第二幕:紫の上、犬君を思い出し、舞う
北山の尼の庵の廃墟(一幕の三年後)
北山の僧都(静寂・五十五歳)、舞台のワキ柱で、二人を待つ。
紫の上(十六歳)、光源氏(二十四歳)に手を引かれ、入場。
静「光の君様、お久しゅうございます。
亡き妹がかたみに残した古庵。引き倒す前に、身内だけあつまって供養をと、思ってお呼びいたしました」
光「いたみ入ります」
静「紫の上様、しばらく見ない間に、奥方らしゅうなられました。妹も、雲の上でさぞ喜んでおるでしょう。あなたの行く末を心配しておりましたから」
紫「……おばあさまが、私を……」
紫の上、庵の中に入り、辺りを見回す。
紫「…… 本当に、動くはしから崩れていくわ。お堂の仏様はどうなったのかしら。おばあさまが亡くなった時、消えてしまった? 閼伽棚は……ある。水瓶もあるわ。あっ、きゃあ」
紫の上、床の穴に足を取られて転ぶ。立ち上がり、廃墟内の探索を続ける。
紫「ああ。広縁のこの柱は、背比べの。
……ねえ、大叔父、いえ静寂様。私、女童の犬君と、毎年背比べをしていましたの。ほら、ここに傷が。覚えていらっしゃるでしょう、犬君のこと」
静「は、はあ。……そんなものがおりましたかなあ」
紫「まあ。私、犬君とは姉妹のように育ちましたのよ」
静「歳のせいですかなあ。面目ない」
紫「お兄様は? 覚えていらっしゃるわよね?」
光「ええ? 女童の名前まではわからないよ」
紫「犬君は、二条のお屋敷にも来ていましたわ。お兄様はご存知のはず」
光「本当?! 本当に来てた? 思い違いではなく?」
紫の上、混乱して舞を舞う。
紫「だって柱に、背比べの傷が残っているもの。
犬君がいないはずがない。
♪春は野原で、すかんぽかじって、ツツジの蜜吸い
夏は川辺で、蛍を追ってサワガニを釣り
秋は栗のイガ踏み、柿の木から落ち
冬はだるまやうさぎをこしらえた
犬君がおらぬはずはない
犬君がおらぬはずはない」
紫の上、舞終わり、伏して両手で顔を隠し、泣く。
光源氏、紫の上に近寄り、手を取って退場する。
第二幕終