は思うのだ。


 レストランとかとは違って、一度注文を済ませてしまえば店員が自分から話しかけて来ることはなく、けれどもファストフード店みたいにぺちゃくちゃと周囲が騒ぎ立てるようなこともない。


 皆、イヤホンで耳に蓋をしたり、勉強に集中したり、スーツ姿でパソコンに向かい合って仕事をこなしたりと自分の世界に入り込んでしまっているのだ。


 カフェだからこそ作り出せる御淑やかな雰囲気だからこそ、皆が大人しく自分の世界に入り込むわけで、互いの距離が近くてやけに遠いと感じるのは互いの世界がそもそも違うからで、そこには現実的な距離感を飛び越えた圧倒的なまでの心の距離感があるからに相違ない。


 いや、もはや距離を定義することすらおこがましいのかもしれない。


 同じ太陽系ではなく、同じ銀河系でもなく、そもそも次元すら違っていて、決して互いが交わることはあり得ない。


 だから、お互いに距離が遠いのは当たり前のことで、それは俺にとってこれ以上になく心地の良い事に違いなかった。


 手元にあるのはシンプルにモカだ。甘すぎず、苦すぎない。それでいて浅すぎず、深すぎない味わいがまたいい。美味しくないのは御免なんだけど、美味しすぎると飲んだ時に褒める表現が見つからなくて困るからだ。


 単に美味しいと言えるこれくらいの味わいが丁度良いんだ。


 掴みやすい小さなティーカップをソーサーから持ち上げて、白く泡立ったものを中のコーヒーごと一口だけ飲んでから再びテーブルの上のソーサーへと戻す。


 ふぅと肺から息を吐きだして椅子の背もたれに背中を預けると肩の力が自然と抜けていく。


 偶にはこうしてゆったりとした時間を過ごすのも悪くない。


 いや、大抵は家にいるのだからゆったりしているのはいつものことだから、場所を変えて気分転換するのも悪くないって言い換えた方が正しいかもしれない。


 なら、どうして俺がこんな場所で気分転換なんていうものに興じているのかと言えば、当然、事件解決のための一考をする時間を稼ぐためである。


 今日は色々なことがあり過ぎて考えをまとめる時間もあまりなかったため、ここらでちゃんと時間を作っておこうと考えたのだ。


 さて、そうしたら早速だけど今回、俺が巻き込まれることになった『吸血鬼事件』について分かっていることを纏めていこうと思う。


 必要なプロセスなので、退屈だと思っても一応は目を通してもらいたい。いずれはやらなければならないのだ、やるべきことは先に終わらせておいた方が後が楽ってものだろうからさ。


 まず、最初に起きた事件について。


 第一の事件は犯罪特区にある柊豊根という女性が管理しているマンションの三階、306号室になる。


 平田啓介、三十四歳。都内の大手企業に勤めていたサラリーマンで一人暮らしの男性。


 遺体が発見されたのは一週間前の五月三十日の水曜日、リビングルーム、あの奥の部屋のドアの近くで仰向けになって倒れていたところを警察に発見される。


 洗面所に設置された洗濯物がジャージや下着だけ、スーツ、ワイシャツが暫く着られていないことから彼はここ一ヶ月余りは出社していないことが予想され、確信と至ったのは彼が精神安定剤を服用していた。


 また、台所に設置されたゴミ袋の中から大量のコンビニ弁当やカップ麺の残骸が見つかったことにより確定のものとなった。


 更に、彼は重度のネットギャンブル依存症であることが発覚しており、家賃を滞納せざるを得ないほどの重篤患者だったようで、それは私生活か、あるいは仕事から来るストレスが起因とされている。


 警察が『元』会社員あるいは無職ではなく、会社員と言ったのは彼が今もまだ会社に属している証拠であり、自宅にあった書籍が自分の仕事スキルを上げるための内容や柊豊根の証言から朝早くに出社し夜遅くに帰って来る生活パターンを考慮するとストレスの原因となっていたのは仕事である可能性の方が高い。


 ここまでは彼の現状のステータスを確認してみた。次は死因について検証してみよう。


 彼の死体は非常に干乾びており、神鬼さんや警察が推察した通りまるで全身の血や水分を抜かれたみたいになっていた。


 死体の腐敗はとても進んでおり、死後から一週間は経過しているというのが警察の見解のようだ。遺体の左首筋には確かに注射器で開けられたような穴があり、全身の血が抜かれていたことから吸血鬼の仕業ではないかという見解に至ったわけだ。


 しかし、犯人候補に挙がった柊豊根が殺したという物的な証拠は見つからず、まだ容疑者のうちの一人に過ぎないわけだ。


 だが、あそこが犯罪特区であるために誰が誰を殺しても不思議ではないため、有力というだけでまだ隠れた犯人がいる可能性は否めない。


 次に二つ目の事件についても検証してみよう。


 第二の事件の被害者は時任朱音、二十六歳の女性。


 彼女は半年前にし失職してからホームレスになっていて、二カ月ほど前からこの公園に住み着いていたらしく、近隣住人や公園の利用者からは厄介者扱いされていた。


 今から五日前、彼女も第一の事件ほどではないが発見までに五日ほどの日数が過ぎていた。


 発見が遅れたのは彼女が厄介者扱いされていたせいもあり、近隣の住民は警戒して彼女のテリトリーに近づくことはなかったという。


 死因は毒物、しかしながら第一の事件同様に全身の血を抜かれて死亡していたという。


 彼女は厄介者でこの近隣で被害者と接点のある人間はおらず、何故殺されなくてはならなかったのか理由は不明のままだ。


 第三の事件がどのようなものかは現段階ではまだ分からないけれど、恐らくは吸血鬼がやったと見せかけるために連続殺人を犯したか、あるいはもっと別の……。例えば、最近はよくこの近辺に出没する殺人鬼とやらに罪を被せるとか、そういう目的があるのかもしれない。


 連続殺人を起こすのは複数の人間に怨みがあるか、あるいは犯行の動機を曖昧にして本命を隠すためだろうから。そうしないと、連続殺人を危険を冒してまでやるメリットが存在しないことになる。


 それができるのは、そう。


 殺人に対して異常な快楽を覚えてしまう本当の殺人鬼くらいなものではないだろうか。


 ともかく、ここからは分からないことを列挙してみようか。これらを解決することが、今回の事件を完全に解き明かす限りになるに違いないはずだ。


 一、第一の事件で平田を殺した動機。 これは第二、第三の事件も同様。


 二、体内の血を抜き去った方法。


 三、殺人を行った証拠が見つからない理由。


 考えられるのはこれくらいか。もしかしたら俺の頭が足りないせいで何か見落としている感は否めないけれど、目下、これらのどれか一つでも分かれば犯人を絞れる可能性は十分にある。


