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魔法使いの行方  作者: 腐れミカン
霧の古城編
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第68話 魔物退治






私が沙夜と体を絡ませて、ぴったりとくっついていた時。扉はゆっくりと開かれ、こちらの様子を見たアジールが憎たらしい笑みを浮かべながら私に向けて言った。


「お楽しみの所失礼します。少々お話があるのですが。」


幸せはいつまでも続かない。とうとう決断しなければならない時間は来てしまったのだ。


「分かったわ。沙夜…また後でね。」


私がそう言うと沙夜はニッコリと笑って私の手を握ってくれた。その暖かさがとても優しい物であるからこそ、離れたくなくなる。


「うん。またね、おねーちゃん。」


沙夜から切り出された「またね」の言葉。皆を殺した後に何も知らないって顔をして…白々しく沙夜の前に立てるのだろうか。


いや、白々しくたって構わない。沙夜の為なら私は何だって出来る。出来てしまうのだから。


「またね、沙夜。」


私はそう言い残して、名残惜しさを胸にアジールの待つ廊下まで足を運んだ。


「それで、話とは何かしら?」


そう問いかけた。


「例の件ですが、準備を整えました。あの送りの鏡を使えば彼らを皆、この城の地下に集める事が出来ます。」


するとアジールは右左を目配せして、周りに誰もいないのを確認してから私に向けて耳打ちした。


近くに寄られた嫌悪感を胸の奥に押さえて、彼の言葉の意味する物を理解した。もう下準備は整ってしまったのだ。


魔物退治というのは表向きの目的。

その裏にあるのは目撃者始末という汚い裏面。


果たして本当の魔物は何なのだろうか。


そう思いながらも、私は自分に言い聞かせる様に、彼に向けて言葉を返した。


「そう…。あとはやるだけという訳ね。」


そう言った後、アジールは何かを思い出した様に手を叩いた後にまた耳打ちした。


「ええ。ちなみにダスト校長は今回の後処理の為に、自ら魔鉱山へ赴かれたらしいです。」


アジールのこの情報が本当ならば、ダストは私に目撃者の始末をさせる間に魔鉱山で何をするのだろうか。


あのオルサーが残した何らかの回収か、それとも本当に証拠を隠滅するだけなのか。


分からない事だらけのまま私は問いかけた。


「本当に後処理なのかしら?」


するとアジールは気味の悪い笑みを浮かべた。この男はいつもそう。口元だけ歪に吊り上がり、その瞳の奥は私よりも冷たい。


そこにあるのは自己の利益のみ。初対面では気付けない側面を持つ、極端で冷淡で淡白な男…それがアジール。


「本当かもしれないし、違うかもしれない。ここから先は貴方の誠意次第ですね。」


その誠意が何を意味するのかを考えたくは無い。この城の中で私以外の適正の無い者を、何人も殺したのがこの猟奇的思考の持ち主。


こんな人物の提示する物なんてまともでは無い。でも私だってまともかどうか分からない。


直接的な人殺しでなくても、生き残る為に間接的な人殺しはしたのだから…。


「…なら聞かないでおくわ。」


私がそう返すとアジールはさっきの嫌味な声色とは打って変わって陽気に答えた。


「物分かりが良くて助かりますよ。やはり君は聡明で利口だ。」


そしてその言葉の後にアジールは続けて言った。


「さてと、後は私がアナウンスで皆さんを集めるだけなので、君はこのエントランスに残っていなさい。」


