恥辱を刻んで驕りに呑まれて選んだ自身の道
無論、徴兵令に逆らうことなど出来ず、村に住む若い男たちは身体検査を受けては軍人として適正があるかを見定められていく。
しかし、私は徴兵令が下った時点で、この村を去っていった。
当然の話だ。私はこう言った荒事は御免だし、なにより私自身既に己の我が身可愛さを見抜いてしまっている。それは自分が心身ともに争闘に適していないといった理由などではなく。
要は選択の余地すらなく、ただ私が私であるからこそ順当な運命というもの。まだ若い私にはそれを打ち破る勇気さえない。
一方、私よりも背が低く、軍人としての適性のなさそうなリアムは身体検査を受けると――つまり戦場に赴くという選択をしたと私はマナから聞いていた。
この選択が奴にとってもマナにとっても後々の人生において傷にしかならないことを私は見抜いていたが、私はここで静観という選択をした。
そんな意気地なしな自分を責め、私は村を去る際にマナへ謝罪とともに別れを告げた。
「——…まぁ、そういうことで。私は『ファフニル』へと帰ろうか……と」
「そっか。でも仕方ないよ、戦いたくないなんてことは決しておかしいものじゃないもの。男の子だったとしても普通の感性だわ」
むしろ、それでも、適正がないと分かっていながら徴兵令に従う男が馬鹿なのよ――と。
マナはその不満を口にこそしなかったが、その声音が、翳を射した憂う表情が彼女の本音を語っていた。
私はそれを聞いて、不覚にも感情に呑まれて奥歯を噛み軋ませる。
今私の胸中に広がるのは、ただ単純に羨ましい。それと自身の無力さに対する憎悪しかなかった。
最後の最後まで、私の目の前にいる彼女は、あの男の心配しかしていないのだ。
所詮私に見せていた優しさなど、あの男が享受していた彼女の優しさのほんの一握りでしかないのだと――それがあまりにも屈辱的だった。
なにより、この先マナに起こるであろう運命を見抜いておきながら、彼女を救うことが出来ない自分が恨めしい。
本当に私は無力だと、胸中で現実の無惨さを噛みしめる。
しかし、本当に? ——と恥辱と慙愧に押し潰される中で、勝手に脳裏でそんな言葉が思い浮かぶ。
私に成せることはなに1つないと言うのだろうか?
そんな自分であればなんだってできるような――そんな吐き違えた妄想がふと押し寄せ、私は誘惑に呑まれそうになる。
生まれながらに私は何者にもなれないと自覚していたが、それでも何も成せないのは本当なのだろうかとこの頃疑うようになった。
再三いうが、確かに兵役に準ずるなど私には向いていない。それは事実だ。しかしそれ以外に出来ることは本当にないのだろうか。
なにか私にも、目の前で現実を嘆く彼女を救える手立てがあるとしたらどうする?
―—そんな一心ばかりが私をかき乱すも、結局私はその後すぐにこの村を去った。
結果、このときの私は愛した女性を助けることもなく、我が身可愛さで彼女を見捨てることを選ぶ。そして生まれ故郷である『ファフニル』へと向かう道中、私はある噂を耳にする。
「どうやら、アールミテ家のご当主様が貸し与えていた土地の税を上げるって」
私はそれを聞いて、特段珍しいことではないだろうと思っていた。
なにせアールミテ家はそこそこ地位や公爵たちとの交流があるが、所詮はそこまでだ。
既に父の代で土地を領民に貸して、税を徴収するのは限界があった。
そのおかげで私は食い扶持を減らすと言う名目で家を追い出されたのだし、愛想はあっても頭の足りない父と弟ではさぞ苦労していることだろう。
その後も私は、今のアールミテ家の現在の状況を耳にしていた。
到底払えるはずのない税で土地を貸し、無理やり領民達から金を搾り取っていること。
金策が回らないことから、裏では人身売買をしていること。
挙句には、他の伯爵家から多額の金を借りては借金を作っている……など。あまりにも耳を塞ぎたくなるような噂ばかりだった。
このとき私は、初めて家を追い出されたことに感謝する。
これらの噂が全て本当だとしたら、今父母や弟達は使用人を雇うのと自身らの生活で手一杯だろう。しかも、多額の借金を作っているのが本当だとしたら失脚の可能性もある。
そんな現実が脳裏を駆け巡った瞬間、私は無意識のうちに口元に弧を浮かべていた。
瞬間、私は自身の口を手で覆う。
恐らく、今の私の表情を鏡で映したら、きっと悪魔かなにかに見えただろう。それだけは、絶対に御免だ。
「……悪魔は、肉親たちだけでいい」
しかし恨み口を叩く一方で、私はあることを閃く。
奴には出来なくて、私には出来ること――それは金で彼女を買って、権力を盾に彼女を守ること。
多少薄汚いが、ある種自分の中には大義があった。
愛しい人を守る――そんなちっぽけな大義が。
そんな大義を生んだのは、やはりあのとき急に自身の中で湧いたあり得ない驕りが原因だろう。
ただ私があのときマナを助けることをしなかったのは、今現在の私にはなにもないからだ。
だとすれば、今自分に必要なのは立場。
近いうちにマナに訪れるであろう運命から遠ざけるには、彼女自身を変えることこそ最善だが、そのためには彼女を想うのはリアムだけではないと思い知らせる必要があるのだ。
いくら私がマナに好意があると伝えたところで、彼女が頷くはずがない。それも腹立たしいが理解している。
ならば、まずはより良い生活と環境で彼女を懐柔し、人の根底にある欲深さを刺激してやればいい。そうすれば後は簡単だ。
私であれば、あなたの願いをなんでも叶えられる―—その覚悟を彼女に示した上で献身的になればいい。
例えそれが偽りの愛であったとしても、それもきっといつしか枯れた心に水を与えることと同義だと、またも私は愚かな思考に陥る。
そして私は今、その立場を得るのに良い噂を聞いてしまった。
恐らく、今のアールミテ家の状況を上手く利用すれば、自分が忌々しき父より上の立場に立てる――そんな確信はあった。
ならさっさと用事を済まそう。
本来私は兵役から逃れるために『ファフニル』まで逃げ帰ってきたようなものだ。
どうせ家に戻ることには出来ないだろうから、『ファフニル』の外れでどこかの屋敷にでも拾ってもらって仕える算段でいた。
突如脳裏に過った無茶苦茶な閃きを一縷の光として、私は生家へと向かう。
村を出て1週間。私はようやく『ファフニル』へと着き、そこからさらにアールミテ家の屋敷へと急ぐ。
うわぁ……としか言いようがない今話ですが、正直ソフィアは自分とリアム君にガチギレしています。
だからって、偽りの愛でもいいからお金と権力を盾にマナを買うなんて……しかしそれが実現できなかったから、本編の不幸に繋がるのですが。
そしていよいよ、彼は自身の大義を成すべく、あの毒親及び毒兄弟の元に帰ることになりますが、はたして彼の運命は如何に――!