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魔法使いの行方  作者: 腐れミカン
霧の古城編
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第73話 解放





僕が涙を拭ってから霧ヶ谷の様子を見る。彼女が起きてから、色々と話す事があるからだ。僕は静かに横たわる霧ヶ谷を見ながら、沙夜の姿を思い出した。


彼女が居なければ霧ヶ谷は助からなかったのだろうし、逆に霧ヶ谷が居なければ沙夜はここまで生きる事が出来なかったのだと、考えてみると本当に信頼関係の強い姉妹だったのだろう。


僕がそう考えてながら、様子を見ていると、霧ヶ谷がゆっくりと目を覚ました。


「沙夜は…どこに?」


そう、不安そうに問いかけてくる霧ヶ谷。僕はそんな彼女にどう接するべきなのか、悩みながらも言葉を返す。


「沙夜は君を助ける為に消えた。」


そう告げると霧ヶ谷は僕に掴み掛かってきた。

その目からは大粒の涙が流れている。


「なんで!なんで…私なんかの為に…。」


僕は沙夜の存在について、深くは知らない。だが、それでもいい子だったのは分かる。だから彼女は霧ヶ谷が、明日を生きていける為の強い理由になっていた。


夢がいつか覚める様に。霧ヶ谷の生み出した沙夜という幻想は消えて、元の霧ヶ谷沙夜という一人の少女に戻ってしまった。


その少女に向けて、僕は思った事を語る。


「君だから沙夜は身を捧げたんだよ。…殺されそうになった僕が言うのも変な話だけど、誰かの為に人を殺す覚悟が出来るのは、その人を深く愛していないと出来ないと思うんだ。」


僕が仮に、アルテミアさんの為に皆を殺せ…と言われた場合、絶対に出来ない。


いくら大切な一人の為だといえ、その為に多数を犠牲にする覚悟も愛も、臆病な僕は持つ事が出来そうにない。


だから、霧ヶ谷の沙夜に対する愛は紛れも無い本物だったのだろう。


「でも、私は沙夜に何もしてあげられなかった。」


霧ヶ谷はそう言った。


「いや、そんな事は無い。…彼女は自分が消えてしまう最後に、君の事を頼むと言っていたんだ。だから君は沙夜に大切なものを、ちゃんと与えられたと思う。」


僕は沙夜に変わってその意図を伝える。霧ヶ谷も沙夜もお互いが心の想い合っていたのが、僕には分かったから、伝えるべきだと思った。


「あの子は最後に、私の事を想ってくれたのね…。」


霧ヶ谷は沙夜の最期を知って、涙を制服の袖で拭い、そして自分の胸に手を当てた。


「…ありがとう。」


そう呟いた霧ヶ谷は目を閉じた。僕は沙夜にその言葉が届く事を、同じ様に目を閉じて祈った。



霧ヶ谷は沙夜に向けて言葉を送ってから、目を開いて僕の方を向いた。


「皆は最初の部屋の中に居るわ。」


彼女が言うのはこの場所を抜けて、階段の上にある、僕らが借りた部屋の事だろう。


僕は霧ヶ谷に向けて手を差し出して言った。


「分かった。じゃあ行こう。」


だが、彼女はその手を拒んだ。そして少し悲しげな表情を浮かべて言った。


「ごめんなさい。もう、私は皆の前に顔を出せない。理由があったとはいえ、殺そうとしたのだから。今更会うなんて出来ない。」


彼女をここで置いて行く事なんて僕には出来ない。沙夜から離れ、僕らという新しい居場所を見つけられたからこそ、沙夜は僕に霧ヶ谷の事を任せたのだと思う。


だから、僕は彼女を連れて行ってまた、皆の輪の中に戻す義務がある。それが、消えてしまった沙夜への僕の償いなのだから。


「だったら、尚更会うべきだよ。」


「でも…。」


僕がそう言うと、霧ヶ谷は躊躇い様な仕草を見せた。僕は事情をある程度知ったから、霧ヶ谷の事を恨んだりはしていない。皆だって、きっと分かってくれる筈だ。


そう思った僕はその想いを霧ヶ谷に伝える。


「君の方から話しづらいのなら、僕が皆に説明するから。だから皆の所に戻ろう。きっと最初は怒るかもしれないけど、ちゃんと許してくれるからさ。」


霧ヶ谷は少し悩んでから、僕の手を取った。そして目を伏せて、小さな声で僕に告げた。


「…ありがとう。」


「どういたしまして。」


彼女の感謝に僕は言葉を返し、手を繋いだままこの場所から歩き出した。階段を踏み越えて、最初に来たエントランスまで戻る。


そしてそのエントランスから更に奥へと進むと、僕らが居た部屋に辿り着いた。


その扉の前で霧ヶ谷は僕に語った。


「ミストヒュプノスは、完全に殺す魔法では無いの。対象を眠らせて、私が解くまで、永遠に幸せな夢を見せる魔法。」


そう言われて、僕は沙夜が来るまでの夢を思い出す。確かにあれは悪夢では無く、むしろ心地よい夢だった。


という事は皆も、あんな感じの夢を見て眠っているだけなのだろう。一応僕は問いかける。


「じゃあ、皆は無事なのか?」


「えぇ。でも、長い間この魔法に掛かると、夢の世界から、戻って来れなくなってしまうの。だからすぐに解かないと。」


そのままの意味なら、確かに恐ろしい魔法だ。僕も沙夜が居なければ、あの夢から出られなかったと思うと、少しだけ怖くなった。


僕はそんな事を考えた後、霧ヶ谷に問いかける。


「僕にも何か出来る事はあるかい?」


僕がそう言うと、霧ヶ谷は答えた。


「皆が起きてから、ここまでの事情を説明してくれると嬉しいわ。」


彼女にそう言われた僕は頷いて答えた。


「分かった。」


その言葉を返した後、霧ヶ谷は扉を開いて中に入って行った。その間僕は、皆が目覚めてからどう説明するかを考える事にするのだった。

最後までお読み頂きありがとうございます。


少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです。

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