彼は自身の本心に気付かぬままに奈落へ堕ちていく
「……まぁ、あの頃はただ生活費を稼ぐために必死だったわけですし」
そう事実を呑み込んで、私は依頼された案件を進めていく。
この案件は私にとっては新しいビジネスではあるが、真の目的は科学すら凌駕した私の能力の試運転のためである。
この世には分子と言うものが存在していて、それらは空間上に満ちており、これらが衝突することでありとあらゆることが成り立つ。
例えば、冷気や熱の発生はもちろん、ペンを転がすことも分子同士が衝突して運動エネルギーを生むことで出来ることだ。
私はその分子同士の衝突や結合に分解、さらには連動や振動さえも自在に操ることを実現させた。
ゆえに刃物を使わぬとも首を断てるし、死体を燃やすことや凍らせること、それどころか相手の知らぬうちに体温を下げてそのまま絶命させることも可能である。
これも呪力を徹底的に解析して、この原理を理解したから出来たこと。そしてその原理を見通す便利な反則技があったから叶ったことなのだ。
万物の原理を見通す便利な反則技——謂わば未来視という存在は、少なくとも人間である以上、誰にでも適正があるものではないかと私は幼い頃から考えていた。
と言うのも、時として人はなんの前触れもなく未来を予知する。その原理はその未来を視た本人の天性か、それとも偶然か。他にも意図して未来予知を行う者も少なくない。
基本はこの3つが未来視を行うために必要なことだが、未来視にはもう1つだけ実現させるための荒業がある。
それこそ人によって引き寄せるといった形での未来の具現であり、予め未来のレールを敷いておくことで、後になって現実となって後咲きさせると言う原理だ。私の場合はこの原理を用いて未来視を行っていた。
きっと後世であれば、順当に人が叡智を磨いたその結果あり得そうな空論をいくつか立て、それを通して未来を固定する。
何百、何万の仮定それら全てを視て、1番現実になりえそうなものを引く。これが私の行う未来視と言うもの。無論、引き寄せるという行為そのものを呪術でより強めることも忘れていない。
基本呪力は怨念でしかないが、怨念は時としてあらゆるものの鏡と化す。
それは殺意や感情を映し出すときもあれば、かくあるべきと言う世の摂理の解析さえ行ってしまう超常的な産物なのだ。
私はこの能力を身につけてから、本格的に呪術だけでなく、結界や悪魔などの使役方法、人の深層心理を結びつけることで潜在意識へ潜る方法など、確実に非現実的に問題を解倒する方法へ錯していったのだ。
そして今、自身を魔術師と名乗る連中よりも世界や自然法則の理に詳しくなっていった。
ゆえに成せないことはなく、全ては自分の思うがまま。
ここまで来てしまうと、今の地位にいること自体窮屈に思うが、私は自身を律し、今は正義と言う甘い蜜で日々疼いている加虐心を満たしていく。
そして、並行して6人目の重罪人の首を狩ろうとしたその瞬間、かの侯爵の領地で土地代を横領していた犯人へと辿り着く。
「……まさか土地代を横領していた犯人が女性とは。正直驚きましたよ」
アールミテ家の本屋敷の地下牢にて、依頼してきた侯爵家の土地代を横領した女はただただ怯えていた。
実際は2人組による犯行だったのだが、その共犯であり主に犯行に表立って動いていた男の首は既に断たれている。
一応、その共犯者の首だけでなく地下牢にあった死体は全て処理したが、それでもなおこの空間に満ちた瘴気は常人にとっては耐え難いものだろう。
言ってしまえばこの場に満ちる瘴気とは、亡き者たちの怨念であり、私もよくここで彼らの喚き声を耳にしている。
例えあの「許して」という嘆き声が聞こえなくとも、それはまた目に見えない恐怖という形で女を襲う。
だからこそ私は目の前にいる愚か者に対し、安心させるように優しく微笑む。
「安心なさい、別段女性を甚振る趣味はありませんよ。寧ろ横領犯が女性であることが心苦しい」
