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君を殺す幻想。  作者: 丸地リンゴ
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夜には全ての猫が灰色である

自業自得でも、せめて自分くらいは好きな人の味方でいたいな

なんてことを考えながら書いていました。

不定期更新になりますので、ご了承ください。

 何も無い部屋の中心に真っ白なベッドだけが置いてあった。窓から見える景色は、どこまでも続く群青の空。太陽も見当たらないのに、やけに日差しが眩しく感じる。

 ここは僕の部屋だ。

 本当はもっと散らかっているし、外には建物があるはずだけれど、ここが僕の部屋だということは分かる。その不自然さに、「ああ、これは夢なんだ」と気づくことができた。


 夢の中でベッドから起き上がり、何もすることが無いので外を眺める。

 我ながら綺麗な空を想像したものだ。

 真上の濃い青色と、遠くなるほど白くなるグラデーションがやけにリアルだ。

 雲は一つもなかった。

 まるで富士山の頂上から見た空のようだと思った。


「キツかったよな。親父に言われて厭々(いやいや)登らされてさ」

 声の方を振り返ると、そこに人がいた。

 8等身の恵まれた体型。無造作なパーマがかかった髪にはブラウンのメッシュが施されている。白地にドロッピング柄が描かれた派手な上下セットを着こなし、いかにも幸せそうな大学生といった風貌だ。