 でも、手元にある情報だけでは全然足りないわけで、だからこそ俺がここに残ったというのもあるわけだ。つまりは、実際に夜の犯罪特区に向って情報を集めようという話だ。


 神鬼さんには止められていたし、俺だって正直に言えば行きたくはないと思う。


 しかし、弱腰になっていてはいつまで経っても事件の真相は闇の中、多少はリスクを冒してでも調べる必要はあると思うのだ。


 命を取られるのも、命を落とすのも御免なのだけれど、こう見えて自分の命をチップにできるくらいの度胸だけはあるつもりだ。


 いや、それは表現が正しくないか。


 神鬼さんは命大事にって言ったけれど、俺はそこまで自分の命に価値を見いだしていないのかもしれない。


 だから、どれだけ大事にするって言っても価値のないものを大層大切に抱いておくことはできないし、掛け金がちゃちなんだからギャンブルの掛け金にしたって別に問題は何もないと頭のどこかでそう考えているのだ。


 危険だと分かっている上でやるのは楽観視し過ぎではないかと突っ込まれるかもしれないけど、別にそんなつもりは微塵もない。


 むしろ客観的かつ冷静に状況を分析して、直接的に犯人に近づく方法がこれ以外にはないという結論にたどり着いたまで。


 ローリスク、ハイリターン。こちらの掛け金がちゃちな俺の命一つで、例え賭けに負けても俺以外の人間が困ることはない。


 万が一にでも俺が死んだら神鬼さんは鬼のような形相というか、もう地獄の鬼になってまで死んだ俺を地獄の果てまで追い回すだろうが、そのときは誠心誠意謝って許してもらうとしようかな。


 あとは、優雅にこの喫茶店で時間が過ぎるのを待っていればそれでいい。


 さて、冷めてしまう前にもう一口モカを飲んでゆったり、のんびりと音楽に耳を傾け……。


「ねえ、お兄さん!」


「……」


「ねえ、お兄さんってば!」


「……」


「ちょっと、流石に無視は酷くない!? 無視しーなーいーでー!」


「ちょっと、お兄さん呼ばれてますよ」


「君のことだよ!? ここは角席、後ろにも前にも誰もいないって!」


 どうやら俺のことだったらしい。考えてみれば、彼女の言う通りここは角席だ。ここを陣取ったのは俺がゆっくりゆったりのんびりしたいからで、こんな小娘と会話をするためじゃない。


 というか、なんだこの小娘は。銀色の髪は店内の照明を反射することで虹色がかって見える部分もあり、どうやら長い髪を三つ編みにして後ろに一本に束ねている赤渕眼鏡の女の子。目は日本人らしく黒色で、上は袖口が黄色でぎゅっと締まるタイプの黒いパーカー、下は赤色の丈の短いスカート。年齢は大体高校生くらいだろうか、話し方はかなりギャルっぽいというか、ギャルそのものではなかろうか。


 こんな時間にカフェにやってきて、男子大学生が一人黄昏ている席に女の子単体で訪ねて来るなんてどんな教育を受けているのだろうか。不良少女め。


「俺に何か用事なのかな? こう見えて、俺は結構忙しいんだ。君のような餓鬼を相手にしている暇は微塵もないんだけれど」


「随分な言われようだなー、もー。別に怪しい人とかじゃないよ? 宗教勧誘とかしないし、怪しい薬を売りつけたりもしないし、ナンパもしない。超健全な十七歳!」


 きゃぴーんとでも効果音が出そうな感じで「てへぺろ」と舌を出しながらピースした。


 宗教勧誘も、怪しい薬をセールスするのも、ナンパも大問題だけど、こうして十七歳の健全な女の子が男子高校生の前で舌出してウィンクしながらピースしていることが既に健全なんてものではない気がしてならないのは俺だけなのだろうか?


「それで? 全く怪しくないアピールをしている怪しげな超健全十七歳自称ちゃんが、俺に何の用事があるのかな?」


「全然、全く、何にも理解していないように聞こえるけど……。そ・れ・に! 私には、鬼神人士おにがみひとしっていう列記とした名前があるんだから!」


「鬼神、人士?」


 何だか、男みたいな名前をしているな。


「今、何だか男みたいな名前をしているなって思ったでしょ?」


「よく分かったね、超能力でも使えるのか?」


「別にそんなんじゃないよー。ただ、大体初対面の人には同じように思われるから何となく?」


「それは失礼しました。それで、鬼神ちゃんは……」


「人士って呼んで。鬼神は嫌いだから、人士って呼んで」


 彼女の瞳からハイライトが消えたと思ったら、何だろう。これは殺気か?


 こんな女子高生くらいの女の子が出せるとは思えないけれど、現在進行形で……。


 ともかく、苗字呼びは禁忌だっていうことを心に止めておかないと命が危ういかもしれない。


「分かった。分かったから落ち着いてくれ、人士ちゃん」


「うんうん、それでオッケー! 素直な人は嫌いじゃないぞ!」


 またきゃぴきゃぴしてそうな笑顔で言う。


 さっきまで放っていた気配が嘘のように引っ込んで、今はただの女の子しているのがむしろ俺の中の警戒心を引き上げた。


 それに、この笑顔は相手のことをそこまで好きじゃない人間の笑顔だ。


 嫌いじゃないのは本当だろうが、別に好意を抱いているわけじゃない。


 出会ったばかりの人間に対してなら当然の態度だろうが、心の中と表面上でここまで温度差を作れるのは素直に凄いと思った。


「それで、話の腰を折られているせいで全然話が前に進まないのだけど、何しに来たの?」


「そうそれ! 今、店内が満席だから相席をお願いできないかなって」


「それなら、どこかが空くまで待つか、テイクアウトでもすればいいんんじゃないのか?」


「私、待つの嫌いなの。それに、今は店内で飲みたい気分だから」


「何だそれ。我儘にもほどがあるだろ……。大人しく待ってればいいのに」


「でもほら、お兄さんはとっても寂しそうに一人で飲んでるし、話し相手くらいにはなれそうかなって思うんだけれど?」


「それは誤解だよ。俺は一人になりたいから一人になってるんだ。寂しいわけでもなければ、話し相手がほしいわけでもない。だから他所へ行ってくれ」


 まるで蛇みたいにまとわりついて来るので、そろそろ鬱陶しくなってきたので彼女を見ないまま自分の飲み物を飲んでいると、カップをソーサー置いたところで彼女が顔を横にして覗き込んできた。

カフェのテーブルの横で直角に曲がる女の子、シュールすぎる。


「お兄さん……。いいでしょ? 一緒でも?」


 再び、彼女の瞳からハイライトが消えて殺気を飛ばして来る。


 やっぱり、彼女は一般人ではないようだ。その証拠に、彼女がさり気なく自分の手元に持ってきた右手のパーカーの袖からは俺だけに見えるようにナイフのような刃物が手の甲に這うように飛び出している。


 ここは角席で死角になっているし、俺の横は窓じゃなくて壁、誰も目撃する人間はいない。


 ……仕方ないか。彼女が何者かは知らないけれど、従う以外に助かる道は無さそうだ。


「了解、了解。座りなよ、向かいは空いてる」


「ありがとう! お兄さん! じゃあ、私は注文してくるから待っててね!」


 あの一瞬で、もう右手の甲に刃物の姿は影も形もなかった。一体何者なんだろう、彼女は。


 暫くして戻って来た人士ちゃんの右手には赤や紫のソースかジュースが入ったモリモリクリーム盛りのベリートッピングドリンクが握られていた。


 所謂、最近流行りのフラペチーノというやつで、それは店頭で期間限定という文句で宣伝されていた新商品だった。


 ただでさえ甘いジュースの上にフルーツソースと生クリームに加えて果物まで乗せる必要があるとは俺自身思えないのだけれど、人の好みはそれぞれだし他人がとやかく言うことでもないので特に興味ない風を装っていようと思う。


