若き天才陶芸家、駄作を割りまくってたら取材にきた女に「陶芸家ってパリンパリン割るのがお仕事なんですか?」とナチュラルに煽られる
「こんなもの……駄作だぁっ!」
焼き上がった皿を地面に叩きつける、作務衣を着た若き陶芸家。
破壊行為はこれだけに留まらず、まだまだ続く。
「これも! これも! ……これもぉ! みんな駄作だぁ!」
端正な顔立ちを憤怒に染め、次々に皿や壺を割る。
これが「若き天才」「未来の人間国宝」「陶芸界を背負う男」などと称される男の姿と、誰が想像できようか。
神山誠二、28歳。小学生の頃、人間国宝である金剛正蔵がイベントで開いていた陶芸教室で才能を見出され、陶芸の道を志す。
高校卒業後、本格的に弟子入りし、その溢れんばかりの才能で師匠の技術をスポンジのように吸収。
現代陶芸の極致と言われる「金剛式」という焼きの技術をハタチを過ぎた頃には自分の物にし、師匠からもお墨付きをもらう。
師匠である正蔵は三年前に亡くなったが、誠二は「師匠の志を受け継ぐ」と宣言し、山の中にある工房で作品を作り続けた。
いずれも称賛され、若くして師匠を越えたと評する専門家も少なくなかった、のだが……。
ここ数ヶ月、彼はまともに作品を作れずにいた。
まだ残る、焼き上がった自分の作品を睨みつける誠二。
「全部駄作だぁっ!!!」
割る、割る、割る。狂ったように割り続ける。
そして、最後の一枚に手をかけようとした時だった。
「こんにちは~」
孤独で殺伐とした空気に、突如割り込んできた風船のようにふんわりとした挨拶。
誠二が振り返ると、そこには若い女がいた。
白いブラウスに茶色いジャケット、下はデニムパンツというカジュアルな恰好をしている。
「……?」
「あのぉ~」
「なんだ?」
「さっきから見てましたけど、陶芸家ってお皿や壺をパリンパリン割るのがお仕事なんですか?」
こんなことを言われては、当然誠二の頭にも瞬間的に血が上る。
「なんだと!?」
「だって、すごい勢いで割ってましたし……」
「あれは駄作だから割ってただけだ! だいたい誰なんだお前は!?」
すると、女はビシッと姿勢を正す。
「あっ、失礼しました! 私、月刊『陶の道』編集部の、加藤美優と申します! これ、名刺です!」
ぶっきらぼうに名刺を受け取る誠二。
そういえば取材の申し込みを受けてたな、と思い出す。
「『陶の道』といえば、いつも来るベテランの……若槻さんは?」
「若槻は風邪を引いてしまって……代わりに私が。まだ新人なんですが、よろしくお願いします!」
頭を下げられるも、不服そうにする誠二。
「ふん、こんな新人を寄こされるとは……俺も見くびられたってとこかな」
「む……」
頬を膨らませる美優を無視し、誠二は続ける。
「まあいい。俺の話を聞きに来たんだろ。ちょっと待ってろ」
最後の一枚を割ろうとする。
「待って下さい!」
「なんだ?」
「どうして割っちゃうんですか? そんなに上手くできてるのに!」
「上手くできてる? ……これが?」
誠二は露骨に軽蔑の視線を向ける。
「一体これのどこが上手くできてるっていうんだ。焼き加減にムラがあるし、この部分が醜く歪んでいる。こんなものを世に出したら俺の名はもちろん、師匠の名前まで汚れてしまう」
「私にはどこが悪いのかさっぱりですけど」
「俺の言ったことが分からない奴が、よく陶芸雑誌の編集者になんかなったもんだ」
最後の一枚も割ってしまう。
「ああっ、ひどい!」
「ひどいものか。あんなものは割って当然だ」
「やっぱりパリンパリン割るのが陶芸家のお仕事じゃないですか!」
「……なにい!?」
激高する誠二に、美優は続ける。
「失敗作だから落ち込む、世に出さないという判断をするのは分かります。ですけど割ってしまうのは何かおかしくないですか。せっかく作ったのに」
「何もおかしくない。駄作は割られて当然なんだよ」
「でも……でも! 失敗作ならではの味とか、失敗作から学べることだってあると思います! それをただ割ってしまったら、また同じ失敗をしちゃいますよ!」
