第74話 空に想いを寄せて
霧ヶ谷が皆の眠りを解いた事により、このエントランスに全員が揃った。
僕は霧ヶ谷が起こした人から順に、これまでに起こった大まかな事を予め伝えておいた。
霧ヶ谷は皆に向けて、全てを話すと言ってから少しだけ時間が流れた。
「ごめんなさい。私は皆を殺そうとした。今更戻れるだなんて思ってない。だから…。」
そう口を開き頭をこちらに向けて下げた霧ヶ谷、そんな彼女に向けて皆がそれぞれの言葉を送る。
「…おかえりなさい。霧ヶ谷さん。」
「ふん。アタシが簡単に殺される訳なんか無いから、別に謝らなくてもいいわよ。」
「別にそんくらい気にしてねぇよ。どうせ、俺のなんかいつ死んでもいい命だからな。」
だが、そういう中一人だけ目の色を変えて足踏をしながら霧ヶ谷の方へ詰め寄った者が居た。
「霧ヶ谷様、一体誰から我々を殺す様に言われたのですか?ワタクシ、霧ヶ谷の妹君を想うお気持ちを、悪意を持って利用したその人物をブチ殺したくて仕方ありませぬ。」
そう声を荒げる王城に対して、霧ヶ谷は俯きながら小さな声で返した。
「ごめんなさい。でも、この場でそれを言っていいのか、私には分からないの。」
霧ヶ谷の方から目を逸らさず、射抜く様な視線を向ける王城。そして催促する様に言った。
「霧ヶ谷様。早くお教え下さい!」
だが、その様子を見かねたのか、緋色君が割って入り静止する。
「…らしくねぇな王城。何があったかは知らないけど、一旦落ち着け。」
「ですがぁ!!」
口を噛み締める王城を宥める様に、緋色君は話し始めた。
「…俺だって仲間の尊厳を傷付けられて、何も思わない訳じゃねぇ。それに、お前に俺達を殺す様に命じた奴が誰なのかは、大体分かる。」
「それは一体誰なんですぞ?」
王城がその人物が誰なのかを、問いかける。だが、緋色君は俯いてしばらくしてから口を開いた。
「…それを言うなら。フラムには席を外してもらった方がいいかもしれねぇな。」
フラムを名指ししてきたので、僕の頭の中に嫌な予想が浮かぶ。霧ヶ谷に命令した人物。もしフラムと何らかの関係がある人物だったらどうだろう。
僕にとってのアルテミアさんに当たる人物…ダスト校長が今回の一件を仕組んでいたとしたら、彼女は強いショックを受けるかもしれない。
「なんでよ?」
そう僕が考えていると、フラムが先に口を開いた。それに対して、緋色君は普段からは信じられない事に、彼女に向けて深く頭を下げてから言った。
「その方がお前の為なんだ、だから頼む。」
「アタシは知りたく無い事を知るよりも、除け者にされる方が嫌、早く教えてよ。」
一方で、その様子を見てから緋色君の前に立ったフラムは、強く言い返した。その強い姿勢に圧された緋色君は渋々話し始めた。
「奇しくも、この場所に集まったのは魔鉱山にて、マリアの事を救出をした時のメンバー。そして、その俺らを霧ヶ谷を裏から操って殺そうと目論んでいる存在…。それは恐らくダスト校長だろうな。」
その言葉を聞いてから、フラムは俯き拳を強く握りしめた。
「そんなの嘘よ。ふざけないで!」
そう強く言葉を振り絞ったフラム。彼女に対して、緋色君も辛そうにしている。すると、緋色君を庇う様にマリアが話に割り込んだ。
「…その理由は、この場所に私達全員が集まったのは、ダスト校長の指示があったからです…だから現段階では一番可能性が高いと…。そして霧ヶ谷さんが、言うのを躊躇ったのは貴方の事を気遣ったから…。」
マリアがそう言っている途中、フラムは強く地面を蹴った。ドン…という音が強く響き渡り皆が沈黙した。