 僕には彼が弟だと分かった。

 実際はこんな姿の弟は見たことがないけど、彼が弟だという確信が、コルクボードに刺さった画鋲のようにはっきりと張り付けられていた。

 僕の弟、「優貴(ゆうき)」は3歳の頃に死んでいる。

 目の前の「優貴」は見た限り20代前半。おおよそ僕と同じ21歳くらいの年に見える。

 彼はよく僕の夢に現れる。どう見たって優貴とは似ても似つかないのに、彼を優貴だと思ってしまう。無意識に僕が想像した優貴の将来の姿がこれだということなのだろうか。

 あるいは、もはや優貴の姿などとうに記憶から薄れていて、街で見かけたテキトーな男に「優貴」としての人格を埋め込んだだけかもしれない。

 いずれにせよ変わった夢に違いないのだが、現実で会うことのできない「優貴」への唯一の会合手段がこの夢だ。

「ああ、キツかった。親父の思いつきで土日に登らされたんだっけな。というかそのときお前一緒だったっけ?」

「そうだけど」

「まだ生まれたばっかだったろ」

「いや、確か小4くらいの時だったと思うぞ? (よう)は登ってなかったっけ」

「あー、そうだね。俺が覚えてないだけかも」

 自分の夢の中で、登場人物が支離滅裂なことを言っている。

 これ以上考えると目が覚めてしまいそうで、俺は適当な相槌で流した。

2人だけの部屋に沈黙が流れる。

相変わらず外の景色は変わり映えしない。

「そういやさ、立津奈(たずな)さん、そろそろなんだろ?」

「嫌なこと言うよな、お前」

「洋が黙り込むんだからしょうがないだろ。今日来たのもそれが目的だしよ」

「今更何だよ。立津奈の首が括られる前に助けに行ってやれとでも言いに来たの?」

「違う。誰もできないことなんか要求してない」



『どうにもならないこともあるんだし』



立津奈の声が脳に響く。

「とっとと結論を言えよ」

分かってる。

「優貴」との対話を通じて、彼女の死をどう受け止めるかを悩んでいるのは、他ならぬ僕自身だ。


 部屋に影が落ちた。 

 外を見ると、先程まで何も無かった所に一軒家が建っている。

レースを越しに二階の様子が見える。

 よく見てみなよ、と優貴が顎で促す。

 中では、父親と母親が熟睡していた。奥の方にはベビーベッドも見える。

 薄暗い灰色の部屋で、僕以外の家族は死んだように眠っている。

 眠っているのだからまだいい。実際には全員死んでいるのだから。あんな安らかではなく、もっとむごたらしい姿で。

 しばらく沈黙していた「優貴」が僕の肩に手を置いた

「現実は変わらない吐くこともある。ただ、お前には出来ることがあるはずだろ。人生長いんだし、やっとくだけ損はしないと思う」

 先程とは違い、諭すような言葉をかけてくる「優貴」に少し恐怖を覚えた。

「じゃ、俺はそろそろ行くよ。邪魔しちゃ悪いし、洋の眠りを妨げるのは本意じゃないしね」

 そう言うと、「優貴」の姿は音もなく消えてしまった。


ため息を吐く。

気を遣ったつもりだろうが、僕の心象は暗いままだ。

いつの間にか外にあった家も消えていた。

なんだか色々と腑に落ちないが、俺はベッドに向かうことにした。(夢の中で寝るとは妙である)

布団をめくって中に入ろうとすると、そこには立津奈の姿があった。

「優貴」と違い、正真正銘、僕の記憶通りの立津奈だ。

優しい表情で、静かな寝息を吐きながら、あまりにも安らかに眠っている。

僕は彼女を起こさないよう、慎重に布団に入り、額にキスをして、夢の中で眠りに落ちた。


「ありがとう」


寝息混じりに聞こえた彼女の声。

これだけは僕の幻想ではなく彼女の本心であって欲しい。そう思った。


Chapter 1 小暑の回遊魚


「次のニュースです。今日午前7時、豊島区池袋の連続ビル爆破事件の実行犯『鈴原立津奈(すずはらたずな)』が、『執行前臨時釈放』を受理しました。釈放には拘置所の職員が常時付き添いますが、都民の皆様には子供を外に出さない、1人にさせないなど安全のための行動を心がけるようにしてくださいーーーー」

彼女について報道するアナウンサーの声はあまりにも無機質に聞こえた。

鈴原立津奈は、僕の恋人だ。

いや、元恋人だ。

彼女は例の事件で、1000人以上の死傷者を出し、死刑宣告を受けた。

執行前臨時釈放というのは、死刑廃止の機運が高まる中で、政府が打算的に打ち出した、「執行前の数日間余暇を与える」という制度だ。

結局、死刑廃止論者を黙らせるどころか、「死刑廃止を遅らせるためのガス抜きに過ぎない」との猛批判を浴びて、その他さまざまな要因もあり当時の政権は1年足らずで解散。この制度も今年で廃止になると聞いていた。

 しかし、今日になってこの無用の産物は、令和史上最大のテロ事件を起こした鈴原汰津奈に適用された。

これがどういう意味を持つのか、いち市民たる僕が全容を知ることは出来ない。

あくまで推測を述べるなら、「死刑囚へ温情をかけるということは、こいつのような凶悪犯さえ許すことになるのだぞ」という警告なのか、または様々な事情で不確定要素が残ったまま死刑が行われる彼女への、ささやかな恩赦かーーーー彼女の裁判には色々と不可解な点があった。

まず、犯行に使用された爆弾だが、それがどこから調達されたのか未だ判然としないのだ。

化学薬品で合成するにしても、昨今は厳重なセキュリティが敷かれているため、いつ誰が何を買ったかの情報などあっという間に判明するはずだ。

警察は、別の人物が自然界から原料を抽出、合成し、立津奈がそれを設置したという路線で、現在も捜査を進めている。

しかし結論を急ぐ司法機関によってそれらの証拠が揃う前に彼女は死刑を宣告された。実際、防犯カメラの映像から、実行犯が彼女であること自体は疑いようのない事実だった。

凶器に関しての証拠が集まる前に刑を確定させたことは世界でも異例であり、テロ事件の経験が薄い日本の司法機関が拙速に事態を収束させたと、一部の法律家からは非難された。

だが、世間の反応は概ね肯定的だった。マスコミの報道の仕方のせいもあるだろうが、本人も犯行を認めていたことや、あれほど大勢の犠牲者を出したことから民衆も結論を急いでいたのだ。

こんなふうに世間を騒がせた僕の元恋人が、今日から臨時的に釈放される。

こんなことなら、バイトのシフトを代わってもらうんだった。


 いや、正直に言うと、会いたいかどうかは微妙だ。

 立津奈が僕の前から姿を消して約1年。この期間、彼女のことを考えなかった日は無かった。それほど彼女を思っているのに、稀代のテロリストである彼女に「元恋人」というだけの僕が何を言っていいのか分からないのだ。

 同情? 憐憫? 叱責? それとも別れの言葉?

