第一話「追放」
「いらっしゃいませ! ようこそ、クラブ【世界樹の雫】へ」
私はしなを作り、お客様に笑いかける。成金で下品だけど、そういう人ほどお金を落とす。次回の指名の為にも頑張っちゃう!
「ほほう…君がこのクラブで一番のホステス、ネオン嬢か。エルフ特有の全てを見通したような鋭い緑眼! 身に着けた宝石にも劣らぬ煌びやかな金の髪! 細身のエルフには珍しい豊満な胸とお尻……完璧だな! ぐへへっ」
「ありがとうございます。照れてしまいますわ、お客様」
下卑た笑いにも愛想笑いで返すのがプロのお仕事。
私は【ネオン・シルフィード】このクラブのホステスNo.1。熟練の手練手管でお客様を骨抜きにする接客のスペシャリスト。
人族は外見第一で豊満な子が好きだから仕方ないけど、エルフにとって胸が大きいのはコンプレックスだから、ちょっと複雑な気持ちになっちゃうなぁ。
私達エルフは、人族の基準では男女共に美麗な者ばかり。だけどエルフが美しさの基準にするのは外見よりマナコアの輝き方。磨かれたマナの光はエルフの緑眼でしか見通せないけどね。
しかし種族も違えば美点も変わるもの。
「お客様、人界のウイスキーです。しばしお待ちを」
『カランコロン』
無詠唱魔法で手から氷を出す。これがウケるのよね~。
「おおお! さすがエルフ!! 小さな氷とはいえ無詠唱で」
「お客様、ここはエルフの営む社交場。これくらい当然です」
ここ、クラブ【世界樹の雫】は宮殿内に構える国営社交場。ホステスはみんな【王立魔法学園・礼節科】で学んだ、選ばれし女達。みんなの羨望まじりに【宮廷ホステス】と呼ばれているんだけどね。
「いや流石は国が抱えとるホステス……場末のクラブとは格が違うな」
そうお客様が感心するのも当然なわけ。
取り立てて資源もない、我がエルフ国が発展させた国家規模の遊興産業。それがエルフの歓楽街【ハピネス】その中でも最高のクラブがウチだね。
「ネオンさん、ご指名です~」
黒服のエル君に肩を叩かれ合図される。エル君はまだ若い黒服の子で、とってもかわいい。私の癒しでもある。
「すみません、ちょっと呼ばれましたので……」
もう少しアピールしときたかったけど、ご指名とあらば仕方ない。
「姉さん、ちょっと裏にいいですか?」
エル君の表情がただ事ではない。なにかあったわね、こりゃ。
「ちょっとあちらの卓でトラブルが起きまして…」
こういう時は店を管理するチーフの出番だけど、今日は軍務に出ていてお留守。そういう場合、私が収めてるんだけど……
「ネルマさんが付いていたお客様、酔った勢いで大騒ぎしちゃって……」
最近入ったばかりで既にNo.2になった期待の大型新人ネルマちゃん。凄いんだけど、あの子はまだ酔客を上手く扱えない。
「おい! なんだよこりゃあ…… 酒一本でこんなに金取られるのかよ!!」
「やめてください~! お客様~! このお店は高いんです~! 払えないなら出て行ってよ~!」
あちゃ~。 ネルマちゃんそれは火に油を注いでるわ。ダメダメ~。
見た事の無いお客様だけど、うちは高級クラブだから、たま~にこういう事が起きるのよね。
「責任者です、お客様。大きな声はおやめください。他の方の迷惑になりますから」
「うるせぇ! おい女! エルフだからってお高く止まってんじゃねぇ~ぞ うぃ~」
こりゃ相当酔ってるな。人族? いやちょっとマナの光が違う? とにかく落ち着けってば!
「なめんじゃね~ぞ、コラ~!!」
と、なだめる方法はないか思案した隙に!
ナイフっ!! ネルマちゃんとエル君が危ないっ!!!!
