語られたことのない凡夫の過去
いよいよ『マナイズム・レクイエム』の外伝である話の第1話になります。
主役は前回中間管理職を務めたソフィアなのですが、これはそんな“彼”の物語です。
私は生まれたときから“ソレ”を理解していた。
“ソレ”とは如何なるものを以てしても覆せぬ不文律。私がソフィア・アールミテと言う男である以上、回避出来ぬ運命。
私は何者にも成れず、精々“なにか”になれたとしても、所詮はそこらの凡夫程度であると告げる。
この先私に待ち受ける運命が、この身を創った細胞全てが、私がこの世界に生まれ出でた瞬間に告げ、強く訴え続ける。
それが如何に人として屈辱的なことであるか。それを生まれながら知っていた私はある種以上とも呼べるが、それさえ否定されることをわざわざ語るつもりはない。
ゆえにありとあらゆるものは不要。お前からは全て根こそぎ奪ったと神は私に告げる。だから私は所詮凡夫であり、私は私。
だからこそ私は、この世に生を受けたときから自分自身が大嫌いだった。
生まれたばかりの子どもが、そんな自己嫌悪と憎悪を生まれるなど如何なる冗談だと問い正しても、結局私の言葉は戯言と同じで、それを理解してから私は口を噤む。
まだ一公爵家の息子として裕福な暮らしをしていた頃も、それに変わりない。ただ朝を迎えるたびに私は生まれたことを後悔していたのだ。
私の生への否定は、訳も分からぬ天からのお告げだけではなく。
毎朝鏡を見れば、私は自身の容姿がなぜこうなったのかと恨むことしかしなかった。
透き通った白い肌はまるで、深海で艶めく輝る真珠のよう。
真っすぐ伸びた銀髪は、父母と弟と同じく、美しいと誰もが口を揃えて褒め称えた。
極め付きはこの蒼玉の瞳。
ただ深く、暗く、光が反射したところでその色深さを増すだけの瞳の色も、性別を問わず誰をも魅了する宝石が如く。
ソフィア・アールミテと言う男は、本当に美しい。
そんな世辞が私にとっては嫌味でしかなく、同時に私に忌々しき烙印を押したのだ。
なぜなら運命は私を凡夫と定めながらも、余計なものを与えすぎている。
誰もが羨む美貌に加え、運命が与えた余分な産物は私の生まれも同じであった。
私の生家——アールミテ家は神国・『ファフニル』に拠点を置く伯爵家であり、私はその次期当主となるはずの男だった。
―—が、それも今は過去の話。
神国に生まれ、尊く神に選ばれた存在は今、辺鄙なある村に捨て置かれていた。
数代に渡って受け継がれた尊い血。先代達が知識と血肉を限界まで振り絞って王族に仕えたその結果は地位と言う恩恵を得る。
生憎、そんな恩恵を享受出来るのは私と言う幸福など、この方生まれてから1度も考えたこともない。
なにせ、父母はいつだって私を落第生だと哂っていた。
一族の恥晒しだと、失敗作だと。所詮はただの金食い虫だと、詰って貶して馬鹿にして――結果、幼い私の自我が芽生えた際に持っていたのは、この忌々しき彼らとの血縁関係を証明する容貌と、自身に対するコンプレックスのみ。
だからこそ、如何なる人間を魅了する美貌を持ち合わせたとしても全てが嫌味でしかない。
そもそも、父も母も、弟も人間としてはどうしようもない人格の持ち主であった。
私が卑屈で居れば、父は言う。
男の癖にそんな苦難も乗り越えられぬのか。
父に続けて、母はこう言った。
こんな意気地無しなんて、見ていて恥ずかしい。
さらに、私より後に生まれたはずの弟さえもこう言った。
お前は『月の守護者』の名に相応しくない、と。
そう嗤い、哂い、哂われ、嗤われた結果——気づけば私は家を追い出されて今、ある土地にて両親から与えられた使用人と一緒に暮らしている。
典型的な転落劇。しかしこんな悲痛と思えてしまう現実など本当の苦しみと比べれば添え物のようだ。
街から外れ、山近くの地域住民としか交流のない辺鄙な村に来てしまえば、今までの暮らしとは雲泥の差があるのは当然のこと。
無論、初老を迎えた女使用人と暮らす上で、鏡と言うものも必要ない。
だから私は自身の顔を鏡で見ることはなかったけれど、外の世界には鏡よりも恐ろしいモノが溢れ返っていた。