 どれも言いたいとは思えなかった。

 彼女にどんな事情があったのかは知らない。知ったところで彼女が大量殺人鬼である以上、その行いを肯定することは出来ない。

 どんな言葉をかけたところで、彼女を傷つけるに決まっている。

 だったら、もう会わなくていいとすら思うのだ。

 その気になれば、彼女は付き添い職員の公的な力で行きたい人の元へ行けるかもしれない。

 もしそうなら、彼女が僕の所に来る可能性だってあるだろうーーーーこんなことを考えている時点で、本心では彼女が来てくれることを期待しているのだ。

 だが僕は彼女に何が出来る?

 何も出来ない。

 僕なら彼女の心情を理解できるなどと思い上がるつもりは毛頭ない。

 他人を理解するというのは、本当に難しいのだ。

 まして彼女の心などは。


ニュースを消し、いい加減バイトへ向かおうと玄関を開けた。

 初夏特有の、湿った、生暖かい空気が部屋の中に入り込む。

 爽やかな香りが鼻腔をかすめる。

 濃緑色の葉が落ちるのを目で追った。

 その先に彼女はいた。

 扉の横で膝を抱えてうずくまる女性が見えた。

 長い間会っていない、顔も見えない。

 でも、分かる。

 彼女こそが、池袋連続ビル爆破事件の実行犯、そして僕の元恋人、鈴原立津奈だ。


 僕は彼女の姿を見て硬直してしまった。

 見たところ眠っているらしい。

 ひとまず、今日のバイトは休むことが確定した。

 僕は彼女に気づかれないことだけを考えて、ゆっくりとドアを閉めた。

 他の住人は気づかなかったのだろうか。

 たしかに、報道とは髪型も違う。

 だが、女の子が1人で廊下にうずくまっているというのはあまりに不自然だ。

 だからここに着いたのはここ数分の間だったと推測できる。

 現在時刻は午前9時。午前7時に東京拘置所を出たとすると、ほぼ一直線にここに来たということになる。

 なんのために? どうやってこの場所を?

