第8話 理想
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魔法使いは夢を与え
理想を歌い
敵と戦う運命に縛られている。
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あの緑色の光の先は森とはまた違った開けたありきたりな町のような場所だった。
いくつか並んでいる洋風な建造物がお洒落な雰囲気を醸し出している。
ただその町の恐らく中心部には一つの巨大な蠢く何かがあった。
無数の空気を取り巻き渦巻いているその何かはどこか魔法を使う時に生み出される紋章と同じ様なオーラを放っている
そしてアルテミアさんはそれに向かって杖を構えた。
「何なんです?あれは。」
アルテミアさんの後ろに隠れた僕は様子を伺ってから問いかけた。
「あれは歪みと呼ばれている物よ。あれを経由して魔物が現れるの。」
言葉通りの見た目をした『歪み』が緑色に煌めいたのと同時に何体もの得体の知れない化け物が現れた。
化け物が現れたのと同時に歪みは閉じて消えていった。
その化け物たちは何処かで観た様な動物に似た外見をする物からただの肉の塊の様な物と多数居る。
だがどれも視線が合わない上に唸り声を上げていてまるで知性が無いように見える。
「pjndbk…dgjgjadqwmpw」
もし仮に今からこんなのが大勢で暴れたらこの町で暮らす人々は一体どうなってしまうのだろう。
「あれが…歪み。」
少し不安になりながら呟くとアルテミアさんは優しく答えた。ただ声色に反してその瞳はいつもとは違う凍てつくように冷たい。
「そして歪みから現れるのが敵。」
こちらに飛びかかってきた化け物はアルテミアさんが瞬時に無数に展開した紋章に跳ね除けられた。
そして紋章は緑色の眩い煌めきを放ち消えた
「そこら辺の細かい話は後で!!!」
跳ね除けられた化け物が唸り声を上げて他の化け物と群れになり襲いかかってきた。
今さっき跳ね除けられた事もまるでなかったかの様に物凄い速さでこちらに迫りくる。
アルテミアさんはそれでも慌てている様子はなく冷静に状況を判断している。
「うわぁ!来た!!」
思わず口から声が漏れてしまうほどの近さまで迫ってきた化け物の大軍を前にアルテミアさんは落ち着いて杖を振る。
彼女の流れる様な手捌きと共に煌めき現れた無数の鎖が全ての化け物の手足を捕らえ縛り上げてその場に吊し上げていく。
「終わらせる。」
アルテミアさんが淡々と言った。
その声を合図に鎖は更に生き物の様に動いて鋭利な先端を次々と化け物の胸部に突き刺さしていく。
「ldgdejgmpmpommwgmgm!!!」
化け物たちは声にもならない叫びを上げ苦しみ悶えるとより一層鎖が奥に喰い込む。
「tgegdmxgapdmp!!!」
化け物は嗚咽を上げ体から血を垂らしながらこの無数の鎖から逃れようと必死に足掻く。
だがこの鎖の拘束が解かれる事は決して無い。
アルテミアさんはその化け物を見つめながらまた紋章を描き魔法を使った。
すると緑色の煌めきと共に無数の剣が現れ今度は化け物の手足を切り落とした。
「tdgjdpnmpmpnmgm」
そして切り落とした傷口を鎖で抉り剣で切り落とす事を何回も、何回も繰り返していく。
そこにあるのはあの僕が好きな面白く不思議な魔法なんかじゃない。化け物の存在を許さない絶対的な否定の力。
やがてそこにはもはや化け物とも呼べない無残な死骸が転がっていた。
「…。」
言葉が出ない。僕にはあの化け物が何を言っているかもよくわからないし見た目も怖い。
勿論アルテミアさんが倒さなきゃ人を殺す恐ろしい化け物だ。
だけど何故かあの化け物たちに同情してしまう自分がいる。
そして僕がその死骸を恐る恐る眺めているとやがて死骸は時間経過と共に緑色の煌めきに包まれて町の虚空に消えた。
何も居なくなった町並みに落ちる夕暮れが僕の心に虚しく響く。
戦いは…終わったのだ。
少し時間が経ってからアルテミアさんは杖をしまい僕の方へ寂しげに目を伏せ語る。
「これが魔法使いなの。アリスタ君が思う様な魔法使いじゃなくて…ごめんね。」
僕は彼女の顔を見る事が出来なかった。
怖かったからだ。
あの優しいアルテミアさんがこんな残酷に殺したなんて認めたく無いからだ。
元々僕は…僕が彼女の魔法に憧れたのはその魔法が愉快で面白くて何よりその魔法を使っているアルテミアさんが好きだったからだ…。
なのに、今の悲しそうなアルテミアさんが何かを殺す為だけに使う魔法を見ても…ただ胸の奥が締め付けられて苦しくなるだけだ。
「僕は…。魔法がとても夢のあるものだと思っていました。だけどこんな…」
化け物が居なくなってからドッと押し寄せてきた恐怖が僕の体を突き抜けた。
目からは涙が無蔵に流れて零れ落ちていく。
もう言葉が出ないくらいの衝撃で僕の体から力が抜けてその場に崩れ落ちた。
これが…魔法使い。
そんな僕に近づいてアルテミアさんはそっと僕を優しく抱きしめた。温かな温もりが震える僕を包んだ。
「魔法使いが居なければこの世界の人は歪みによって数えきれないほど死んじゃう。だから私みたいな魔法使いが皆を守らないといけないの。」
彼女の言葉を聞いて僕は初めて気づいた
僕はただ、魔法に夢を見ていただけだった。何でもできる素晴らしい万能の力である魔法を覚えたかっただけだった。
魔法は手段であって 結果では無い。
ならば僕は…
アルテミアさんの様な、魔法を使って何かを守れる強い魔法使いになりたい。
「僕も…アルテミアさんの様な魔法使いになりたい…。」
存在も目的も曖昧だった自分のなかで初めて生まれた決意が僕の心を塗り替えた。
なんとか8話到達致しました!
初めての戦闘シーンを書いたので色々至らない所があるかもしれませんが、お許しください。
それとここまで読んでくださった方々に心からの感謝を伝えさせて下さい。
本当にありがとうございます!