このところ、誠二はまともに作品を作れていない。近々個展の予定があるにもかかわらずだ。あくまで彼の基準ではあるが失敗を繰り返し、満足いく陶器を作れていないのだ。
美優に悪気はないのだが、誠二の荒んだ心を容赦なくえぐってしまう形となった。
「無礼な女だな! お前なんかに話すことなんか何もない! とっとと山を下りて帰れ!」
「帰りません!」
ノータイムで「帰りません」と返され、唖然とする誠二。
「帰れ!」
「帰りません!」
「帰れ!」
「帰りません!」
美優の剣幕に、誠二は押し負けてしまう。
「……なんで帰らないんだ!」
「だってせっかくこんな山の中まで来たんですよ? 何も聞かずに帰れるわけないじゃないですか!」
こうまで堂々と言われると、誠二も返す言葉がない。
「……勝手にしろ! 俺はお前の取材なんか受けるつもりはないからな!」
「分かりました……勝手にします!」
まるで子供のような口喧嘩を経て、誠二は作業に戻ってしまい、美優は美優でノートパソコンを取り出し自分の仕事に取り掛かるのだった。とりあえずは工房がどんな場所かだけでも文章にしているのだろう。
……
取材らしい取材は何もしないまま、夕方になった。
誠二が美優に話しかける。
「おい、そろそろ帰らないとまずいんじゃないのか」
「そうですね……」
「日が沈んだら、ここらは真っ暗になるぞ」
「そうですよね。そこでご相談なんですけど……」
「なんだ」
「今夜……泊めてもらえませんか?」
「は?」
いきなりの頼みに、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「なにを言ってるんだ、お前は!」
「あ、大丈夫です。もしかしたら、何日かかかるかもと思って着替えも用意してますから」
「いや、そういう問題じゃなくて」
「ダメですか?」
「ダメに決まってるだろ! 迷惑だ!」
「……分かりました」
シュンとしてしまう美優。立ち上がり、とぼとぼと歩き出す。誠二にはその背中が、とても小さく見えた。
「ちょっと待て!」
「え」
「暗い中帰られて、事故にでも遭われても迷惑だ。今夜は泊まってもいい」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
やたら明るい笑顔に、思わず顔を背ける。
「神山さんって作品をパリンパリン割って冷たくて怖い人なのかと思ってましたけど、優しいところもあるんですね!」
「……そういうことはさ。思ってても口に出さない方がいいと思う」
「そ、そうですよね! すみません!」
ペコペコ謝る美優。
彼女の行動ははっきりいって非常識なのだが、なぜか誠二もそれほど悪い気はしていなかった。
……
「汗もかいてるだろうし、風呂に入ってきたらどうだ」
これに対し美優は、
「いいんですか?」
「いいも何も、汚いままでいられてもこっちが迷惑なんだよ」
「お風呂ってドラム缶のお風呂ですか? 私、あれ憧れてたんですよね~」
「んなわけあるか! ここは山の中とはいえ、ガスも電気も通ってる! ごく普通の風呂だ! さっさと入れ!」
「は、はいっ!」
今日会ったばかりの女編集者にペースを乱されていることに気づき、誠二は髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。
しばらくして、美優が風呂から上がる。
「いいお湯でしたね~」
湯気を纏いながら薄着で現れた美優に、誠二は不覚にもドキッとしてしまう。
陶芸に青春を捧げた彼は、異性との交際経験はほとんどない。こういう場面に対する免疫も少ないのである。
動揺を隠すように強めの口調で言う。
「……飯にするぞ!」
「はい!」
誠二は簡素な肉料理や野菜料理を出す。
「大したもんじゃないけど、食ってくれ」
「おいしそうですね~。いただきます!」
最寄りの駅から誠二の家までの道のりは決して険しくはないが、そこそこの距離を歩く。もりもり食べる美優。
「おいしい! 陶芸家って、料理もお上手なんですね!」
「一人暮らしが長くなれば、それなりにできるようになるさ」