そう言い残して彼は軽くステップを踏みながら、鼻歌を歌い私の前から消えた。


これから起こる事が人殺しだというのにも関わらず、その様子はまるで遊園地に来た子供が純粋にはしゃぐ様で気味が悪かった。


「…もう戻れない。どうすればいい…沙夜。」


一人残された私は呟いた。この最底辺の暗闇を照らすのは沙夜という一筋の光だけ。


きっと今の皆が居なくなっても代わりいる。だけど私は彼女が居なくなったら壊れてしまう。


ずっと理由にして来たから、沙夜がいないと私は私じゃなくなる。私の為に沙夜は居なきゃならない。


そこまで考えて私は自分の事がまた一つ…嫌になった。


〜アリスタ視点



僕は沙夜の部屋から出て、自分の部屋に戻り大変な事に気付いた。そう…ベットの上にスケッチブックが置いてあったのだ。


返そうにも沙夜に近づいたら霧ヶ谷から何を言われるか分からない。


どうしようかなぁなんて悩んでいると、僕の部屋から廊下などにアジールのアナウンスが響き渡った。


「皆様にお知らせがあります。早速、魔物退治の準備が整いましたので、エントランスへ至急お集まり下さい。」


その指示通りに、僕は最初に通ったエントランスまで足を運んだ。



エントランスに着くと、そこには僕よりも一足早く辿り着いていた霧ヶ谷が居た。


今さっきあんな感じになっていたので、気不味い雰囲気のまま隣に居ると、彼女の方から僕に声をかけて来た。


「その、さっきはごめんなさい。妹を助けてくれたのにあんな言い方をして。」


謝られた。あんな風に取り乱していたのにこんなアッサリ謝るなんて意外だった。


「僕の方こそごめん。勝手に君の妹の部屋に入ったりしてさ。」


僕もそう言葉を返すと、霧ヶ谷はまた小さく頭をこちらに下げた。


「いや、貴方が沙夜を助けてくれなかったら、どうなってたか分からない。だから改めて本当にありがとう。」


そう言われた僕は思っている通りの事を言った。


「誰かが困っていたら助ける、それって当たり前じゃないか。」


すると彼女は何か寂しげな表情で、とても優しい声色のまま僕に言った。


「それが当たり前になるのら、この世界はもっと綺麗で優しい物で溢れるのかもしれないわね。きっとそれは、素晴らしいなのだろうと思う。」


霧ヶ谷はそう言いながらも、それは当たり前になる事が絶対に有り得ないと行っている様にも思えた。


「おーい。お前らが居るって事はここがエントランスって事か?」


緋色君は髪をかき上げて、その腰を曲げたまま器用に階段を降りてきた。


「一体そのポーズはなんなのかしら?」


霧ヶ谷は不思議そうに問いかけると、緋色君はまるでそれが当たり前の様に答えた。


「何ってこれはイケイケポーズに決まってんだろ。それで、どうよ、俺の格好は決まってるか?」


何というか屁っ放り腰のお爺さんみたいな立ち姿なので、意味がわからなかった。


だけど、そう言われた後に見直せば確かにポーズをしているのが分かった。


…ただ「決まってるか」どうかは謎である。


果たして、どうリアクションをすれば良いのか悩んで霧ヶ谷に目をやると、彼女も同じ様な視線を僕に向けていた。


その後、少しの沈黙の後に霧ヶ谷は言った。


「その…まぁ、いいんじゃないかしら?」


曖昧でグレーな発言。良くとも悪くとも取れるその言葉を受け取った緋色君。


「やっぱり?そりゃ嬉しいね。」


どうやら彼はただのポジティブじゃなくて、ハイポジティブなのかもしれない。信じられない程自分にとって良い様に取った緋色君が、またリアクションに困る様なポージングをこちらにして来ていると…。


