星花女子学園体育館
7月末――
午後8時前にも関わらず、星花女子学園体育館には明かりがまだついていた。
当然下校時刻はとっくに過ぎているのだが、中は生徒たちでごった返している。熱気がこもっていてエアコンは全く効いておらず蒸し風呂状態になっているが、汗を拭う生徒たちは誰一人として嫌そうな顔をしていない。
いったい彼女たちは何のために体育館にいるのか。それは星花女子学園の伝説的OGを応援するためであった。
星花女子学園第66期生、下村紀香。ソフトボール部に所属していた彼女は超高校級スラッガーとして名を馳せ、三年生時には決して強いとは言えなかった部をインターハイ出場に導くという快挙を成し遂げた。卒業後は実業団でプレーし、持ち前のパワーで本塁打を量産。そして今年開催される東京五輪のソフトボール日本代表に選ばれ、主砲として大活躍している。
今日は宿敵アメリカとの決勝戦。テレビ中継の様子が体育館のスクリーンに映し出されているが、平日にも関わらず、会場の横浜ベイサイドスタジアムは満員に膨れ上がっていた。
カメラがグラウンド内の様子に切り替わって、背番号3をつけた下村紀香の姿が捉えられると、黄色い大歓声が沸き起こった。日本代表のユニフォームは日の丸をイメージした赤を基調にしているデザインだが、それが紀香にはよく似合っていた。
「ではここで、若き主砲、下村選手のこれまでの打席を振り返ってみましょう」
番組の司会が言うと、予選リーグのリプレイが流れ出した。リーグ戦は4勝1敗の2位通過であったが、勝利した4試合で全て本塁打を放っている。高校時代より豪快になったフルスイングで、黄色い革ボールを軽々とフェンスの向こうまで飛ばしていく様子が流れるたびに、生徒たちは配布されたスティックバルーンを叩いた。
「いかがですか? お父様の目から見て娘さんの活躍は」
「いやあ、ボクが甲子園で優勝したときなんかより全然盛り上がってますね!」
ゲストで呼ばれていた紀香の父、タレントの下村義紀の自虐的な返答が笑いを誘う。年を取って白髪が目立ちだしたが、トーク力は全然衰えておらず自分の娘がいかに凄いかをユーモアを交えながら語った。
「さて、ここで下村選手の熱烈な応援団をご紹介いたしましょう。美滝百合葉さん!」
「はーい!」
美滝百合葉がひょこっと顔を出した。その後ろに映し出されているのはこの体育館の中だった。
「下村選手の母校であり、私の母校でもある星花女子学園の体育館からお届けしています! 見てください! たくさんの生徒たちが応援に駆けつけてくれましたよー!」
スティックバルーンの音と歓声が鳴り響く。テレビ中継からの音声も重なったものだから、なおさら大きかった。
「凄い盛り上がりですね! 百合葉さんは下村選手の一学年後輩ですけど、先輩を応援するのはどんな気持ちですか?」
「高校時代を思い出しますねー。インターハイは全校応援に行って、私も仕事を休んでまで駆けつけたのを昨日のことのように覚えてます。今こうやって後輩たちと一緒に、画面越しですけど応援できるのはすごく嬉しいです!」
人気絶頂期にあるアイドル、美滝百合葉はとびっきりの笑顔を見せた。実は元々、彼女はスタジアムで現地レポートをしてもらう予定であったが、百合葉本人がどうしてもと懇願して母校からのレポートに変えてもらった。星花女子学園は彼女にとって思い入れのある場所だったからであろう。
「わかりました。それでは百合葉さんと後輩たちから下村選手に向けて熱いエールをお願いします!」
「わかりました! みんなー、ノリカコールいくよー! せーのっ!」
ノリカ! ノリカ! ノリカ!
「はい、ありがとうございました! さて、いよいよ決戦のときが近づいて参りました。ここからは実況中継でお伝えします!」