「これらのお肉は、もしかして山で狩りをした動物のお肉ですか?」
「俺をなんだと思ってるんだ。買った肉だよ。週に一度は山を下りて、町で買い物してるんだ」
「これは失礼しました。アハハ……」
美優は誠二のことを、山奥でマタギのような生活をする陶芸家とでも思っていたようだ。
夜10時頃、誠二は布団を敷き始める。
「さて、そろそろ寝るか」
「え、まだ10時ですよ? もう眠っちゃうんですか?」
「遅くまで起きててもやることなんかないからな。俺はここで寝るから、あんたは向こうの部屋で寝てくれ。布団はあるから」
「ありがとうございます。いや~、日が変わる前に眠るなんて久しぶりですね」
「毎晩そんなに遅いのか。編集者ってのも大変なんだな」
「いえ……大半は自分のミスが原因だったり、あるいは遅くまでスマホ見ちゃったりすることが原因なんですけどね」
少しでも美優の身を心配した自分がバカだった、と言いたげな表情をしつつ、誠二は布団をかぶる。
「おやすみ」
「はい、おやすみなさいっ!」
***
次の日、朝から誠二は粘土を練っていた。
「何をやってるんですか?」
「見れば分かるだろ。土を練ってるんだよ」
「なぜそんなことを?」
「土の中に含まれる気泡を押し潰すんだ。ちゃんと土を練って均一にしないと、陶器にムラが出来てしまう」
へぇ~、と感心する美優に、誠二は呆れてしまう。
「仮にも陶芸雑誌の編集者だろ? なんでこんなことも知らないんだよ」
「なにしろ新人なもので……。勉強不足ですみませんっ!」
「ったく調子狂うなぁ」
文句を言いながら、粘土を練り続ける。
真剣に粘土を睨みつけるその顔に、美優もついつい見とれてしまう。
「……なんだ。ボケーッとして」
「あ、いえ! 話しかけたらまずいかなと思って……」
「取材に来たんだろうに、ホント変な編集者だな」
「“変な編集者”……ダジャレですか?」
「違う!」
やがて、粘土を練る作業が終わった。
「こんなもんでいいだろう」
「次はどうするんです?」
「成形だ。ろくろで形を作るんだよ」
「ろくろ! 知ってます! あのウイーンってやつですよね!」
「ろくろをウイーンって表現する奴は初めてだよ」
二人は電動ろくろのある部屋に移動する。
粘土を設置し、ろくろを回し始める。
誠二が繊細な手つきで粘土をいじるたび、土は形を変え、器になっていく。陶芸の素人である美優からすれば、まるで魔術を見ているようだ。
そして、やはりその粘土を真剣に見つめる誠二の横顔は「職人美」ともいえる美しさを帯びていた。
ところが――
「ダメだっ!」
せっかく形を成していた粘土を自ら崩してしまう。
「え!?」驚く美優。
「今日はいいのを作れそうにない。成形は中止だ……悪かったな」
「いえ……」
粘土を放り出し、どこかに歩いていく誠二。美優もついていく。通りがかった棚には、誠二の作品であろう皿やお椀が並んでいた。師匠が編み出した「金剛式」で作られた傑作たちだ。いずれも高値がつくだろう。
美優は心から称賛した。
「神山さんの作品ですよね。どれも美しいですね~」
まるでこの言葉がスイッチになったかのように、誠二が表情を変える。棚にある皿の一枚をつかみ、昨日のように――
「これも……駄作だぁっ!」
床に叩きつけようとする。
「だめえええっ!」
直後、叫び声が飛んできた。
誠二が皿を叩きつけようとする地点にスライディングするようにして滑り込み、仰向けに寝そべる美優。
「うわっ!」慌てて制止する。
「ダメです! 割ったらダメです!」
「何してるんだ、危ないだろ!」
「叩きつけるなら、私の体にどうぞ! お腹や胸に当たればもしかしたら、割れずに済むかもしれません! できれば顔面はやめてもらえたらありがたいです!」
自らをクッション代わりにしようとする美優に、誠二も気を削がれてしまう。
「……分かったよ。割るのはやめるから、起き上がってくれ」
「よかったぁ~」
美優が起き上がる。
「……ったく、つくづく変な編集者だ」
「変な編集者……そのダジャレお好きですね!」
「だから違うっての!」