「お待たせ、お兄さん!」


「別に待ってない」


「本当に連れないなあー、ちょっとばかりのご挨拶じゃん。それくらい応じてよー」


「必要ない。人のことをそんなもので脅しておいて言う人間の台詞じゃない」


「まあ、そうかもねー」


 彼女は遠慮なく俺の前にどんと腰を下ろすと買って来たジュースを刺さっていたストローに口を付けて嬉々としてチューと中身のものを吸った。


「あー、美味しい! やっぱり、甘くて美味しい物は正義だよね!」


「俺はそこまで甘い物は好きじゃないから、別にそうは思わないよ」


「人生損してるなー、お兄さん。人が楽しんでいるのを見て、素直に楽しめないなんて」


「別に一緒になって楽しむ必要なんてないんじゃないかな。人それぞれ好みは違うわけだし、個人が楽しみたいことを楽しめばいいと思うよ。ただ、他人に迷惑をかけるのは駄目だけど」


「ふうん? 他人に迷惑をかけないなら別に何をしてもいいってこと?」


「そうは言わない。ただ、やるだけやったら責任もちゃんと取るべきだと思っただけ」


「そっかー。それだと、私達って性格合わないかも?」


「合わないだろうね、初対面からそう思ってたよ。そうだろう?」


 通り魔さん。俺が口パクで彼女に伝えると、彼女は邪悪な人形のような三日月形の笑みを浮かべて、さながらホラー映画に出て来るような幽霊キャラのようなビジュアルに染まった。


「やっぱ分かっちゃう?」


「ただのブラフ。全然、全く根拠なんてなかった」


「私を嵌めたの?」


「嵌ったのは君だよ、人士ちゃん」


 そう、全然根拠なんて無くて、ただ口先だけで喋っていただけ。


 自分の置かれた状況と、思いついたワードを適当にくっつけて解答として提出しただけのはりぼてってだけで。


 だからむしろ、俺が落とし穴を作ったわけじゃなくて自分で掘って自分で埋まったのだ。


「誰かに話すの? 警察とかに言う?」


「別に。興味ない。君とはもう今後は会わないだろうし、自ら危険を呼び込むような真似をするはずもない」


「弁えてるんだ、自分の置かれてる状況について」


「どうだろうね。いざとなれば抵抗することもできるだろうけど、面倒ごとは元々嫌いなんだ。怨みを買って襲われるのは御免だし、そもそも一緒にいると色々と面倒そうだから」


 巻き込まれ体質の俺にとって、何より望んでいるのは平穏のただ一点。今回だって、事件の解決を申し出たのは自分が巻き込まれる危険性のある面倒ごとを解消したかったから。それ以上でも、それ以下でもない。


 だから、これ以上の厄介事は本当に願い下げなのだ。


「別に私は言ってくれてもいいんだ。そういうことをしてるって自覚はしてるから。でも、お兄さんがそう言うなら厚意に甘えちゃおうかなー。私、貰えるものは貰う主義だから。代わりに、お兄さんのことは標的の対象外ってことにしておいてあげる。優しくしてくれたし」


「あっそ、それはどうも」


 どうやら、期せずして俺は殺人の対象から外してくれたようだ。実にありがたいことだ。


「でも、お兄さんって凄いね」


「何だよ、藪から棒に」


「だって、普通は私みたいなのを見たら取り乱したりとか、少なくとも警戒するでしょう? でも、お兄さんって特に反応しないし、私が見せた時も動揺一つしなかったよね? それは、自分が抵抗する自信があったからかな? それとも、別の理由があったり?」


 彼女は自分の右手をひらひらとさせながら聞いてきた。

本当、こうして対話をしているだけだと普通の女の子とのなんてことない世間話なのに、刃物の存在が分かっているか否かでこうも聞こえ方や印象が変わるのは不思議なことだ。


「そんなことはない。誰だって、傷つけられるのは嫌だと思うだろう。俺だってそうだよ。内心、本当は凄く怖がってた」


「嘘。お兄さん、嘘は良くないよ。お兄さんは全然怖がってない」


「どうして言い切れるのかな? 人の心が読める超能力者ではないんだろう?」


「でも、私はそれをやってきた人種だよ? 分からないわけがない。心の底から恐怖する人間の目が、呼吸が、表情筋の動きが、呼吸音が、どんな風になるかを誰より理解してる。お兄さんは私のこれを見て、何とも思わなかった。いや、違うね。ああ、そういうことかって思って受け流して、あとは無関心。お兄さんはただ、普通の人ならこうするだろうなっていう行動を模範解答にして提示しただけで、それ以上の意味なんてないんだよね?」


「……はあ。そうやって、人の心を覗いて理解した気になってる人間は嫌いだよ」


「でも、否定しない。つまりはそういうことでしょう?」


「……」


 俺は答えない。本当に、どうなんだろうか。自分でもあまりよく分かっていないのかもしれない。

俺は別に死にたいとか思わないし、自殺しようとか、逆に殺されたいと願ってもいないけれど、そのくせ、自分の命に関してとことんまでの無関心だ。

自分の命をどうでも良いと思っているわけではないが、命を大事にしたいというほどに思い入れも存在しない。


「無言は肯定の証、なんてね」


「勝手に言ってろ」


「なら、教えてよ。お兄さん。どうしてそこまで、自分の命に関心がないのか」


「そんなことを言われても、性分としか言えないよ」


「でも、きっかけはあるでしょう? 自分の人生を振り返れば、必ずあるはず」


 まるで尋問でも受けているみたいだけれど、自分でもそのことは少しだけ気になったので考える良い機会なのかもしれない。ちょっとだけ考えてみるか。


 ……そうだな、たぶんこれしかない。俺が自分の命に関心が皆無に等しいのはきっと。


「何か思い当たることでもあったの? お兄さん」


「別に教えてもいいけど、こっちからも幾つか聞いていいか?」


「私に答えられることなら」


 言質は取れたか。初対面の人間に話すようなことでもないとは思うけれど、話さないと逃がしてくれそうにないし、別に隠すようなことでもないからいいか。


「俺はね、両親を失くしてるんだ。幼い時に、物心がついたくらいだったと思う。父親は病気で、母親は事故死。俺は小さい頃から物分かりが良かったからかな、両親が死んだことも、もう自分のところには戻って来ないことも自然と理解できた。だからだと思うんだ。成長していくにつれて思うようになったんだ。ああ、命っていうのはこうも簡単に飛ぶものなんだって」


