こうして目覚める“あくま”
私はすんなりと門番の監視の目を掻い潜り、一旦門の近くに身を潜める。
そして事を成した後、そのまま堂々と門をくぐって屋敷の玄関へと辿り着いた。
私の左手にあるのは、門番の名前を書いた紙で模った人形。
一方右手には、私の血で濡れたガラス片を握っている。この両手に握ったもの2つが門番に触れず、かつ問答無用で葬るための武器である。
所謂呪術と呼ばれる類の術理。これで私は門番2人の息の根を止めたのだ。
説明は省くが、いざと言うときのために私は常にこれを携帯していた。門番が5年前と違っていたら別の手段を取るしかなかったが、5年前から門番が変わっていないと言う事実は今のアールミテ家の状況を表している。
門番を増やすことも出来ないどころか使い古しているなら、人1人雇う金を出すことさえ渋っているということ。
この現状を見て、ここに来る道中に聞いていた噂は本当なのだと私は確信する。
私はそのまま屋敷の裏口へと回り、地下通路を辿り、ある場所へと向かう。
それなりの大きさの屋敷に裏口があること自体不用心だが、この裏口の存在こそアールミテ家の闇を表している。
この裏口の先にある地下通路を辿っていけば、そこにはちょっとした牢屋が存在する。
私も過去母の機嫌を損ねたときにはよくこの牢屋に入れられたものだが、ここには赤の他人がいることもあった。
その赤の他人が地下牢に収容されている事実こそ、アールミテ家が裏で行っていた人身売買。
売られるのは子どもたちばかりで、父達は貧困に喘ぐ大人達に僅かな金を与えて子どもを引き取っていた。
そしてそれの十何倍もの値段で、人手を求めている者達へ子どもを売りつける。
一見無意味に見える商売だが、実はこの商売というのは上手くいっていた。
だからこそ、特に底辺にいるような者たちはこうして荒稼ぎをしているという現実があったのだ。
この地下室は、子ども達にとっては豚小屋とそう変わりない。
所せましに子ども達が収容されていた過去を私はを知っているから、私は未だ小さな子どもが牢屋にいるかもしれないと内心怯えていた。
こんな状況で牢屋にいる子ども達に助けを求められたら、恐らく私も罪悪感に負ける可能性もある。そんな場違いな善意など、今起こそうとしている大義の前では全く価値などないのに。
だからそんな怯懦に歯を噛みしめる、私は恐る恐るまず近くにあった牢屋の中を見てみる。
しかし、牢屋にあったのは小さな死体ばかりだった。
そんな悲惨な現状を見れば、今まで恐怖で無視出来ていた人体が放つ嫌な臭いにようやく気付くわけで。
地下室には臓腑が腐った死臭で満ちており、私自身恐怖心はあったが、既に腐った死体へ寄って、彼らの生前の状態を探る。
「やっぱり、内臓がいくつか抜き取られている……」
そう、ここにある子ども達の死体はいくつかの内臓を抜き取られたまま、放置されていたのだ。
これもアールミテ家の裏の家業の1つで、この家では代々人の内臓を薬へと変え、人々に良薬と称しては売りつけていたとかつて使用人から聞いたことがある。
まさかそんなことにまで手を出していたとなると、いよいよ肉親共は手に負えない存在だ。
私は現状を確認すると、そのまま地下室にあるものを置く。
私が地下室に置いた置き土産は、ただの藁を布で包んだものだ。
その布には縄が縛ってあり、藁の中には微量の火薬も仕込んでいる。要は簡易的な爆弾である。
無論威力などたかが知れているため、しっかり火が爆せた先に火種が落ちそうな箇所に燃えやすい素材をいくつか置いてある。
のだが、これだけではいざと言うときの保険がない。
そう悟った私は、荷物を詰め込んだ袋から先程のガラス片を取り出し、それで自身の手のひらを傷つけては床に血を垂らす。
そして、先程牢屋で見つけた素材を血に浸した床に乗せて準備は完了。
後は時刻を見計らい、午前3時を待つ。
午前3時を告げる古時計の鐘の音が聞こえた瞬間、縄へと火を点けて、同時に床に転がる素材へとガラス片を突き立てた。
私はそのまま地下牢を抜け、一旦外へと避難する。
恐らくこの手順を知ったところで普通の人間からすれば、ただの火事で済むと思うことだろう。
しかし、今頃現状は屋敷内にいる者がみな、強烈な心臓の痛みで襲われていると私は知っている。
現に、焼けていく屋敷からは人1人出てくることはなかった。
結果、アールミテ家の屋敷は焼け落ち、肉親や兄弟及び使用人は全員死亡。
これが、私が初めて呪術を用いて行った大義だった。
後日、私が生きていると知った他の伯爵家は私を借金返済のための担保として私へと接触してきた。
ある伯爵は私に対し、今回のことは不幸な事故だと言い、表面上は私を憐れんでいた。
「しかし、君が生きていてよかった。君のお父様とは交流はあったし、なによりそのお父様は私から借金をしていてね」
「……つまり、生き残った私がそれを返済しろと言うことですね?」
村にいた頃の――否、本来の私なら自身より上の立場の人間とまともに会話をすることすら出来なかったであろう。それについては否定しない。
だがなぜか、自身の大義を果たし、一族を諸共地獄に送ったその瞬間、私は他者への恐れ自体が綺麗に削げ落ちていた。
一体なぜか――それはよく覚えていないが、今思えばあのとき地下牢に悪魔でも召喚び寄せてしまったのではないかと思う。
生まれつき私の内側にあった加虐性は、こうして肉親と私を虐げた使用人の命を以て現世へと下った。
しかし、未だ私は忘れてなどいない。自身がただの凡夫であることを。
何者にも成れないと定められたその運命に対し、私はただ逆らう。
ああ、運命よ。■よ。私は何者にも成れないなら、その運命ごと討ちましょう――と。
手始めに悪魔の皮を被った私は、この先も生まれもった自己嫌悪を抱え、自身の運命へと逆らっていく。
まずは、マナを救うと言う善意という大義に手を染めて。
はい。これが本編で語られなかったソフィアのやらかしたことですね。
ちなみにですが、ここに書かれている呪術とやらについては真っ赤な嘘なので信じるのはもちろんのこと、試すのもよろしくありません。真似ダメゼッタイ。
さて、第1章はこれで終了なのですが、はたして本当にソフィアはどうなってしまうのか……。どうかそれを見守っていただければと思います。