八話
一度ソファに戻り、テーブルの上の本とメモ帳に書き込んだこれまでの内容を照らし合わせる。
「今までの内容を整理してみて、さっきソラが言った"ヒントは26の『26』も数字"って話を聞いて思ったんだけど、これらの数字がアルファベットの順番ってことはないかな…?」
ソラは一度こちらを見て口元を親指と人差し指でなぞるように触りながら、「なるほど…」と小さく呟き、メモ帳に書き始めた。
3 ⇒C
24⇒X
8 ⇒H
「…ということは、これを今度はキーボードでかな文字に変換すると…。"そ"、"く"、"さ"…?」
「…何か違いそうだね。…うーん、それならアルファベットの逆からの順番だとどうだろう?"3"なら"X"…?」
3 ⇒X
24⇒C
8 ⇒S
「…かな文字に変換すると、"さ"、"そ"、"と"…。これも違うと思う…。」
良い線いったと思ったのだが、なかなかそれらしいキーワードに辿り着かない。
二人でうーんと唸りながら、あーでもないこーでもないと推理していると、どちらともなく空腹の合図が聞こえてきた。
「さっき朝ご飯食べたばっかりだと思っていたけど、お腹は正直ね。この部屋の中に居ると何だか時間感覚がおかしくなってるかも。ソラ、今何時?」
「えーと…」
パソコンの時間をチェックしに机の前に移動したソラが画面から目が離せずに固まっている。
「? ソラ? どうしたの?」
「…キワさん、もしかして"3"じゃくて"15"だったりして…。午後3時だから。」
「!?」
"15"ということは、アルファベットは…"O"。
そして、キーボードのかな文字に置き換えると…"ら"!
「…"ら"、"く"、"さ"…?」
「…違うよ、キワさん。…多分、最後はチラシの時と同じく逆さから読むんだ。だから、キーワードは…」
「「さくら!!」」
二人の声がハモった時、何とも言えない達成感が私の心を踊らせた。
「きっと合ってるよ!…あとは、これがロックを解除するキーワードなのか、それともキーワードに続くヒントなのかってことだけど…。」
「…仮にキーワードに続くヒントだったとして、"さくら"が意味するものは何だろうって考えると、この部屋にそれに該当するものはないと僕は思うんだけど…。」
たしかにそうだ。
さっきの"タイトル"は、そこから連想して本のタイトルだと読み取った。
だとしたら、今度は何だろう…?
すぐに連想出来るのは桜の木、桜の花びら、もしくは桜色…。
「…そういえば、あのスピーカーの人が言ってたよね、出られる扉はひとつだけって…。それって、この"さくら"から連想出来る扉を選べってことじゃない…?だとしたら、一番"さくら"っぽいのはピンクだよね?」
「…そうだけど、あのピンクは桜色っていうよりもショッキングピンクだし…もう少し考えてみた方が良いような気がする…。…それに私が感じているこの違和感は、絶対この部屋を出る為に重要なことだと思うの…。ま、勘でしかないんだけど…。」
「…じゃあ、まだ時間はあるからご飯でも食べてその違和感とかもう少し考えてみる?」
ソラの提案に乗って一旦腹ごしらえをすることにした。
*****
「…違和感の正体分かりそう?」
向かいのソファに座っているソラが、私の顔色を伺っている。
それもそのはず、あれから一時間以上私は部屋の中をうろうろしたかと思えば、フリーズしてだんまりしたりしているからだ。
「…うーん、まだ。」
"さくら"がキーワードなのかヒントなのかも、そして違和感の正体も分かっていない…。
私が申し訳なさそうに俯いていると、ソラは立ち上がりパソコンの方へ向かった。
「…ソラ?」
「…キワさん、僕はロック解除のキーワードは"さくら"で良いと思うよ。…というか、キーワードであってほしいと思う。僕達が出会った共通のキーワードだから。…だから、このキーワードでこの部屋から出たら今までの自分とも別れられるような気がするから、…僕はこの部屋から出ようと思う。」
「えっ…?」
「…間違ってたらと思うとちょっと怖いけど…、いや怖くなったけど、でも最後に人と居る楽しさを知れて良かったと思う。これで何も悔いはないよ。…一緒に頑張ろうって言ってくれてありがとう、キワさん。」
「待って…!一緒にー…」
「キワさんが言ってたでしょ?これからは自分の為に頑張ってみたら良いって。…だから、僕が自分で決めて進むことを分かってくれるよね…?」
「っー…!」
寂しさと心細さで眉間に皺を寄せる私とは対称的に、出会ったから今までで一番優しい笑顔で話すソラ。
「そんな顔しないでよ、キワさん。僕が考える一番最悪な結果にはなりたくはないと思うけど、どんな結果でも受け入れる気持ちの準備できてるよ。…ねぇ!今も何処かで見てるんでしょ、司会者さん。僕、部屋を出る準備出来たけどどうしたら良いの?」
ソラの問いかけに対して、天井のスピーカーからノイズ音が鳴り、今回はそんなに高くないテンションの司会者の声が聞こえる。
「…まだ終了時刻までは、6時間以上も残っておりますが本当にゲームを終了して宜しいですか?」
「うん、良いよ。でも僕だけね。キワさんはまだ考えてるから。」
「…畏まりました。どちらにしても、お一人ずつしかそちらの部屋を出すことは出来ませんので…。それではまずはソファの座面の奥と背もたれとの間に手を入れて座面を持ち上げて下さい。どちらのソファでも構いません。」
スピーカーから聞こえる指示に従って動くソラを横目に、せめて違和感の正体だけでも気づいてソラに伝えようと、私は思考を巡らせていた。