 俺は両親がいなくなって孤児院に預けられた後、とあるお嬢様の家に行くことになった。

その人は御三家と呼ばれる非常に高貴な家柄の一つで、現代の貴族とも言える家系だった。


 御三家とは、神代かみしろ家、天狼てんろう家、蒼蛇あおへび家のことで、俺はその中で神代家のところに引き取られることになった。


「俺は両親を失くして孤児になった後、かなり高貴な家柄のお嬢様の目に止まってね。そこで育てられることになったんだ」


 彼女の名前は神代凪。真っ白な雪原をその身に宿したような白い肌と鏡のように艶やかな白髪を持つお嬢様。


 神童と呼ばれた学問の天才だが、からだがとてつもなく軽く転んだだけでも死にかねないほど繊細で、大抵のことは誰かにやってもらわないとできないほどに病弱。


 俺は彼女の介添え人として育てられることになったわけだ。


「けど、ほどなくして俺は彼女と別れることになる。彼女の父親がちょっとした研究者でね、欧州の方まで飛ばされて五歳から五年くらいかな。彼の研究に助力することになる」


 彼女の父親である神代神威は『I7』の中でも『七賢人』の一人と言われるほど最高峰の頭脳を誇っている研究者だ。


 『七賢人』とは、奇人変人天才が集まる『I7』の人たちが選んだ世界の頂点に立ちうる天才たちのことであり、一説には彼らの力を終結させれば技術が三世代は進むとも、未来予知すら可能になるとも言われているほどの頭脳を持っている。


『乱数破壊』、『未来予見』、『暴力怪奇』、『予定調和』、『妄想具現』、『楽園騒音』、そして『全知全能』。そう呼ばれている七人の存在が現在の『七賢人』だったはずだ。


 神城神威は『妄想具現』と呼ばれる男で、自分が想像したもので創れないものはないと言われているのだ。


 そんな彼でも創れなかったのが、「天才」と呼ばれる存在だ。


 彼はそれを欲してやまなかったからこそ、娘である神代凪を人工的に作り上げたのだ。


 人工授精の果てに、様々な遺伝子を組み合わせて、あの病弱で勉強する以外は機能できない人間としての欠陥品を創り上げた。


 その上、彼は彼女が失敗作と知ると屋敷に閉じ込めて、幽閉したのだ。


 俺は神代神威に自分が実験台になることを条件に、彼女を解放してもらうことを提案して彼はそれを飲んだ。


 その結果、俺は五年もの間、彼の「人口天才」とも言える馬鹿げた妄想を具現化する手伝いをしていた。


 けど、あいつは……。だから俺は……。


「お兄さん?」


 人士ちゃんに呼び戻されて、思考の海から浮上することになった。


 駄目だな、こうして考え込むと自分の世界に入り込んでしまうのは自分の悪癖だ。


「……ああ。どこまで話したんだっけ……。そう、研究に協力することになった辺りかな。うん、割と非人道的な実験ばかりだった気がするよ。プログラムに参加した何人もの人間が壊れていく様を見届けた」


 そもそも、人工的に天才を創ろうなんていう無茶なことをするのだから、無茶を強いない限りは成し遂げることはできないだろう。


 変な薬品を飲まされ、格闘術を習わされ、机に向かって大学生でも解かないような問題を一日中解かされ続け、ときに睡眠すらも禁じられたことだって、食事を抜かれたことだってある。

誰だって、そんな無茶な生活を続けていれば、いずれは体か、心か、あるいはその両方が壊れるだろうさ。


「けど、それに対して何も感じなかったのは恐らくだけれど、両親の死を既に体感していたからじゃないかって思うんだ。人は生まれたら死ぬ。死に方を選ぶことはできない。運命があるわけでも、神様がいるわけでもなく、人は生きれば死ぬ。だから、俺は最も自分の命に関心を持たない。死ぬときは、死ぬんだから」


 そう、死ぬときは死ぬんだ。


 父も、母も、そして彼女もそうだった。


 死ぬときは、死ぬんだ。


「ふうん? じゃあ、人は生きて死ぬのが当たり前だから怖くないってこと?」


「そうなのかなって、俺は漠然とだけどそう思ってるよ」


「それなのに、死にたくないんだ。それに、私の行いも許せないと?」


「許せないよ。どんな理由があっても、それはやっちゃいけないことだ。運命でも、神様でもない、他の誰かが誰かの命を奪うことは許されない。それは、その人が本来辿るはずだった道を歪めることになるんだから。それに、人様に大迷惑をかける行いだからだ。巻き込まれる側に回れば、人士ちゃんでも分かるよ。溜まったもんじゃないってね」


 巻き込まれる側は溜まったものじゃない。


 巻き込まれ体質の他でもない俺が言うのだから、これは紛れもない事実だと思っている。


 神鬼さんじゃないけど、人殺しが許されないってところだけには同情することができる。


「質問には答えた。これで満足したかな?」


「まあね。中々、面白い話を聞くことができたし、人士ちゃんは大満足! それで? 私に聞きたい事があるんだって?」


「ああ。まずは一つ目。これはただの興味本位だから答えなくてもいいけどさ、君はどうしてそういうことをするのかな?」


「そういうこと、ね。そうだなー……。逆に聞くけど、どうして人はそういうことをしないんだろうねって私は思うなー」


「それは、どういう意味だ?」


「そのままの意味だよ。ほら、生き物っていうのはさ、自然の摂理に従って生きているでしょう? 食べて、寝て、誰かを犯して子どもを作って、その繰り返し。けど、そのサイクルの中には同然、闘争があって、その中で生物は生き残ることもあれば、死ぬことだってある。例えば、食べ物が無ければ共食いするし、外敵からその身や我が子を守るために相手を殺す。お兄さんも言っていたように、生物は死ぬときは死ぬ。けどさ、それっていうのは他者が誰かに対して手を下すこと自体も生物のサイクルに組み込まれているはずなんだよ、本来は。けど、人は知識を以て法と秩序を整えて、そのサイクルを歪めた。誰かが誰かを手にかけることを法の下に禁じたことで、人は歪んだ道徳性を身に着けた。その結果、この有様だよね。人は今もなお増え続け、ゴミのように溢れかえってしまうなんて、本当におかしいことだと私は思うんだよ。お兄ちゃんはその辺り、どう思っているのかなー?」


「どうもこうもないだろうよ。文明の発展に、それがタブーだっただけだ。法も秩序も無ければ、文明が発展することはあり得なかった。だから、人は同種で争うことはしない」


 多種多様な人間が、意見が真逆だったり、逆位置に居たり、反転したりしていても、あるいは同族嫌悪があったとしても、ここまでやって来れたのは人が他人を殺めてはならないというルールの下でうまくやってきたからだ。


 気に入らない人間を幾らでも消して良い世の中であったなら、他人の成果を自分の物にしたり、あるいは文明発展を開拓者ごと消滅させたりもできたわけだ。


 そんな世界で高度情報社会なんて実現はほとんど無理ゲーに近い。


「それに、人は生物の中で唯一本能を理性によって律することができる生き物だ。だからこそ、彼らはここまで発展することができた。歪められてはいない、生物のサイクルと人のサイクルが異なる形で現れたってだけの話だ」