......そういったあれこれは一旦考えないことにした。

このまま居留守を使うことも出来る。

もしかしたら、彼女は大量殺人鬼だ、今度は僕が殺されるかもしれない。

「それは嫌だな......」

静寂がうるさい部屋で独りごちる。

 一時期ならいざ知らず、今は生きたい気持ちの方が強い。だったら警察に通報しようか。数日以内に死刑に処される人間だ、何をするか分からない。身を守るのが懸命だろう。

いや。

さすがに可哀想か。

1年ぶりに会いに来たのに、それも叶わず連行される姿を想像すると胸が痛む。

「優貴。俺はお人好しかな」

ゆっくりとドアを開ける。

「立津奈......」

呼ばれた途端彼女はビクッと体を震わせ、涙をうかべた顔を僕の体に押し付けた。

1年前と変わらない。

小さくて弱々しい彼女が僕の腕の中にいた。


*


 立津奈と出会ったのは大学の講義でのことだった。

きっかけは本当にくだらない。

その日必要だった教科書を忘れたので、誰かに撮らせてもらおうと思ったのだ。

同じクラスに友達がいなかったから、初対面の人に頼むことになった。

別に人と話すのが苦手なわけではないのだが、こういう時にウェイ系に声をかけて陰口を叩かれるのも嫌なので、なるべく大人しそうな人を選ぶつもりだった。

 けれど、大人しいとかそういうレベルをとうに超えていそうな人が居た。

髪はロン毛でボサボサ、服は色落ちの激しいジーンズに薄手のTシャツ。というふうに、大学生の割に合わずルックスを全く気にしていない。

その上、さっきから机に突っ伏して微動だにしていない。

明らかにヤバい雰囲気で、誰一人近づこうとしていなかった。

だが、僕としてはそいつが枕替わりにつかっている教科書の方に用があった。

僕だって友達がいないのはそいつと同じだが、近づきたくない気持ちはほかのクラスメイトと同じだった。

一瞬起こして、教科書を見せてもらうだけでいい。気付かないようなら教科書だけ引き抜けばいい。

僕はそいつに近づいて、「すみません」と声をかけた。

ビクン。と体を跳ねさせ、「彼女」は顔をこちらに向けた。

 そう、女の子だった。痩せぎすではあるものの、近くで見ると体型は女性のそれだし、髪が長いのもそれで納得できた。

 ただ、それ以上に驚くことがあった。

 到底健康とは思えない表情をしていた。

 整った顔をしていてーーーーというより、言ってしまうと美人だったのだが、その顔色は青ざめており、目の下はくまが目立つ。唇なんかは水の抜けた田んぼのようにカサカサだった。

 よく見ると体をブルブル震わせている。

 寝不足なのは明らかだが、それ以上に病的に見えた。

(どうせ教科書も忘れたし、サボる口実にはなるかな)