元々私は学校にすら通ったことがなく、アールミテ家の屋敷にいた頃も文字の読み書きや計算の仕方は独学で学んでいた。
しかし父は私を家から追い出された際、父は私へこう言った。
「お前は少し外の世界を見て学んだ方がいい」
そんな父の言葉を聞いて、私は悔しさで奥歯を噛みしめていた。
私を外に出さなかったのは、社交界どころか学校にすら行かせなかったのは、全て父の指示だったと言うのに、今更なにを――そうとしか思わなかったし、例え私が自身を卑下していた
としても、家を出る際に父が私に言い残した一言は私の自尊心を酷く傷つけた。
私が落第生だと言われたのは、社交的な性格ではなかったから。
人前に出れば、言葉と表情を惑わせ、仮にも伯爵と言う爵位持ちの人間さなど一切感じさせなかったから。
そう、たったそれだけ。
逆に言えば、社交的で生まれながら人に愛される才能があった弟・レイザは、そう言った人間だったからこそ次期当主の後釜に据えられた。
たった1つだけの私の落ち度。
人との関わりと言うのは、鏡より恐ろしく、蓋を開けてしまえば現世へと帰りたいと訴える死人の嘆きそのもの。
ということを、私はこの辺鄙な村に来たことで学ぶこととなる。
「アールミテ? なんだよ、お前。領主の息子か?」
「いいや? 俺の母さんが聞いた話だと、こいついいところの坊ちゃんらしいぜ」
「えー、なんでそんな子がこんな村にいるの?」
父の言いつけにより社会勉強という名目で学校へ行けば、私が浴びたのは侮蔑と嘲笑、憐れみの言葉ばかり。それもそうだろう。仮にも爵位持ちの人間がこんな場所にいること自体がおかしい。
既に父はある程度の学費を学校側へと払っており、それを知ったときは本当にあの男は私の自尊心を折るのが変わらず趣味なのだと嫌というほど呆れて、腹の底から込み上げてくる不愉快さと吐き気を必死に飲み込んだ。
さらにあれだけ他者から美しいと褒められた容姿もまた、外の世界にいる子ども達にとっては侮蔑の対象となる。
白い肌が気持ち悪い、その銀髪はまるで老婆のようだ。
なにより蒼玉の瞳を見れば、やけに綺麗な色をした目が気にくわないと彼らは言った。
いっそ、蒼玉らしく刳り貫いてやろうなんて冗談を言われ、実際に手にかけられたこともある。
あのときは彼らが畜生かなにかに見えて、私はなりふり構わずに逃げた。
その後数日は、彼に植え付けられた恐怖が抜けきれず、外に出ることさえ出来なかったぐらいだ。
怖い、怖い、帰りたい、逃げたい。
こんな屈辱をするくらいならば、屋敷に幽閉された毎日の方がまだマシだ――そう思っても、私が帰る場所はあの屋敷ではなく、古い屋根家だけだ。
私と一緒に村まで追い出された初老の使用人は、屋敷内では評判の悪い使用人だった。
彼女がこんな場所に飛ばされた理由も、同じく働く使用人に仕事を押し付け、自身は怠けていると言う職務態度だったからだ。
そんな人間を父母が雇い続ける訳がなく、まとまった金と私を押し付けてこの村へと来たわけである。
無論、この使用人が私の面倒を見たことなど1度もない。
それどころか父達が渡した私のための生活費は、自身のために使っているものだから、私は常に貧しい思いをしていた。
しかしこんな劣悪な環境に置かれれば、自身が生きて行く方法など自身で生み出すしかない。
他人の手など借りず、ただ私は初めてのことに戸惑いながら色んなことに挑むことになる。
水の汲み方はもちろん、部屋の掃除の仕方や食事の作り方などこの村の子どもであれば当たり前に出来ることはもちろん、金の工面の仕方も貧困と言う現実に直面しながらも学んでいった。
およそ9歳の子どもが、日々の暮らしに困って金の工面の仕方について学ぶなど、社交界で知れてしまえば、きっと父は恥をかくことだろう――幼いころの私は噂というものはいとも容易く金でどうにかなるという真実を知らずに無知ながらそう信じていた。
ゆえに私は父への意趣返しとして、自身で村の子どもたちに無償で文字の読み書きなどを教えていた。