 人は確かに生物だが、理性や心があるという点では他の生物とは大きく異なる。

神鬼さんも言っていたけれど、人には心があって、理性がある。明らかに他の生物とは生き方の構造が大きく異なっているのは明白なのだ。


「なるほどねー、そう考えるのかー。けれど、それは人が生物としての生き方より人としての生き方を選んだ結果であって、本来のサイクルが無くなったわけじゃないよね。言わば、上書きみたいなものだよ。それに、そのせいで問題視されてることもあるよね? 人口増加による土地不足、資源不足。環境破壊だって、人が資源を求め過ぎたが故に起きたようなものだよ」


「何が言いたい?」


「お兄ちゃんは頭が良いんだから気付いてるんでしょ? 私の言いたい事。当ててみてよ」


 そうは言われてもな……。と言いたいところだけれど、この答えは考えるまでもなく単純だ。


「つまり、間引く存在が必要だって言いたいんだろ?」


「ピンポーン。要は、法や秩序なんていうもので隠したところで、闘争は切っても切り離せないってことだよ。今のところ、人を脅かすような存在なんてウィルスとかくらいだけれど、映画みたいにパンデミックでも起きない限りは間引くなんてできない。だって、ウィルスには知能なんてものは存在しないんだから。それなら、同じ立場にいる人こそがその枠組みに嵌るべきじゃないかなって思うんだけど?」


 屁理屈だ、どんな事情があろうとも人が人を殺めることを許すことはできない。


 何故なら、それがこの世界の常識であり、ルールだからだ。


 誰か一人の行いを許せば、連鎖的に誰かが誰かを殺める行為はまるでウィルスみたいに伝染する。絶対にあってはならないことだ。


 でも、否定できない。その矛先が自分に向けられるならまだしも、今は彼女の標的から外れているわけだし、否定するような理由なんてないわけだ。


 それに、彼女のような役割が必要なのも本当は分かっていることなのだ。


『I7』で勉強していたときも、どこかの論文でそんな蒙昧な戯言を見たような気がする。


 所詮、実現不可能な理論ではあるけれど。


「だとしても、やっぱり許容はできないよ。人の秩序を外れたら集団生活なんてできるはずもない。だからこそ、人は法や秩序から脱線して他人に手をかける人たちを『殺人鬼』って呼ぶんだ。だって、そいつは人から外れた人ならざる者だからだ。人士ちゃんはどうなのかな? まだ人なのか、それとも人の皮を被った心までも真っ黒に染まった鬼なのか?」


「どうなんだろうね。それが無差別殺人とかなら、それは『殺人鬼』って呼ぶんだろうけど。私は別に、無差別無作為にってわけじゃないんだよ?」


「じゃあ、それは何を基準に選定しているんだ? 君は」


「強いて言うのなら、本能かな。この人は私にとって危険とか、周囲に害をもたらす存在だとかね。だって、それが生物ってものでしょう? 快楽に任せて誰かに手を下すなんてナンセンスだよ。それに、生物は固有の武器や能力をもって相手を仕留める。だから、私はこれでしか人に対して手を下さないっていう絶対のルールを強いている。だから、無差別じゃないんだよ」


 彼女は彼女なりに、どうやら一線を引いているらしかった。人の輪から外れて、自分独自のルールで世界を生きている。


 言わば、チェスの盤上で相手はチェスをしているのに対して、こちら側は将棋の駒を用いて戦っているようなものだ。全く以て滑稽な話だ。


「ついでに一個言うとね」


「何?」


「そもそもの話、だよ。私、今自分で言っていて思ったんだけどさ。どうして、人は自分にとって害のある人間を手にかけない? ほら、例えば明確に自分の命が狙われていたり、学校とかで虐めに遭っていたり、あるいはストーカーに付けられていたり、こうして目の前に君の言うところの「それ」をしている人間が座っていたり、法では裁けないような悪人が居ても、どうして人は人を手にかけられないのだろうね? 私、そこはよく分かんないよ。私のような生き方をしている人間が、どうして後ろ指を指されないといけないんだろう?」


 彼女の話があっちこっちに飛んでいるように聞こえるけれど、本筋はずっと変わっていない。


 曰く、どうして人は人を殺してはならないのか? どんなに理不尽な状況であったとしても、人は人を殺めるようなことをしないのか?


 人のサイクルに殺しが含まれているのは歪んでいると彼女は言って、生物のように地球を食い潰す人を淘汰する存在がいる必要がいると彼女は言って、生物らしく自分の得意能力だけで自分に害を成し得る人間を手にかけていると彼女は言った。


 彼女の中では人が人を殺すことは当然であり、それがサイクルの中に組み込まれている。だから、ここまで話が全くもって平行線にしか進んでいかないのだ。


 俺の中には人を殺すようなことも、殺されるようなことも全てが異常であり非日常ではあるが、彼女にとっては自分が誰かを殺めることも、また自分が誰かに殺されることも通常であり日常なのだ。


 完全に法外、彼女は枠組みの外で生きているから価値観を共有できない。


 彼女が投げた質問は哲学の論理解釈としては非常に面白いものかもしれないけれど、それは三千世界や大宇宙を飛び越えた別の世界の、別の次元の常識を持ち出しているのであって、この議論は全く以て意味を成さない。


 彼女の話を解釈することは可能だが、微塵も理解することはできない。


「悪いけど、その疑問の答えを俺は持ち合わせていない。人士ちゃん、君の理屈はある意味では正解なのかもしれないけれど、この社会では通用しないよ。そもそも、人が築き上げた法や倫理、道徳心といった絶対的なルールが存在するのだから。いくら正しいように聞こえても、それは人の社会で生きているうちは間違っていることなんだ。だから、俺はその問いに対して明確な答えを提示できない。少なくとも人である俺の意見は一つ、何があってもそれは許容できないし、何なら後ろ指だってとことん刺してやる。俺は人なんだよ、人士ちゃん」


「そっか、まあそれなら仕方ないね。人の子のお兄さん。かく言う私も人だとは思うけれど、流れているのは鬼の血な可能性がある不思議十七歳だからねー」


「鬼の血? それは何かの比喩?」


「どうだろうねー。でも、ここで私が私の過去のについてとか語る気はさらさらないよー。でーもー? あの『超越者』と知り合いなら話は変わって来るかもね」


 おいおい、どうして人士ちゃんが俺と神鬼さんと一緒にいることを知ってるんだ?