「もういい!」
そう言ってフラムは皆の居る場所から逃げる様に、扉を開いて外に行ってしまった。この場に残されたのは気不味い空気だけ。
なんとかしなきゃいけない、そう思った僕は曇った表情の皆に向けて言った。
「僕が行ってくる。フラムもちゃんと話せば、必ず分かってくれるはずだよ。」
「悪いなアリスタ、よろしく頼む。」
緋色君から掛けられたその言葉を背に、僕も扉を開いて古城の外に足を踏み出したのだった。
〜
霧の濃いこの場所で、薄らと街灯に照らされる二つに縛られた金色の髪。ベンチに座る彼女は俯いて手を一つに合わせていた。
「フラム。僕もあの話は嘘だと思うよ。そんな事絶対にあり得ないさ、きっと何かの間違いに決まってる。」
僕が彼女の後ろからそう伝えた。すると彼女はベンチの隣を手で叩いて、座る様に促して来た。
僕は右隣に座って彼女の顔を見つめた。赤く澄み切ったその瞳には少しだけ涙の跡が見えた。
「相変わらず、嘘が下手なのね。」
僕はそう言われて慌てて訂正する。
「そ、そんな事ないよ。」
すると、彼女はこう言った。
「でもその嘘はアタシの為に吐いたんでしょやっぱり優しいのね。」
僕はそう褒められて少しだけ照れた。だが、照れている場合じゃないと、すぐに我に返った。そんな僕の顔を、不思議そうに覗き込んできた彼女はまた口を開いて話を始める。
「アタシね、アリスタと出会ってから、ほんの少しだけど変われたと思ったんだ。」
そう言われてから、僕は昔のフラムの様子を頭に浮かべる。最初に会ったのは屋上でだった。その時は危うく燃やされて死ぬ所だったなぁ。しかし、改めて思い返してみると本当に物騒だ。
でも今の彼女は確かに変わった。魔物の攻撃で、僕が死にかけた時に看病もしてくれたし、マリアを助けに行く時には力を貸してくれた。
彼女はきっと良い意味で変わったのだと思う。
彼女は話を続ける。
「結局何も変われなかった。また皆に気を遣わせて、自分勝手なわがまま言って。」
「…アタシ自身もお爺様が少なからず関与していると思ったから、より強く皆に当たってしまったの。本当に馬鹿みたいね。」
彼女にとってのダスト校長は、僕にとってのアルテミアさんの様に大切な人なのだろう。誰だって大切な人の悪口を言われたら怒るのは当然だ。それが人殺しに加担した悪者という物だったら尚更。
「仕方ないよ。僕だって大切な人が悪事の黒幕だって言われたら、きっと同じ事してると思う。だからそんな気に病む事は無いよ。」
そう言い返すと、僕の覗き込んで、手を掴んだ彼女は問いかけてきた。
「どうしてアリスタは、こんなアタシに優しくしてくれるの?」
僕はそう言われてから何故だろうと悩んだ。考えても僕にはよく分からない。ただ、思ったままのふわふわとした物を、なんとか言葉にしてフラムには伝えた。
「ちゃんとした理由は分からないんだ。だけど君が悲しそうな顔をしているのを、どうしても見ていられなかった。」
僕が言い終えると、頬を赤く染めた彼女は少し茶化す様に言った。
「いつものアリスタとは違って、凄くロマンチックなセリフね。もしかしてアタシの事を口説いてる?」
僕は首を横に振って慌てて訂正する。確かにフラムの事は嫌いでは無いけど、そういう気は僕にはあんまり無い。
「そ、そんな事無いよ。」
焦る僕を見て彼女ははにかんだ。
「ふふ、冗談よ。」
僕もそれに合わせて笑った。
「あ、あははは。」
ひとしきり話し終えてから、フラムは空を見上げて僕に言った。
「…もう夜ね。もしこの霧が晴れたら星が見えるかな?」