「縛り付けろ凍てついた鎖 氷 鎖 束 縛!!」
『ガチン』
とっさに氷魔法で作った鎖でお客様、もとい暴走した酔客の動きを封じる。
「うわぁ~ん! ネオンさん!! 怖かった~~~!!!!」
縛り上げた酔客が動けずに倒れこむ。ネルマちゃんが泣きながら抱きついてきた。
「大丈夫? 怪我はない? 怖かったね~ よしよし~」
「ふえぇ……ネオンさ~んの魔法凄かった! ありがとうございますぅ~!」
一安心。ふぅ~詠唱間違えて無くてよかった。
「姉さん、近衛兵が参りました。さっさとこいつを引き取ってもらいましょう」
流石に宮殿内だけあって対処が早い。すぐに引き渡して、騒ぎのお詫びに今居るお客様にお酒を振舞ってお許しを得なければ……
「おや? 確かに、これは大変な事件ですな」
この声は近衛兵団長【テンプス・アイワード】伯爵。王弟で摂政の【エドウィン・エンデシオン】殿下の側近で大貴族様じゃない!?
なぜここまでの大物が、わざわざ暴れた酔客の引き取りに?
「元【王国魔法師団長】ネオン・シルフィード殿……この男、死んでますよ」
「え? そんな……」
「現場から離れて腕が鈍ったのか? それとも怒りに任せたか……」
「元団長で宮廷ホステスだとしても、王宮内での殺生はご法度。ご覚悟なされよ」
頭がクラクラして考えるヒマもない。
「王宮内殺生の咎でネオン・シルフィードを引っ立てよ!」
『ゴーン ゴーン……』
誰の声も無い静寂……時を告げる鐘が無情に響いていた。
近衛兵が先ほど私が使った氷 鎖 束 縛を放ち、私を縛り上げる。瞬時に身体の自由を奪われた。そう、これは身体の自由を奪うだけの魔法なのよ……
ネルマちゃんとエル君の方に視点を向けた。展開が早過ぎて混乱しているのか、無表情でこちらを見つめている。
「牢へと移動する。こちらに……」
この時は本当にただの誤解だと思っていた。明日にはきっと……
私は地下牢に投獄され、摂政殿下のお裁きを待つ身となった。拘束は解かれたが、酒を抜くためと薬湯を飲まされ、気を失うように眠ってしまった。
「お裁きの時間が来た。身を清め、このローブに着替えよ」
翌朝、女性刑務官に起こされる。
我が国の偉大なる王が行方知れずになって以降、この国を治めてこられた摂政殿下の御前へと引き出される。
「咎人、ネオン・シルフィード……摂政殿下の御前へ!」
いくらなんでも昨日の今日で……何の調べも受けていない。
摂政殿下。軍役を退いて以来お会いしていないけど、私の事を覚えていらっしゃるかな?
私は宮廷ホステスになる以前、【王国魔術師団】団長をやっていた。これは旧知の仲であった店のチーフだけが知る事実。
元々は宮廷ホステスを目指して入った【王立魔法学園・礼節科】だったが、私は魔法の才能が高く、卒業後は軍役へ。結局、団長まで上り詰め勤め上げた。
その後、ようやくなりたかった【宮廷ホステス】になって、そしてNo.1にまでなったのに……
「ネオン・シルフィード、元【王国魔法師団長】で【宮廷ホステス】のNo.1か」
お出ましになった摂政殿下の低い声が響く。
「久しいな、ネオンよ。この度の事は残念である」
「誤解です! 魔法は術式です。私が魔法で間違うはずが……」
「……」
「今回の事件が起こった原因は、被害者である羽人に対し、ネオンの選んだ魔法が適切ではなかった事。その結果、殺めるに至った。これにより宮廷内殺生であると判断した」
え? 羽人? 確かに羽人は力も弱く、氷属性にめっぽう弱いけど……私にはそう見えなかった。そもそも羽なんて……第一、あの客はナイフを出して若い子達に襲い掛かろうとしたっていうのに!
「誰も異議申し立てをしておらず、それは間違いないかと……」
テンプス伯爵がそう告げる。
誰も異議申し立てをしていない? ……一体どうなってるの? おかしい、こんなの……なんでっ!!
「それでは判決を言い渡す」
伯爵の声が響き渡る。摂政殿下が前に出る。
「本来であれば宮殿内の殺生は極刑に値する。しかし、ネオンの今までの功績を鑑みて、一等減罪とする」
「ネオン・シルフィード【ルラペンテス】送りだ」
この私が咎人だなんて……ダメだ、理解できない……一体、どうして……
『ゴーン ゴーン……』
絶望、驚愕、混乱の最中……時を告げる鐘がまた無情に響いていた。
そして私は追放された。