 そのとき、彼女は再びニカーッと大きな三日月を表情に浮かべさせた。


「ようやく瞳が揺らいでくれたね、お兄さん。ずっと自分は賢いです、良い子です、自分には関係ないですみたいな顔をしてたからムカついてたところだったんだ。だから、そういう風に表情を変えてくれたのはとても嬉しいよ、私」


「……どうして。どうして、そのことを知ってるの?」


「どうしてもこうしても、公園で楽しそうに吸血鬼の話をしていたじゃない。私は一応、今はここ周辺の住人だからさ、嗅ぎまわられると困るんだよね。だから、もしも君が一人で居たなら危険人物とみなして襲ってたかも」


 人士ちゃんは声を刃先のように尖らせながら言った。冗談じゃなく、本気だったようだ。


「けれど、『超越者』が一緒じゃ手も足も出ないよ。彼女はちゃんと、お兄さんのことを守っていたんだね。多分だけど、私の存在にも気づいていたと思うよ? あの『超越者』のことだからさ」


 そうか、だからだ。


 私が守ると強調していたのも、俺に早く帰るように急かしていたのも、彼女が吸血鬼よりも先に彼女が接触してくる可能性の方が高かったからだ。


 命大事にっていう方針は変わってないだろうし、実際のところ、一緒にいるときは守ってくれるつもりだったんだろうけど、彼女が傍にいるということ自体が既に界隈では「守られている」という認識になるのだ。


 知らない奴が襲って来ても撃退するけど、強い人ほど彼女の存在を知っている可能性が高いから。だから、彼女はずっと俺と一緒に居てくれることで身を守ってくれていたのだ。


 ということは、彼女は公園からずっと俺たち二人のことをつけていたことになる。偶然を装って俺の前に現れ、わざわざこんな蒙昧な哲学風議論をしに来たわけがない。


 俺と相席になった本当の理由が、彼女にはちゃんとあるということだ。


「それじゃあ、君が俺と相席に来た本当の理由は何?」


「何とはつれないことを言うじゃん、お兄さん。吸血鬼事件を嗅ぎまわっているお兄ちゃんを襲わないで一緒にいる理由なんて、もうそれ以外に理由なんてないんじゃない?」


「吸血鬼事件を解決したい、とでも言いたいのかな? でも、君には俺たちを手伝う理由なんて無いように思えるけど?」


「それがそうでもないんだよねー。ほら、ついさっき。五時くらいのときかな? ニュースでも新聞でもいいけど、お兄さん情報をアップデートしてくれたかな?」


「悪いけど、俺はそこまで情報に敏感な方じゃないんだ。ニュースとかも気が向いたときくらいにしか見ないし、吸血鬼事件なんてのがあるのもぶっちゃけ知らなかったくらいだ」


「お兄さん、見かけと言うか、あれだけペラペラと御託を並べられるのに意外と情報のアップデートは遅い系?」


「御託云々に関しては、君に言われる筋合いはないと思うよ。人士ちゃん」


「それはそうかもしれないし、そうじゃないかもしれないけど……。まあ、いっか」


 人士ちゃんは不満そうに漏らしたが、すぐに自分のパーカーの左ポケットからスマホを取り出すと右手で画面を操作して、とあるニュース記事の画面を見せて来た。無論、ここで魅せられるニュース記事はただ一つ、吸血鬼事件に関するものだった。


「ここ、見てよ」


 彼女が指差す文面を黙読してみる。


『吸血鬼事件、またも発生! 今度は区内の高校が舞台! 警察はこれを連続殺人事件と断定、犯人候補に挙がったのは無差別通り魔事件の犯人か!?』


 神鬼さんの話だと、警察が何も手掛かりを掴めない難事件だから派遣されたって話だったと思うけれど、この記事を見る限りそんなお粗末な情報は影も形も見当たらない。


 どうやら警察は、事件に関しての進展が無さ過ぎて仮の犯人候補をでっち上げることで世間を落ち着かせようとか、自分たちはちゃんと仕事してますってアピールしているらしい。


 しかしながら、当の連続通り魔事件を引き起こしている本人さんは納得がいってない様子だ。


「さっきも言ったけれど、私はこれ以外は使わないんだよ。だから、私はこの件とは全く無関係だよ? それなのにさ、こんなふざけた記事載っけてくれちゃってさ、嫌になっちゃうよ!」


「そんなこと言われても、勘違いされるようなことをしているのが悪いと思うけどね」


 それに、この記事を見たことでさっき疑問に感じていたことに対する答えが一つ分かった。


「犯人の狙いは元々、この一連の犯行を通り魔事件と強引にくっつけることだったんだよ」


「どういうこと?」


「今回の吸血鬼事件は犯人も、目的も、犯行の手口すらも分かっていない。犯行の動機も分かっていないから断定はできないけれど、殺された被害者たちと犯人の間で何らかの接点があることが分かっているのは今のところ、最初に起こったとされるマンションの一室での事件だけ。被害者と加害者の間でトラブルがあったのはここだけで、他の二人と犯人の間でもしも関係性が証明されなかった場合、残りの二つに関しては犯人が犯行の動機を晦ませるために起こしたと考えるのが自然だよ。最近起きている通り魔事件だって、客観的な視点から見れば無差別に行われているわけだし、犯行動機や手口が分かっていないこの状況なら誰にでも罪を被せることは可能だよ。その白羽の矢に立ったのが、今もどこかでのうのうと生きている通り魔さんってことじゃないかな?」


「そういうこと……。それは、大した肝の据わった犯人さんみたいだね」


 人士ちゃんは自分のフラペチーノに手を付けると、悔しそうに顔を歪めてぎゅっとストローを嚙み潰した。


 いや、実際に悔しいのだろう。


 彼女は確かに犯罪者であり『殺人鬼』かもしれないけれど、誰だって冤罪をかけられるのは嫌だろうからね。


「それで? 人士ちゃんは俺にどうして欲しいのかな? 俺を得意技でねじ伏せて無理やりその席をぶんどって、その上、俺に何をしてほしいとお願いするつもりなのかな?」


「決まってる、私と協力関係になろう!」


 人士ちゃんはぐしゃりとなったストローをでズズーっと中身のジュースを吸い込み、ぎゅっとプラスチックの容器を握り潰して机の上に置いた。


 器用なことに、綺麗に底だけは潰さないでおいたみたいで内壁にカラフルなクリームが残った不格好なプラスチックアートが出来上がっていた。


「それ自体は別にやぶさかじゃないよ。俺も、それに神鬼さんだってこの事件を解決させる方向で動いているからね。けど、一緒にいる必要性はないんじゃないかな?」


 俺は遠回しにではあるけれど、君とは一緒に動きたくないと伝えているつもりだった。


 何せ、相手は世間をある意味で騒がせている通り魔事件の犯人さんであり、彼女が俺を狙わないと言ったことがどこまで信用できる事実かもこっちは分からないのだ。


 もしかしたら、隙を見て背後から刺されるかもしれないし、その鋭い金属の刃先で自分の喉笛が掻き切られるかも。


「もしかして、私の想像以上に私の事を警戒してない? 私、さっきも言ったけど無差別じゃないし、そもそもお兄さんに対して敵意を向ける理由ないし。それをやったら、間違いなくあの『超越者』に消されかねないし。流石にそこまで命知らずじゃないよ?」


「それを聞いて安心するべきなのか俺としては微妙なところだけね。まだ出会って十五分とかそこらの人間をおいそれと信用できるほど、俺は器量の大きい人間とは言えない。君が俺を手にかけない保障があるとでも言うのかな?」


「残念ながら保障なんて大層なことはできないよー、約束はできるけどさー。うーん……」


 俺の信用をどうしたら勝ち取れるのか、そんなことでも考えているのだろう。彼女が「うんうん」と頭を捻って悩ませている間、俺は既に冷めきって温くなってしまったモカに口を付け、ちょっと舌触りが不快感をもたらしつつも全て残さず飲み切った。