よく考えたら僕はまだ寮の窓からしか、夜空に浮かぶ星を見た事が無い。僕は少しだけ見たい気分になったから、立ち上がって紋章を描く。
「じゃあ僕が晴らすよ。…ウィンド。」
風が僕らを覆う霧を吹き飛ばして、そこに現れたのは満点に煌めく星々の空。どれもが眩しい光を放ち、幻想的な景色を生み出している。
「わぁ、すっごく綺麗。」
フラムは無邪気に空を指で星をなぞって何か形を描いきながら、僕の方を向いて言った。
「ねぇアリスタ知ってる?流れ星が落ちるまでにお願い事をすると叶うって。」
「そうなんだ。」
「ほら見てあれ!さっそく流れ星が来たわ!」
フラムはそう僕に言ってから目を閉じて、手を合わせた。星に祈る様にしている様子を見て、僕もそれを真似た。自分の目を閉じて両手を合わせる。
僕は魔法使いになる夢ではなく、皆で仲良く過ごせる事を祈った。それが今の僕の望み。
「あ〜。もう見えなくなっちゃった。」
フラムがそう言った事で、僕は流れ星が落ちた事を知って目を開いた。今願った事が何もせず叶うなんて思っていない。だから、叶えられる様に僕自身が頑張らないといけない。
「フラム、それそろ皆の所に戻ろう。僕も一緒に謝るからさ。」
僕がそう言うと、彼女は指を一本だけ立てて僕に向けた。
「最後に一つだけアリスタに言いたい事があるんだけど…。いい?」
そう言われて僕は聞き返す。
「どうしたの?」
彼女はベンチから立ち上がって、僕の目の前に立って見せた。すると、お互いの顔が向き合った状態になった。
彼女の吐息が白くなったのがはっきりと見えて、少しだけ僕の胸の鼓動が速くなった気がした。
「ありがとう。アタシの心配してくれて、本当に嬉しかったよ。」
彼女が喜んでくれた事が嬉しくて、僕も自然と笑みを浮かべて言葉を返した。
「僕の方こそ、お役に立てたなら良かったよ。」
向き合ったままの僕らは、そのまま少しだけ沈黙したまま、互いの顔を見つめ合った。何処か小恥ずかしい様なむず痒い様な。
これまでに無かったその体験に、僕は少し怯えながらもドキドキしていた。
沈黙を破り、最初に動いたのはフラムだった。僕の手を取りお互いの指を絡ませて、そのまま引き寄せる。
僕はその動作に身を任せたまま、彼女と体が密着する。その体の温もりは肌越しに伝わって、心の奥がぽかぽかとした。
「大好き。」
そうポツリと僕の耳元で囁いた。そのたった一言で僕の頭は沸騰し、思考の全てが真っ白になった。そして更に僕の体を彼女は強く抱きしめた。
訳が分からなかった。愛という言葉は知っていたけど、実際に体験した事は無かったから。
僕はどう言葉を返せばいいのか知らない。ただそのまま彼女に体を任せたまま、時間では短くて、心の中ではとても長い時間を過ごした。
「ぼ、僕は…。」
僕が辛うじて言葉を引き出すのと同時に、彼女は僕の体から離れた。そして前に立って蠱惑的な笑みを浮かべて、僕の方に手を差し出した。
「一緒に戻りましょ?」
僕は結局返事が出来ないまま、ただその手を取ってエントランスまで戻るのだった。
最後までお読み頂きありがとうございます。
最近親指が痛くなってきていて、原因を確かめるべく近いうちに病院に行きます。
出来る限り更新しようと考えていますが、結果次第ではしばらく休養を取るかもしれません。
ですが、必ず完結させる事は約束します。最悪、手が使えないなら足で書いてやるってくらいの気持ちです。
では、そろそろ後書きも終わりとしましょう。
また次話に何の問題も無い状態で、皆様とお会いできる事を祈っています。