すると美優も、
「変と言えば、神山さんだって変ですよ!」
「な、なんだと!」
「自分の作品を壊して……さっきのろくろも順調そうだったのに……中断してしまって……! あなたは一体何をやってるんですか!」
言った直後、言いすぎたと思い「すみませんすみません」と平謝りする美優。が、当の誠二は、
「何をやってる……か。本当に何をやってるんだろうな、俺は」
「え……?」
「ちょっと……居間に来てもらえるか。なんか……話したくなって」
「は、はい」
……
居間で座布団に座る二人。
「さてと……何から話そうか」
誠二は自分と陶芸との出会い、師匠である金剛正蔵との修行の日々、そして栄光を掴むまでの話を語った。美優は取材に来ているのにメモを取ることすら忘れ、うなずきながらそれを聞いていた。まるで友達の相談に乗るように。これがかえって誠二が口を開きやすくしたのかもしれない。
「だけど……三年前に師匠は死んだ」
「はい……ご病気で」
「あれで、師匠は俺にとって永遠に越えられない存在となってしまった」
歯を食いしばる誠二。
「何を焼いても、何を作っても、師匠を越えられる気がしない! 俺を天才だのなんだのと称賛してくる奴はいるがとんでもない。俺のやってることは所詮猿真似だ……“金剛式”を受け継げる器じゃないんだ!」
そして、自嘲気味につぶやく。
「どうだ……。わざわざこんな山まで来て取材した陶芸家がこんなに女々しくてガッカリしただろ」
しかし、美優は――
「神山さんって、お師匠さんのこと大好きだったんですね」
「へ?」
「だって、今の言葉の節々にお師匠である金剛さんへの愛情というんですか。そういうものが感じられて……私、感動しちゃいました!」
愚痴を吐き出したつもりが感動されてしまい、誠二は困惑してしまう。
「それに……越えられないなら越えられないで、別にいいじゃないですか!」
「なんでだよ」
「ずっと師匠を越えられない人生だっていいじゃないですか。それが神山さんの道であれば。自分の道を進むことが一番大事なんです!」
誠二は鼻で笑う。
「ふん。自分の道を進めばいい……か。結果を出さなくていい世界にいる奴にしか言えない甘っちょろい考え方だな」
「す、すみません……」
しかし、言葉とは裏腹に誠二は不思議と心が軽くなっているのを感じていた。
「俺からもあんたに聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
「どうして陶芸誌の編集者になんかなったんだ? やっぱり、もっと若い人向けの雑誌を希望してたけど、陶芸雑誌に回されたとか?」
「いえ、自分から希望したんですよ」
自分の推測が当たってると思っていた誠二、きょとんとしてしまう。
「なんで自分から……?」
「私の家族は……陶芸、正確には陶器に助けられたんです」
若干の憂いを含んだ表情をする美優。
「私の実家は小さな部品工場でしてね。ある日、お金が払えなくて工場が潰れるかもって事態になっちゃったんです」
予想もしなかった過去に、息を飲む誠二。
「だけど、お父さんが骨董品集めが趣味で……特に陶器が。それでそれらを売り払って、どうにかピンチを凌いだんです」
美優は興奮した様子で続ける。
「そしたらお父さん、絶対買い戻してやるってはりきって……おかげで一気に工場の経営を盛り返したんですよ!」
「確かにいい話だけど、それは陶器がどうこうというより、お父さんがすごかっただけの話じゃ……」
「そうかもしれませんが、幼かった私には陶器が我が家を救ってくれたようにも見えたんですよ」
「なるほど……」
自分のいる分野が、どこかの家族を救った。決して悪い気はしない。誠二はそんな感慨にふけっていた。
……
そうこうしているうちに、また日が沈む時刻になってしまった。
「すっかり話し込んじゃったな。ホントは作るところをもっと見たかったろうに、すまなかった」
すると、美優はもじもじしながら――
「あ、あの……もう一晩泊めてもらうわけには……」
なんとなくこの展開も予想していた誠二はため息をつきながらも快諾した。
