執行人
ここから第2章になります。よろしくお願いします。
この世には、呪いと言う術理が存在する。
それは時が経つにつれ、変質していき、今では多岐に渡るものの大方マイナスなイメージを含んだものが多い。
しかしそれはあくまで、呪いを行うものによって善にも悪にもなり、人々からの印象というものが変わってくる。
賢者が呪いを識れば、それは錬金術となり、魔法士と名乗る人間が呪いを識れば、それは奇跡となる。
やがて、そんな不確かな術理たちは科学の誕生によって如何なる者でも実用でき、制御もまた可能となる。
―—というのは、まだ先に起こる未来に確定されるのだが、きっとそのときも近いだろう。
私自身の背負う呪いはさておき、私が用いる呪いそのもの自体はその科学による作用に近い。そしてそんな呪いはこんなときに役立つ。
「うーん……。やはり事情を聞き出すことは出来ませんでしたか。残念です」
私の眼前には、首から先のない死体が転がっていた。
その死体は1つだけでなく、床一面にありありと転がっていて、隙間はあるが跨いで歩くのがやっとの間隔しかない。
今現在、私はとある侯爵家の問題の解決にあたっていた。
私と普段交流のあるとある侯爵家の当主が、数日前私に愚痴を漏らしたのが全ての始まり。
侯爵家当主の悩みとは、自身の身内にいるであろう裏切り者の正体が洗えないということであった。
どうやら、自身が持つ各領地にて土地代が僅かに横領されているらしい。
「はぁ。まぁ確かにあれだけの土地を所有していれば、管理自体行き届かないのは理解出来ます。……それで、私にそんなことを相談したと言うことはお分かりですね?」
「ああ、無論だ。その解決に尽力して欲しくて貴公へ話した。その対価は払うとも」
「了解いたしました」
私は話を終えると、まだ温かい紅茶の入ったティーカップをテーブルへ置いては立ち上がる。
そして侯爵家当主へと頭を下げ、一礼。深々と頭を下げた後にこう告げる。
「“執行人”の名において、必ずその裏切り者を白日の下に晒しあげます。報酬につきましてはまた後程」
そう言って踵を返せば、背後から安堵の溜め息が聞こえたのを私は聞き逃さなかった。
5年前のアールミテ家の本屋敷全焼の後、私はひたすら日々先代である父が残した負債を返済していく毎日を送っていた。
しかしその負債など、根本的な問題を洗い流せば後々返すのに左程支障はなかった。
なにせ溜まった負債の原因を洗ってしまえば、原因は今は亡き肉親共にあったのだから。
アールミテ家がここ数年抱えていた負債の原因は、全て奴らの散財にあった。つまり奴らは身の丈に合わない生活をした結果、自身が持つ領地を借りた領民達から異常な額の税を絞り取ったりしていた。
奴らの身の丈に合わない暮らしは知っていたが、私には関係のない話だった。
奴らは私を金食い虫と言ったが、私にかけた金など、奴らの3年分の生活費程度に過ぎない。
あまりの父と弟の頭の悪さや金に対する執着に、頭を抱えた私だが、なにもなく多額の負債を抱えた私はまず人々からの信用を得ることにした。
これは、私があの村で相談役をしていた頃に学んだことだが、地位と言うものはただあるだけでは塵同然だと言うこと。
重要なのは自分には相手にどのような対価を払えるかを明確にすること。この対価の餌として集めやすいのが人々による信用である。
信用で相手を釣り上げ、こちらへと歩み寄らせる。そして自身の価値を示した後は向こうも出方を窺う。そこで上手く調理してしまえば後はどうとでもなる。
この信用を得た後の調理の仕方については、今は触れないでおこう。
なにより、この方法は楽であり、枯れ果てた私の自尊心に潤いを与える程度の役には立った。
つまり、人助けというものはしていて気持ちがいい。
人助けで得られる悦びと言うものは自尊心の修復には欠かせないし、自身の人柄を示す広告塔としては手軽すぎた。
この『ファフニル』に住む者は比較的裕福であることから、あの村に住む人間よりも意地汚くもないし、道理そのものを弁えている。だからこそやりやすいと言うのもあったのだが。
様々な人間から信用を得て、着実に実績を積んだ私は、善意を盾にし裏で金を回収して残された負債を返済していく。
金銭的な意味はもちろん、落ちた信用と言う負債たちもまた2年もあれば完済出来た。
おかげで私は僅か17歳といった若さで、随分と色んな経験を積んできた。
社会経験及び、ビジネスを行う上で有益な情報となったのが、現在の『ファフニル』の政治事情と、アールミテ家が裏で行っていた呪術たち。
私自身、少しだけ呪術の知識はあったゆえ、両親たちを葬る際には有効的な手段として使わせてもらった。しかし私の言う呪術と言う者は単純に他者を呪い殺すだけのものではない。
それはありとあらゆる物質への干渉——科学でも成せないような荒唐無稽の手段こそ、私がここ数年で得た有益な情報だった。
私はこれを使いこなすために、積極的に呪術を用いて様々な面倒事を請け負っていた。そうすれば呪術の精密さを上げるのと並行して、面倒事を解決することで金銭を得られた訳だ。
無論、面倒事が厄介であればあるほど報酬は弾む。
そして1年後。私はある術理を会得したことで、また新たな収入源となりうるものを得る。
それこそ、悪を断罪する執行人という立場。
私は私の持つ術理を用いて、裏切り者たちの足跡を掴み、彼らの首を落としてきた。
最初こそ、私が家督を継いだときに世話になった人物ら限定に無償で行っていたが、今ではこの『ファフニル』で爵位を持つ多くの人間の間から、この断罪刃は求められている。
一見無駄に思えるかもしれないが、現にこの悪人を洗い流して裁く行為自体人から求められている。
現に、私は警察の手に負えないいくつかの事案をこの手で解決していた。
他に私が持つ不可視の断罪刃を求めるのは、警察といった民間人の盾のなるような存在だけではない。
むしろこの時代、爵位を持った者ほどこういった美味い話に釣られやすい。
なにせ、気に入らない者を自身が手を汚すことなく、かつ自然に抹消できるのであれば奴らはいくらでも金を積んだ。
なんにせよ、こういった経緯があったこともあり、私は表面上は正義の執行人と渾名されていた。
えええええええええええええ!? ソフィアさんあんたァッ! マジでこの数年間になにがあったんですかあんたァッ!!
……まぁ、前回ソフィアは大義と称して一族もろともアレしているわけですから普通の精神の持ち主ではないんですよ。不幸なことに彼の両親よりも最悪すぎる。
とにかく17歳の時点であの選民思考とサディストは育っていったというわけですね。だめだこりゃ。