大事な人を喪ったことで増す自壊衝動
なんて生活を1年半ほど送り、私が齢18歳となって月日が少し経った頃。
いつものように彼女の意識へと潜っていた最中、あるトラブルが生じたのだ。
そのトラブルとは、マナと言う人間の意識の消失——厳密に言えば、彼女が普遍無意識を通して投げかけていた憎悪が消失したのである。
「まさか……なにかに喰われたとでも?」
このトラブルに直面し、私が真っ先に疑ったのは、マナがなんらかの対価を支払わされた可能性だった。
という疑念が浮上したのも、2つほど理由がある。
まず1つめが、憎悪というものは少なからず投げかけている当人の意思である。それが緒を引かず綺麗さっぱりに消えたのなら、憎悪を断ち切ったか自身を抹消して意思を抱かせないかの2択しかない。
そして2つめが、呪術を用いる上での対価の支払いの強制執行だ。
呪術のみならず、この世にはなにかを得るために対価を支払うルールがある。
タダ同然で食料を得るのが難しいように、領主が貸し与えた土地に住むならば税を払わなければならない。ましてや呪術のように非現実的かつ、人の感情そのものに揺さぶりをかける行為は特にだ。
さらに呪術とは何時に効力が出るかなど明確な時間指定が出来ない。
そのため、対価をいつ支払うかなど自分で決めることも不可能だ。
これらの理由を加味し、私が怪しいと思ったのはもちろん後者。
実際、呪術を用いる上で対価を支払う典型的な例は、悪魔との取引きが最も有名な話である。
しかし、今起こっている事態はそんな生温い話ではないと私の勘が嫌というほど告げていた。
なにせ予め捲いていた可能性たちは、どれもマナの身に危険が及ぶと告げていて、それはもはや確実であった。
だからこそ私は今ここで、この未来を引いたときのための保険へと手を伸ばす。
そもそもマナがあの結界を利用してかけた呪いは、今は遠い地にいるリアムの帰還と奴自身の安否の保証。
およそあの村にいるおよそ百数人の命を天秤にかけ、呪いは直に発動される。
しかし、その呪いの成就の対価とされていたのは村人の命ではなく、結界を悪用したマナ本人の命。
恐らく彼女はそんな対価を支払うなど思ってもみないことだろう。
だが私はそれを未来視で分かっていたからこそ、彼女が対価を支払わないように、結界そのものを発動しないように弄ってあったのだ。これが私のかけた保険である。
私が結界を間接的に操ることで、マナに対価を支払わせようとしている何者かの意識へと介入する。そしてそこで私がマナの代わりに対価を支払うといえば、大体はどうにかなるし、その実証は別件で既にしてあった。
だと言うのに、いや、だからこそか。あの男が助かるためならば、お前がその命で払えと何者かは無慈悲にもマナの命を奪おうとする。
そうはさせるか――と私はここで、自分が首を落とした罪人たちの命で対価を払うように呪いへと交渉する。
しかし、相手は中々頷かないため私は覚悟を決めて、全てを賭けた。
結論、向こうが求めてきたのは数だった。だが、こう交渉している間にもマナの身には危険が襲いかかっている。
私はすぐさま何十、いや何百と対価である魂を投下し、ようやく条件は成立。そして私はすぐにマナを救出する工程へと移る。
今であれば、間一髪で間に合うはず――そんな一心でマナの意識に干渉するも、私が彼女の意識の糸を引こうとした瞬間、マナの意識はここで消滅した。
「———ッ!」
瞬間、私は絶望と悲しみで普遍無意識の外から弾き出されそうになる。
しかし、まだだと本能が訴え続け、何度も何度もマナの魂を、意識を手探るも彼女はもうそこにはいない。
「嘘だ……。取引きは成功したはず、対価は支払ったはずだ……。なのに、なぜ……」
一気に血の気が引き、無意識に体が震えだす。
このとき感じた絶望は、私がこの世に生み落とされるその瞬間に味わったものと同じで、あまりの悍ましさに吐き気と寒気が止まらない。
なにより、こんな形で愛しい人が奪われるなど、私自身考えてもみなかった。
「なぜだ……なぜ、あの男だけが……ッ! あんな劣等など忘れてもいい矮小な存在だと言うのに……ッ!」
そう、そうだともと、私は歯を食いしばる。
一体あの男が、彼女のためになにをしたと言う?
私のように彼女を引き取る覚悟もなく、それどころか彼女を置いて勝手に死にに行って。
けれども、彼女は私よりそんな死にに行ったあの男を選んだ。
何が権力だ、地位だ、名声だ、富だと私は悔しさと怒りに震える。
例えなにを以てしても、私は愛しい人1人も守れないただの軟弱者ではないか。
こんなことになるなら、いっそ彼女が拒否しても私の元に連れてくるべきだったと私は酷く後悔する。
悲しみに噎ぶ中、また私の中で自壊衝動が囁く。
御覧なさい、これが現実です。あなたは何者にも成れない。そう■は私に残酷な言葉を投げかけた。
愛した女を守れる『男』にすらなれず、中途半端に正義と大義を掲げるから『人殺し』にもなれない。極めつけには人間の虚飾の愚かしさを知っているからこそ『善人』にもなれない。
それがあなただ――と訴えられるたび、私は悔しさでさらに奥歯を噛みしめ、今にも奥歯が砕けそうだった。
しかし、と私が■へ反論した瞬間、脳裏に忌々しきある女の姿が思い浮かぶ。所詮は偶像であるはずの“ソレ”は私へと問う。
「そもそも、あなたの引いた未来はそれで合っていたのですか? あなたの視た未来の多くは彼女の死を示していた。それは結局自己への欺瞞でしょう?」
「——ッ! そんなはずはない! だからこそ私はその僅かな回避策を引いたのだ!」
私はそう否定し、職務室の壁を思い切り殴りつける。
確かにこの未来視には穴があるが、それでもなお、自身が捲いた可能性と未来達は100程度では収まらない。
何千も何万もの未来を捲き、最善な未来を引いた。そしてその最善の未来は確かにマナの無事を保証していた。だと言うのに、なぜ――そう自身の非を受け入れない私に対し、女——■は私を見降ろす。
「違いはないでしょうに。現にそんな不確定な未来視など、どこに安全の保障があったと? それに頼った時点であなたは――……」
「黙れッ! お前に何が分かる!? あの女の胎にいたときから私を見下していた差別主義者がッ! 私は最善の選択をした! お前も見ていただろう!? 私は総て自分でどうにかしてきたのだ、今更敵わないことも叶えられないことだってないッ!」
えーっと、ちょっと今回の話は難解でしたね。
本編を見ていただければわかるのですが、正直ソフィアがどれだけ仲介に入って対価を代わりに払ったとしても、マナは原初の災厄に目を付けられていたわけですから何百では足りないんですよ。彼は原初の災厄という破壊の値段を見間違えたわけです。
そのため、取引は成り立たずあの結果になるわけですが、これが彼にとって人生を変えるきっかけの1つとなっています。
そして謎の幻聴が聞こえていますが、これこそ冒頭の“ソレ”に繋がります。
いよいよソフィアも腹を決めるのですが、はたして彼はどんな思いであんな決断を下すのでしょうか。
にしても本当にこいつはなんでもアリだなぁ……。