「別にいいよ。大したおもてなしは出来ないが」
「あ……ありがとうございます!」
結局、二泊することになってしまう美優であった。
***
さて翌日、再びろくろを回そうとする誠二。
また昨日みたいになりそうだという予感がしている彼に、美優が言った。
「あのぉ……神山さん」
「なんだ?」
「私もちょっとろくろをやってみたいなー、と思ったんですけど……ダメですかね?」
「……」
誠二は少し考えてから、
「いいよ」
「えっ、いいんですか!?」
「そういえば俺って、陶芸教室みたいなのやったことなかったしな。俺が陶芸教室で師匠に見出されたみたいに、あんたにも案外才能があるかもしれないし」
「わ、私に才能ですか? 照れますね……」
「いや、まだあると決まったわけじゃないから」
ろくろのある部屋に移る。
「じゃ、ろくろに粘土を乗せて」
「はい」
「ろくろを回しながら、両手で形を整えていくんだ。といってもいきなり形にしようとせず、まずは土台から作っていくこと」
「やってみます!」
憧れでもあった生まれて初めての陶芸体験。はりきって取りかかる美優だったが、
「あああああっ!」
いきなり叫ぶ。
粘土が曲がって、とんでもない形になってしまった。お手本のようなミスである。
「落ち着いて。まだ直せるから」
「は、は、は、は、はいっ!」
誠二のアドバイスを受けつつ、どうにか立て直し、お椀ともどんぶりともつかないような不格好な器が出来上がった。
これから何日もかけて乾燥させ、素焼きをし……とさまざまな工程を経るため、それは誠二がやることになる。
「まあ、こんなものだろう」
「分かってはいましたが、やっぱり陶芸って難しいですね。でも……」
「でも?」
「楽しかったです!」
とびきりの笑顔を見せる美優。
この笑顔で、誠二は思い出す。
――師匠と同じだ。
師匠はいつも陶芸を楽しんでいた。
人間国宝に指定されておきながら、無邪気に粘土をこね、焼き、時には失敗して笑っていた。
自分もそうだった。
ただ陶器を作るだけで楽しかった。失敗してもそれを楽しんでいた。そのはずなのに、いつしか――
「そうだ……。陶芸って楽しいんだよな」
「神山さん……」
誠二の顔から険しさが消え、憑き物が落ちたようになっていく。
「加藤さん、俺にこのことを思い出させてくれてありがとう」
「いえ、そんな!」
「今の俺なら……楽しんで陶芸をやれそうだ。ウズウズしてきた」
さっそく誠二もろくろ回しに取りかかる。
なにも劇的に手つきが変わったわけではない。が、明らかに顔つきが変わっていた。
まるで工作を楽しむ子供のような無邪気な顔である。初めて見せる誠二の素顔に、美優もまた胸にときめきを覚えていた。
やがて、器が仕上がる。満足気な表情を浮かべる誠二を見て、美優もまた安堵するのだった。
……
午後になり、美優は山を下りることに。
「神山さん、二泊もしてしまって大変申し訳ありませんでした!」
頭を下げる美優に、誠二は穏やかな笑顔でこう言った。
「いや……こっちこそ色々と失礼をして、申し訳なかった」
さらに続ける。
「できたらまた……取材に来て欲しい」
「いいんですか!?」
「あなたなら大歓迎だ」
美優は顔を真っ赤にして舞い上がってしまう。
「は、はははは、はいっ! また来まぁす!」
***
出版社に戻った美優は、ごま塩頭のベテラン編集者の若槻に報告をする。本来は、陶器に詳しい彼が誠二を取材する予定だった。
「取材に行ったっていうか、遊びに行ったって感じだな。ま、なんとか記事にしてくれ」
「いやぁ、面目ないです……」
「だが、まさかあのお坊ちゃんがスランプを乗り越えるとはな……俺ァ正直このままダメになるかもとも思ってたんだ」
「そ、そうだったんですか!」
誠二のスランプを、やはりベテランは見抜いていた。自分が取材に行ったところで、おそらく紋切り型の取材になってしまい、彼の心の闇を晴らすことはできなかったであろうことも。
若槻は少し考えてから、一つのアイディアを提案する。