「そうだ! 良いこと思い付いた!」


 彼女が大声を上げて机を叩いたことで彼女の買った容器がころんと転がり、俺もまたカップを落としそうになる。


 周囲からも何事かと視線集めてしまったので、適当に会釈をして謝っておく。


「人士ちゃん、一応ここはカフェの中で寛いでる人もいるんだから静かにしようね」


「はーい、ごめんなさい……。じゃなくて! 取り引きしよ! 取り引き!」


「取り引き?」


「そう! 今は私がお願いしてるだけだからお兄さんにメリットがないでしょ? だから、私が協力してもらう対価をお兄ちゃんにあげる!」


 なるほど、そう来たか。確かに、単純に協力関係を築きたいと言って来るよりはほんの数ミリくらいは信用度は上がるかもしれない。


 本当に匙加減程度で、微々たる変化ではあるけどね。


「それで? 人士ちゃんは俺に何をしてくれるのかな?」


「そうだなー、お兄ちゃんをサクッとしちゃわないのは当然として……」


「当たり前だ。それをしたら協力できないだろ」


「えっとね……。私がお兄さんのボディーガードになってあげる!」


 ボディーガードだけやたら発音が良かったのは置いておいて、ボディーガードだって?


「その役割なら、神鬼さんが請け負ってくれてるだろ? これ以上、増やしてどうする?」


「でも、いつでもどこでも守ってくれるわけじゃないでしょ? それに、この事件が終わった後はどうかな? あの『超越者』だって事件が終わった後もお兄さんを守ってくれるようなことってあるのかな?」


「君はこう言いたいのか? これから先の人生、ずっと俺のボディーガードをすると?」


「そうそう! そういうこと!」


「それは嬉しいのか、嬉しくないのかってところだけどさ、人士ちゃんはそれでいいの?」


「いいの、いいの! 私たち鬼神の一族っていうのはね、元々は一人の主に仕えてその人を守ることを生業にするのが本来なの。けどねー、私の元居た集落の人たちっていうのはさ、私のことを本物の鬼だって言うからさー。酷いよね、同じ一族の仲間だって言うのにさー。私は集落の誰よりも天才的な才能を持って生まれたから嫉妬したのかなー? それとも、人が持っちゃいけない力だったから恐れをなしたのかなー? どっちにしろ、私は集落を追い出されて独りぼっち、ずっと、ずっと、ずーっと。外に出ても私の考えを理解してくれる人は現れないし、話を聞いてくれる素振りを見せて私を犯そうとする人すらいる始末だし。救いようがないよね、この世界は。ああ、別に追い出されたこと自体が悪いって話じゃないよ? だって、あの集落に居たらこの才能を活かす術はなかったもん、それ自体は全く嫌じゃなったんだけど。でもさ、自分を追い出した家族のことを好きにはなれないよねー」


 彼女が言う才能とはすなわち、殺しの才能のことだろうか。


 主に仕えて主を守るって言うなら、これ以上に優れた能力は存在しないだろう。だって、主に仇名す者は皆、抹殺することができるのだから。


 けれど、同時に異端でもある。一族で最も優れた能力なのに、最も忌み嫌われる才能という矛盾。


 その歪んだ感覚や環境が、彼女を連続通り魔事件の犯人へと育ててしまったのだろうか。


「じゃあ、君がそれを生業にしているのは才能があったからなのかな?」


「いいや、それは違うよお兄さん。考えが先で、気付いたのは実行したからだよ」


「考えが先……」


「そう。私、物心がついた頃から今と同じ疑問をずっと抱いてるんだ。何故ってね。その理由が知りたくて、私は私自身の技術を向上させて、私に危害を加えようとする人をこうサクッとね。そうしてる内に気が付いたの。私、こんな才能があるんだって」


「つまり、本来は気付くはずのない才能だったと? そう言いたいの?」


「うーん、どうだろうね。生きていればいずれは気付いたんじゃないかなって思うよ? ただ、そんな才能を持っていた自分を肯定できたか、否定できたかの違いじゃない? 私は、肯定することができたってだけで。だから、私の生き方自体に才能の有無は関係ないかな」


 ちょっとでも憐れもうとした数刻前の自分を鞭打ってやりたくなった。


 いや、そもそもの話、彼女が生来から、もっと言うと物心がついたときからそんな考えを抱いてしまっていたこと自体を憐れんでやるべきなのだろうか。


 いや、それも間違いなのか。だって、それはもう本能であるのと変わりがない。


 人を殺すということを不思議にも思わず、人が人を殺めないことこそに疑問を抱くというのは。才能と言うのなら、そういう歪んだ考えを持って生まれた事が才能であって、後天的に身についた技術など生物で言うところの本能に近いものならば、それは才能とは言えないのではないだろうか。


 鳥が必然と空を飛べるように、肉食動物が狩猟本能を持つように、生きていく上で自分に必要な能力は教わらなくとも身につくものだ。


 母親や父親が手本を見せるのは一人じゃ上手くできないからであって、生きていくのに必要な能力なら本来は教わらなくとも身に着けることができるものなのだから。


 だから、彼女の殺人に対する能力の本当の才能とは即ち、君の言う物心がついたときから抱いている疑問を抱いてしまっていること自体だと俺は思ったよ。


「話は脱線しちゃったけど、要するに全く問題ないってこと。それにさ、お兄さんにだって都合が良い事だと思うよ? 平穏に暮らしたいお兄さん。私がお兄さんのお付き人になれば、お兄さんは私に狙われることはまずなくなる。その上、あなたたちが言うところの無差別で無作為な事件の数々が嘘のように消えてなくなる。私はあくまでも、私自身の身を守るために才能を振るわせてもらっていただけで、主人がいるのに勝手なことはできないからね。お兄さんが止めろって言うなら止めるし、守れって言うなら全力で守る。どうする? お兄さん」


「……」


 俺は彼女の疑問に対する的確な解答を求めて、再び思案にふけることにする。


 彼女の提案は非常に魅力的なのかもしれない。


 巻き込まれ体質である俺が、彼女の提案を受けるだけで、この事件を解決すると同時に二つの厄介事から自然と逃れることができるわけだ。


 しかも、元来の巻き込まれ体質である俺は色々と命を賭けなければならないような局面に遭遇することも多いし、そろそろ用心棒の一人でも雇おうか本気で考えていたところだったのだ。今朝みたいにバイクで大学の食堂に突っ込まれて拉致されるようなことが今後もあるようだと困るんだよね。


 今回は偶々、神鬼さんが危ない人……には変わりないけど、少なくとも命を守ってくれる側の人間だったわけだが、今後もそういった類の幸運が続くとは限らない。


 開幕早々、バイクやトラックの下敷きにされたり、銃をぶっ放されて頭が吹き飛ぶかもしれない。


 だが彼女という存在が居れば、少なくともそういう事態にはなっても守ってはくれそうだ。


 それに、だ。彼女の主人になれば彼女に首輪をつけることができる。


 首輪をつけるっていうのは比喩であるから、そこは誤解しないで欲しいところではある。


 要は、彼女に人を殺さないように俺が監視をすればいいわけだ。


 野良犬でも、例え狼であっても、首輪を嵌められて調教されればそれなりに言うことは聞くだろうし、それができないなら檻にでも入れればいい。


 この場合で言えば、彼女を逮捕してもらうという選択肢になるのだろうけれど。


 ただ、この提案を引き受けた瞬間に彼女を監視とかしなくちゃいけないし、色々と別の厄介事が付随する可能性はあるけれど、生憎とお金には困ってはいないので、国を二つか三つ買うことになるような大惨事にでもならない限りは大抵のことは何とかなるだろう。