「なら……!」
見逃してくれますよね? ——そう訴えた碧い瞳を見て、私はただ嗤う。
ああ、その恐怖に怯える瞳が愛しいと、私の加虐心が悦を孕ませて、目の前にいるこの女を殺せと囁いてくる。
また悪は例外なく罰に処せ――と、私の正義が強く訴える。
正義と加虐心が交じり合った結果、下った処罰は死という形のみ。
そう私が独断で判決を下せば、鉄格子越しの罪人はただ狼狽える。
「なんでアールミテ様がこんなことをするんですか……ッ!?」
「何故って?」
ゆるり、と私は首を傾げる。
理由など1つに絞ることなど出来ないし、それを一々彼女に教える道理もない。だから私は餞別の代わりにこう告げた。
「趣味ですかね?」
「——ッ!」
彼女の首が断罪刃で断たれた瞬間、床に転がった首がしばらく私にこう訴えかけていた。
非道い人。
悪魔、鬼畜、人でなし。
人の死を目の前にして喜ぶ異常者—-と。
「……異常者とは失敬な」
私の口から自然と笑みが漏れるが、その笑みは明らかに嘲笑だ。
馬鹿め、罪を犯したのはお前だ。
罪を犯したのならば、それ相応の罰を受けよ。
なにより――と嫌悪感がこみ上げる中、私は自身の服が血に塗れていることに気づく。
「——チッ、これじゃあ落とすのは不可能じゃないですか。……また新調するのも一苦労だと言うのに」
そう吐き捨て、私は地下牢を出る。
気付けば時刻は夜11時を過ぎていて、未だ残してあった仕事の存在を思い出す。しかし、私にはこなしておかなければならない日課があった。
「……はたして、彼女の状態はどうなっているのやら」
そう呟き、私は深く息を吐いては立ち止まって己の精神の中へと潜っていく。
自身の精神の奥深くへ潜り、さらに奥へ。潜在意識を越え、集合的無意識へと辿り着き、そこからさらに糸を手繰る。
この世に存在する何億もの人間の意識の中で、私はただ彼女の意識を探していく。
そして彼女——マナの意識を見つければ、それに視線を向けては意識を集中させる。
マナは相変わらず、リアムが戦場へと向かってから毎晩のようにあの薄暗い洞窟で1人嘆いていた。
どうか無事で帰って来てほしいと奴の無事を願う反面、なぜ自分を1人にしたのかと嘆く姿を見て、つくづく私はこの数年間あの男への憎悪はただ募るばかりだった。
しかしこの数多の意識の中から、マナの意識だけに注視するのは非常に繊細かつ困難な作業である。そのため、気を抜けば一瞬で彼女の意識から私の意識は弾き飛ばされる。
ゆえに怒りで我を失わぬよう、リアムへの憎悪から目を背ける。とにかく今はマナの安寧を優先し、意識を繋ぎ続けた。
なにせ、この数年マナは明らかに怪しいことを企んでおり、私は既に彼女がなにをしようとしているのか僅かではあるが事の事態を掴んでいたのだ。
そしてその計画は、悍ましくいずれ大惨事となると分かっていたから、私は彼女をこう注意深く見守っていた。
どうか彼女が無事であれと、この時間になれば私は自身の意識をマナの意識に繋げ、ただただ彼女を見守っている。
私の脳内にはしっかりとマナが洞窟内で祈りを捧げている姿が反映っており、私はずっと彼女の普遍無意識の中から彼女を視ていた。
そして1時間が経ち、ようやくマナは祈りを捧げ終えては洞窟から出て行った。
私も彼女の意識下の中から解放され、彼女を離れながらも守護すると言う日課を終えることが出来た。
ソ、ソフィアの変態————ツ!!(色んな意味で)
しかしこの男、顔はいいので個人的にはこの変態的趣味もいいか……といった感じで目を瞑っています。
にしてもこの男、未来視といい分子操作といい、人様の意識に潜るなどを平然と行うから、私は凡夫という単語を幾度も辞書で引いてましたね。本当に凡夫ってなに?
後、さりげなくマナのセ〇ムと化しているので、このまま彼女を守って欲しいですが守りきれていたら本編の悲劇は起きていないという現実が……うっ、頭が……ッ!