「そうだ。しばらくお前があのお坊ちゃんを専属で取材しろ。個展も近いし、今回の件でだいぶお前に心を開いただろうからな。編集長には俺から言っておく」
「ええっ!?」
「嫌か?」
「い、いえいえ! 是非やらせて下さい!」
また誠二のもとに行けると思うと、美優はいてもたってもいられなくなっていた。そんな美優を見て、若槻もニヤリと笑った。
***
それからというもの、週一のペースで美優は誠二の自宅兼工房に通った。
「こんにちはー!」
「いらっしゃい。待ってたよ」
「ま、待ってて下さったんですか……!」
「? まぁね。加藤さんが来るとなると、俺もウキウキしちゃうよ」
誠二としては心のままに告げただけの言葉だが、美優は踊り出したい気分になる。
「ああ、そうそう。あの時君が作った器、焼き上がったよ」
「え、ホントですか!?」
美優がろくろでどうにか成形した不格好な器が、誠二の手で立派に焼き上がっていた。
「わぁ、嬉しい!」
「これ、どうする? 欲しいなら、郵送という手もあるけど……」
「いえ、自分の手で持って帰ります!」
「分かった。気を付けて持って帰ってくれ」
誠二は自分自身の作品作りも好調のようだった。新作が次々出来上がっている。
「どうかな。これらを個展に出す予定なんだけど」
「金剛式」で成形され、焼き上げられた陶器が並ぶ。
どの作品も陶芸の素人である美優でも一目で分かるほど、整っていて美しかった。
「どれもすごい……! 個展はきっと……いいえ、絶対大成功しますよ!」
美優の絶賛に、柔和な微笑みで返す誠二。
気づいているのかいないのか、いつしか二人は陶芸家と編集者以上の関係になっていた。
***
二ヶ月後、都内ビルで個展が開かれる。
スランプを脱してから作られた「金剛式」の陶器の数々は各方面から絶賛された。
「どれも素晴らしい!」
「正蔵さんも天国で喜んでるよ」
「いやー、君こそ陶芸の未来そのものだ」
これらの声に、誠二ももはやプレッシャーを感じていなかった。ようやく彼の中で師匠の後を継ぐ決意と自信が固まったのだろう。
月刊『陶の道』編集者として取材に来ていた美優と若槻。
「加藤、お前があいつを救ったんだ」
「はいっ!」
謙遜せず返事をする。美優もまた、ある種の決意と自信が固まったのだろう。
焼き上げられた陶器のように……。
***
個展からしばらくして、美優は誠二のもとを訪れていた。
「個展は大成功で、作品も次々売れてるみたいですね!」
「ああ」
「だけど私はそんなことより、神山さんが生き生きと作品を作ってらっしゃるのが嬉しいです!」
美優は自分のことを分かってくれている、と誠二も微笑む。
「そうだ。今日は……渡したいものがあったんだ」
「なんでしょう?」
誠二は一度部屋から出ていくと、また戻ってきた。
二つの器を持って。
「それは……!」
「俺は陶芸家だから……どうしてもこういう表現しかできない。だから……これを受け取ってくれないか?」
誠二が持ってきたのは夫婦茶碗。彼なりの愛の証。
意図を読み取った美優はそっと手を差し出し、小さい方のお椀を受け取った。
「喜んで! 私もずっとあなたを支えたいです!」
「ありがとう……」
今にも砕け散りそうだった若き天才は、一つの出会いでどうにか修復され、今まさに最良の伴侶を得たのだった……。
***
三年の月日が流れた。
神山誠二・美優夫婦は、今日は陶芸教室を開いていた。
家族連れがほとんどだが、既婚者にもかかわらず、誠二には女性ファンも数多い。
初めて本格的に粘土を触る人々に、優しく丁寧に指導する誠二。明るく接する美優。
「よく土を練って下さいね。中に気泡が残っていると、焼いた時割れてしまいますから」
「失敗を恐れず、楽しく作りましょう! それが一番大事です!」
そして、美優が続ける。
「失敗作だからって割ったりしないで下さいねー。誠二さんたら、初めて会った時はそれはもう豪快にパリンパリン割ってて……」
「お、おいおい……そのことはもう……」苦笑する誠二。
陶芸教室にどっと笑いが巻き起こった。
~おわり~
何かありましたら感想等頂けると嬉しいです。