子ども達から金銭を受け取ってはいないが、村に住む孤児たちの面倒を見る大人を介して私は金銭を受け取り、自身の生活費として充てていたのだ。
なにせ辺鄙な村にある学校の環境など、一部の子どもからすれば地獄そのものだ。
この村に通う子どもの多くは、村では食うものにも暮らす金にも困らないと、比較的裕福な家庭出身であることが多い。
しかし、それよりも貧しい者たちは当然、学校に通えない。それは決して学費などの金銭面的な理由ではない。
そもそもこの村にある学校は1つしかなく、教師も3人のみだ。私が住んでいた『ファフニル』にある学校のように教師資格を持った教員が子どもたちに勉学を教える場所ではないのだ。
ただ村にいる教師たちには表向きの家業はあって、あくまで教師職は惰性でやっているものに等しい。そんな土台がある以上、惰性だけで子どもを預かる巣窟など学校などと統制の取れた場所であるわけでもなく。
結果は、それなりに裕福な子どもたちがただの暇つぶしで集まるような、言わば溜まり場のようなものと化していたのである。
当然、こんな劣悪な環境に通うのにも多少の金がいる。
左程金はかからないものの、貧困に喘ぐものからすればわざわざなけなしの金を払って、自身の子どもをわざわざ劣悪な環境に置くこと自体が無駄だ。だから私はそんな者達の貧しさに対し、善意で歩み寄り、結果日銭を稼いでいた。
一方で、学校に通える子どもたちの中でも当然優劣はある。
文字の読み書きが両方出来る子どももいれば、文字を読むことしか出来ない子どももいる。そんな劣った面があれば、悲しくも嘲笑と村八分の対象となってしまう。
私は貧しい子ども達だけでなく、こう言った社会の中で底辺とされた人間もカモとして、日々自身の知識を金に換えていた。
他にも、私は幼いながらも自身が識っている知識で村の大人たちへのアドバイスや相談役も兼ねていた。
私が自身の生活の支柱を立てていく上で、肉体労働と言う選択肢もあったが、肉体労働は私には向いていないのは最初から分かっていた。
だから自身が持った武器を元手に、必死に生きていたわけである。
しかし、そんな生活はさらに差別の対象へと変わっていく。
最初は見た目や生まれが気にくわないと言った理由のはずが、いつの間にか自身が優れた人間だから気にくわないと言う理由へとすり替わっていたのだ。
そう詰られるたび、私はなぜとしか現実を嘆くことしか出来なかった。
爵位を持つ家に生まれた私にとってこの歳で文字を書けることなど当たり前だし、この村の大人が識っている知識も備えていて当然のことだ。しかし、同年代の子どもである彼らからすればそれが異端なのだ。
自分たちはそんな完備された環境にはいなかったからと、むしろ差別をしているのはお前だと言うが、私からすればただの理不尽である。
私とて父の持っていた書物などを教本にはしたが、文字の読み書きも今ある知識も全て独学で学んだものだ。
学校に通っていないから、なんて理由など世間には明かせない。明かしてはならない。
その時点でも私の自尊心は潰されているのに、誰1人として私の努力を認めるなども当然なかった。
確かにある程度の恩恵はあった。しかしそれでも、今の自分であるのは私自身の努力の結果の証なのであって、疎まれる理由にはならないはずなのに。
お久しぶりです、織坂一です。
1ヶ月ほどお待たせしてしまいましたが、いよいよマナレクの外伝である『ゲヘナ・ハーモナイズ』の連載が始まりましたが……1話目から暗いなぁッ! おい、どうなってんだ!
割とソフィアはハードは人生を送っておりまして、文章中にある通り生まれてきたことを半分否定されて、彼はそれを屈辱に思いつつ、物心ついた頃にはもう既に……と色々手遅れだったわけです。本当にソフィアの両親がクソ野郎すぎる……。
さて、そんなハードな人生を開始してしまった彼ですが、一体どうなるのでしょうか?
ちなみにしばらくは毎日更新する予定ですが、所用で連載が止まったら申し訳ありません。また活動報告では物語の裏側を更新していきますので、そちらもよければご覧下さい。本編のマナレクもよろしくお願いしますね!