 頭の中で善いとも悪いとも判断しかねる考えが浮かんでいた。

僕は枕になっていた彼女の教科書をリュックに突っ込むと、腕を引っ張って教室を出ていった。

「え、ちょっ……」

 周囲の視線がきつかったが、どっちにしろここの人とは交友関係を築けそうな気がしなかったので、どうでもいいかなと思った。彼女にしても同じことだろう。

フラフラした足取りのまま手を引くのは一苦労で、途中から肩を貸して歩いた。

ひとまず保健室に連れていくことにした。幸い、同じ建物の中にあったし、そう遠くはなかった。

大学の保健室に入ったのは初めてだった。

 件の女性は、もはや僕に体を預ける形となっていた。サボる口実のつもりだったが、この時には本気で心配だった。

 保健室での軽い問診を通じて、彼女の名前を知ることが出来た。


鈴原立津奈


 これが、僕と立津奈の出会いだった。


*


 あの時と同じように肩を貸した状態で、立津奈を部屋に運んだ。

 憔悴仕切っていて、虚ろな目をしている。

 この子はいつも、こんな目に合わなければいけない運命でもあるのだろうか。

 いや、今回は自業自得か。


『池袋連続ビル爆破事件』


オフィス街の高層ビル、東京タワー、スカイツリーが、次々と爆煙を上げた。

崩壊するビル、落下物の下敷きになる自動車、地面に撒き散らされた人だったモノ。そういった映像がSNSやテレビを通じて人々の目に触れられた。

大企業が標的となったことで日経平均株価は暴落、経済は大混乱を喫した。

死者84人、けが人1069人、未曾有の大被害が齎された。

その実行犯が、今僕の布団で眠っている女の子だというのが、にわかには信じがたかった。

「本当に、よく眠っているな」

彼女のさらりとした前髪をかきあげ、顔を覗き見る。

綺麗な顔だった。

艶のある黒髪に、華奢な体。

あの時と何も変わらない。

いつかこんな光景を見たような気がする。

その時、俺はキスをしたんだっけか。

額に視線を集中する。

 廃品回収車のけたたましい声が近づき、そして遠のいていった。

妙な罪悪感に襲われ、それ以上顔を近づけるのを諦めた。


食材を買って帰ってくると、立津奈がベッドから 起き上がっていた。

顔色はだいぶ良くなっていた。

「洋くん」

僕を呼ぶ声は、雛鳥の鳴き声のように弱々しかった。

「怯えてるの?」

「ううん、違う.......違うの.......洋くん」

顔を抑えて泣き出してしまった。

立津奈の涙が布団に染みていく。

こんな形での再会をお互い望んではいなかった。

買い物袋を置き、彼女の肩を撫でる。

「大丈夫、大丈夫だよ」

自分でも何が大丈夫なのか分からない。

暴れる父親から優貴を守る時もこう言っていた。実際には何も大丈夫なことなどないくせに。

今回にしたって、別に僕は彼女を許したわけじゃない。

なのになぜ僕は彼女を布団に寝かせ、あまつさえ泣き出したのを慰めているのだ。

僕は彼女に何をすればいいのか、いよいよ分からなくなってしまった。

そんな逡巡の間にも、「ごめんね......ごめんね.......」と彼女は泣きじゃくっていた。

ああ、本当にその通りだ。

君のしでかしたことは取り返しのつかない大罪だ。

大勢の人々を殺し、大勢の人生を滅茶苦茶にした。

君は最低だ。悪魔だ。生きていてはいけない。

それが正しい結論なのだ。

分かっている。

だがどうにも納得できない。

警察の捜査も、裁判も、多少粗があったとはいえ、執り行われ、立津奈が犯人だということは揺るぎない事実となっている。

ただ、僕にはこの泣き虫の女の子が、死傷者を1000人以上出した令和史上最大のテロリストだとは到底考えられないのだ。

ああ、優貴。やっぱり俺は甘い。情けをかけたって、彼女の行く末は変わらないのに。

「ごめん......ごめん.......」

「大丈夫、大丈夫だから」

大丈夫であってほしい、願わくば。


立津奈が泣き止んだ後、簡素な食事を用意した。

時刻は17時。

本来なら今頃アルバイトが終わった頃だ。

窓から差し込む夕日が、僕の後ろめたさに拍車をかける。

「執行前臨時釈放って、何日間なの? あんま寝てばっかだともったいないんじゃない?」

「そうでも無い。20日あるから。その間に死ぬ前にやっときたいことはある程度やるつもり」

「拘置所の職員が付いているってニュースで聞いたけど、どこ?」

「うん。私基本は自由行動なの。ここまでは送ってもらったんだけど、多分見えないとこでちゃんと監視はしてると思う」

「プライベートに配慮してるってことね」

「まあ、私たちが気づかないだけで、筒抜けだろうけどね」

「ふうん.......あ、お金は?」

「口座にお金があるから、当分は大丈夫だよ」

彼女は思ったより自由らしい。

泣き止んでからの彼女は、近いうちに死ぬとは思えないほど明るく振舞っている。

でも、やはりどこかぎこちない。顔は上手く笑顔を作れず引きつっていて、温めた弁当にも手をつけようとしない。

無理をしているのだろう。

それを咎めようという気は起きなかった。

「あのさ......」

「......うん」

一度深呼吸をして、意を決して聞いた。

「どうしてあんなことしたのさ」

それを聞かせて欲しい。

僕が彼女にかける言葉に迷っているのはそのせいだ。

僕はただ納得がしたいのだ。

彼女が大勢を殺した理由。

自分の命を捨ててまで、1000人以上の人生を掻き乱した理由を。

それさえ聞けば、突き放すにしろ、同情するにしろ、ちゃんと自分の意思で選べる気がした。

「そうだね......うん。それを伝えに来たんだ。ちょっと見て欲しいものがあるの」

「見て欲しいもの?」

この後に及んで出し渋ることに若干の苛立ちを覚えたが、今は彼女のペースに合わせることにした。

立津奈は今まで触れていなかった割り箸を袋から取り出すと、半分に折り、それを両手の中にすっぽりと収めた。

何が始まるのだ。手品でもするつもりか?

ここまでの彼女の態度だって僕はあまりいい印象は抱いていないというのに。

「洋くん」

「なんだよ、何かやるなら早くしてよ」

「これから起こることは全て現実だってこと、忘れないで」

「う、うん」

僕の考えとは裏腹に、彼女の表情は必死そのものだった。

目を固く瞑り、手には血管が浮かび上がるくらい力が込められている。

僕はその様子を不思議な心持ちで眺めていた。


ーーーー光が溢れた。

立津奈の指の隙間から強い光が溢れている。

立津奈が力めば力むほど光は明るさを増していく。

夕焼けを白く染めるほどの強烈な光は、やがて彼女の手を包み込んだ。

何が起きているか分からなかった。

真昼の太陽のようなそれを直視することは難しく、顔を手で覆いながら細目で見ていた。

だんだん光は弱まっていき、彼女の手の中へと集まって行った。

「もう見ても平気だよ」

僕は明滅する視界のなかで、彼女の手を覗いた。

彼女の手の中には、この世で最も美しく光る石があった。

割り箸を握っていた彼女手から出たそれは、まるでダイヤモンドのように見えた。

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