 同時に、彼女と関係を持つことで自分もまた犯罪者と同類扱いされるのではないかと思うけれど……。


 彼女の犯行は今のところバレてはいないわけだし、恐らくだけれど黙っていれば問題はない気がする。


 あるいは、あの『超越者』である神鬼さんに交渉すれば何とかなるかもしれないけれどね。


 迷いに迷った末、俺は取り敢えずの回答を彼女に提出することにした。


「悪いけど、俺は君の実力を知らないんだ。だから、君を傍に置くかどうかは仕事ぶりを見て決めることにするよ」


「ふうん? 一考はしてくれるんだ、お兄さん。どうして考えてくれる気になったの?」


「俺は割と面倒ごとに巻き込まれることが多くてね。他人とは違って、スリリングな人生を送って来たから盾くらいにはなってくれるかと思っただけ」


「お兄さん、平気な顔して幼気な美少女に酷いこと言うね。因みに、どんな人生を送って来たのか聞いてもいい?」


「そうだなあ。テロリストに狙われたり、家が爆弾で吹き飛ばされたり、一度は財布をすられたり、コンビニでばったり強盗犯に出くわしたり、街中を歩いていたら指名手配犯に襲われて返り討ちにしたり、泊まっていた旅館にダンプカーが突っ込んで来たりしたくらいかな。他にも細かいことは色々とあった気がするけれど、そんな感じだから」


「私、今になってボディーガードを申し出たことをちょっとだけ後悔したよ。というか、楽そうとか思った自分がアホだったのかもしれないんだけどさー、そんな痛快な人生を送ってるなら私も退屈はしなさそうかなー。うん、分かった。取り敢えず実力を見せればいいんだね? それで? 私は何をすればいいのかな?」


「取り敢えず、今から例の吸血鬼が出るっていう場所に向かうから護衛してよ。流石に一人だと心許なかったけど、人士ちゃんが一緒なら安心だね」


「それ、男の子が女の子に吐くような台詞じゃない気がするんだけどなー。うん、でもあの吸血鬼に会いに行くなら丁度良いね。ここらで少しばかり、お礼参りでもしてやろうかな」


 それも幼気な美少女が吐くような台詞じゃないよなっていう心の中の突っ込みは、胸の内にしっかりと留めておくとしよう。


 座っているだけなら銀髪で肌が白くて幼気な美少女っていうのは間違っていない話なのに、中身は通り魔事件の犯人だからなあ。


 それでも、表面上は幼気な美少女っていう点が否定できないのが何だかもどかしい限りではある。


「言っておくけど、吸血鬼を抹殺するのは無しだよ。彼か、あるいは彼女かは知らないけれど、吸血鬼は捕まえるっていうのが神鬼さんの方針なんだ」


「そうなの? 犯罪者だし、人殺しなら遠慮しなくていいかと思ったんだけどなー。それに、罪を擦り付けようとした大罪だってあるし」


「その言い方だと、人殺しより冤罪の方が罪深い風に聴こえるけど……」


 あるいは、本気でそう思っているのかもしれないけれどね。


「ともかく、駄目だよ。俺に付き従うって言うんなら、それくらいは守ってもらわないと」


「ぶー、分かったよー。今はお兄さんの言うことに従っておくね」


 不服そうに顔をハリセンボンみたいに膨らませたけど、何とか落ち着いてくれたようだ。


「そう言えば、他にも聞きたいことがあるみたいな風に言ってなかった? 幾つか聞きたいことがあるって言ってたでしょ?」


「その聞きたい事っていうのが吸血鬼事件のことだったんだけれど、人士ちゃんが先に答えてくれたから。だから、新しくできた疑問に答えてくれないかな?」


「まあ、いいけど。それで? 何が聞きたいの?」


「人士ちゃんは鬼神一族っていうのを追い出されてここまで来たんだよね。なのに、どうして今更になってそのしきたりとやらを守る気になったのかなって。自分を除け者にして、苗字までも嫌いになった上で、どうしてしきたりにだけは従おうとしてるのかって。どうしてかな?」


 果たして、どんなに凄い理由があるのか単純に、純粋に気になった。


 美少女で、通り魔で、由緒ある一族出身の本人曰く天才的な人殺しの才を持つ彼女のことだ、きっと大層な理由があるのだろうと俺は考えている。


 例えば、一族に立派になった姿を見せて復讐するとか、そんなところじゃないだろうか。


 人士ちゃんは右手の人差し指を右頬にとんと当てて暫く考えてから口を開いた。


「それはねー、単純にお仕事が欲しかったから。私、そろそろお金が底をつきそう」


「金がないだけかよ。しかも、金を貰う気なのかよ」


「だってー、集落から飛び出してもう十年くらい経つけどさ。今までは私を襲ってきた人たちから謝礼金を貰って生活をしていたから……。碌にバイトもしたことないし、というか戸籍とか存在しないような場所で暮らしてたから身元も不明で……。流石にマズいでしょ?」


「本当のところ、生活をするためにそういうことをしていたんじゃないのだろうな?」


「誓って、そんなことはないけどねー。こうしてカフェに来れたのも微々たる貯金で贅沢しようって考えたからで、普段は公園の草とか虫とか、釣った魚とかを食事にしてるからさー。甘味を口にしたのも久しぶりだったし、もうちょっと味わって飲めばよかったかなー?」


「本当に人の輪から外れた生活をしていたんだね、人士ちゃん……」


 もう殺人鬼以前に本当の野生児だったとは思わなかったよ……。


 その話が本当なら、むしろ生きていく上で必要な行為だったとすら思いかねない惨事だ。


 本人は大したことないみたいに言っているけれど、こっちの方がよっぽど大変だな……。


「はあ……。その生活を辞めたいなら、まずは俺のボディーガードがちゃんとできるっていうところを見せてくれ」


「オッケー! じゃあ、早速行くの?」


「そうだね。そろそろ暗くなってきたし、頃合いだろう。六時くらいになったら出ようか」


「了解です! じゃあ、その間にケーキでも食べたいんだけど……」


 人士ちゃんがじーっと何かを訴えかけるような目で見て来る。明らかにおねだりをしているのは分かるんだけど、どうしたものかな……。


「……はあ。ほら、これで俺の分も買って来て」


「やったー! お兄さん、大好き!」


 俺が左ポケットから取り出した財布から千円札を出して彼女に渡すと、嬉々としてカウンターの方へと走って行ってしまった。


 美少女で、通り魔で、由緒ある一族出身の本人曰く天才的な人殺しの才を持つ女の子は、本当はただのチョロくて普通の女子高生っぽい年頃の女の子なのかも、なんてね。

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