某大学女子ソフトボール部寮
「有原先輩と加治屋先輩って下村さんと同級生だったんですよね?」
一年生の後輩に尋ねられて、有原はじめと加治屋帆乃花は同時に「そうだよ」と答えた。テレビの方に体を向けたままで。
ソフトボール部寮ロビーでは五輪中継を見ようとする学生が群がっていた。寮にはソファーに座れるのは四年生のみという独特のしきたりがあるが、はじめと帆乃花はその特権を行使し、テレビ側に一番近い席に座っていた。
「高校時代の下村さんってどんな感じでしたか?」
「どんな感じって言われてもね。まあいろいろと凄いとしか言いようがなかったなあ」
はじめは続けた。
「変化球によく空振りしてたけどね。わたしも紅白戦であの子から何度も三振取ってたし」
「さすがですねー」
「でも三年生になったら打たれるようになったよ」
「えー。やっぱモノが違うんだなあ……」
紀香ばかりクローズアップされがちだが、はじめも星花女子学園のエースとして、インターハイ初出場の立役者となった一人である。卒業後、バッテリーを組んでいた帆乃花と一緒にソフトボール強豪の大学に推薦枠で入学して、高校時代とは比べ物にならない厳しい競争を勝ち抜いてレギュラーとなり、ともに好成績を残していた。
「でも、今のわたしだったらまた紀香ちゃんに勝てそうな気がする」
「お、強気なこと言うじゃん」
と、帆乃花が肘ではじめを小突いた。昔は気弱な面があったが、競争で揉まれて心身ともに一段と逞しくなっていた。
「この四年間で、練習試合で紀香ちゃんとこと全然当たってこなかったのが残念だなあ」
「まあね。実業団と練習試合すること自体少ないし、してもタイラ製作所とか大和自動織機といった強豪相手だし。でもどっちにしろ、来年は紀香ちゃんと対戦できるでしょ?」
「ははっ、そうだよね」
はじめと帆乃花はすでに来年の所属先が内定している。天寿傘下にあるコンビニエンスストアチェーンのニアマートである。ニアマートは昨年末に、経営不振に陥った企業の女子ソフトボール部を引き取って今年から実業団リーグに参戦していた。今季は下位に甘んじているが、来年は優勝に向けて大掛かりな補強を計画しており、はじめと帆乃花が声をかけられたのもそのためであった。ニアマートと関わりの深い星花女子学園のOGだから断りづらいだろう、という思惑もあったのかもしれない。
試合開始まで5分を切ったところ、それまでアメリカ代表のベンチを映していたカメラが切り替わって、腰に手を当てて仁王立ちしている紀香を映し出した。それを見たはじめがプッ、吹き出す。
「この貫禄のある姿、高校のときから全然変わってないよね」
「ホント、15年はプレーしてるベテランみたい」
二人は紀香の人となりをよく知っているから微笑ましく見ているが、後輩たちは畏敬の眼差しで紀香を見つめている。下村紀香は今や年少のソフトボーラーにとって憧れの対象であった。