「ふーん?よくそんなクソダサポーズを恥ずかしげも無く出来るわね。」


その声の主はフラムだった。


そして、二人の間で火花が散らされ、それをただ見ている僕と霧ヶ谷が、何故か置いて行かれた様な感じがした。


「なんだとフラムこのやろー!」


そんな風に考えていると、緋色君はいつも通り着火してフラムに突っかかっていた。


「ふふん。かかって来なさいよ!」


いつもよりも自身ありげ…というか、よく見ると煽る立場が逆転した彼らは、すぐさま勢い良く殴り合いを始めた。


いや、本当にどうしてこうなるのだろうか。


「うおー!!」


「うりゃー!!」


ここまで来ると仲良しなのかもしれない、彼らが激しい攻防戦を仕掛けていると、階段の方から声が聞こえた。


「おやおや、騒がしいかと思えばやはりというか…何というか。こういうのは本当にくだらないですなぁ。でもくだらないというのもまた一興、ワタクシも混ぜなされ!!」


その声の方を見ると、そこには階段を逆立ちしながら機敏に降りる王城が居た。いや、何がどうしてそうなったのか…本当に分からない。


それに殴り合いをしていた二人も、凄く唖然とした表情で王城の方を見ている。


隣を見ると霧ヶ谷も呆れた様で、でも何処か楽しそうにその光景を見ていた。


そんな光景が目の前で繰り広げられていると、後ろから服を引っ張られる感覚があった。


僕が振り向くと、いつの間にかそこに制服姿のままのマリアがいた。彼女が制服なのを見て、安心していると、彼女は僕に不思議そうに問いかけてきた。


「…お待たせました。アリスタさん、これは一体?」


そう言われた僕は簡単に答える事にした。余計な情報が多すぎるから、短く簡潔に。


「いつものだね。今回は王城も混ざって、普段よりも遥かに酷い事になってる。」


僕がそう言うと、彼女はまたどこか放心してしまいそうな瞳で虚空を見つめた。


「…はぁ。」


そのため息に全てが込められている気がする。そんな彼女に何を言おうか僕が悩んでいると、先に霧ヶ谷が話しかけた。


「きっと、こういう馬鹿やっていられる間が一番幸せなのよ。」


そう言われたマリアは首を横に傾げた。


「…そうなのかなぁ?」


何とも色々な意味合いの込められた声色。


果たして、マリアの知っている僕が来る前では、彼らは一体どんな様子だったのだろうか。


そんな事を考えた後、また場を元の空気に戻せる様に話題を変えた。


「まぁ、なんであれ全員揃った訳だ。後はアジールさんが来るのを待てば良さそうだね。」


そう言い終えた僕に、霧ヶ谷も軽く返事を返してくれた。


「そうね。」


軽いやり取りをしていると、大きな鏡を抱えて階段から降りて来たアジールが見えた。


彼もこちらに気付いたのか、全員に向けて声をかけてきた。


「皆様方お待たせ致しました、こちら見送りの鏡でございます。」


アジールは言い終えた後に鏡を、僕らの前辺りの壁に立て掛けた後に話を続けた。


「では、皆様方はその鏡の中に身を通して頂いて、その先で魔物退治をしてください。」


その言葉の通りなら、多分使い方は転移魔法と同じなのだろう。


「分かりました。」


僕が返事を返して鏡の中に腕を通そうとすると、後ろから何やら不満げな声が聞こえた。


「何よ。もう来たの?まだ殴り足りないわ。」


何ともバイオレンスな発言と、若干赤色に染まったその拳を掲げるフラム。その下にはボコボコにされた王城がいた。


あまりにも悲惨なその光景を見ていると、その被害者のボコボコさんは気に喰わないと言わんばかりに力強く雄叫びを上げた。


「まだ殴られ足りませぬぞぉおおおお。」


前言撤回、ボコボコさんはどうやら被害者というか、共犯者だったみたいだ。


そして、いつの間にか二人から距離を取っていた緋色君はその様子を見て呆れた様に言った。


「お前ら…もしかしたら性格面の相性いいんじゃねぇの?」


そう言われた二人は一斉に言い返した。


「「それは無い!」ですぞ。」


その様子を見たマリアはポツリと呟いた。


「…やっぱり仲良し。」


それに僕も言葉を返した。


「そうだよねぇ。」


やっぱり本質的には緋色君もフラムも王城も、もしかしたら仲良しなのかもしれない。


そんな事を勝手に考えていると、緋色君は二人に向けてこう言った。


「まぁ…これから魔物をボコれば良いだろ。それに鏡も来た訳だし行こうぜ!」


それを合図に、フラムは馬乗りをやめて、緋色君はこっちに来て、王城はボコボコの顔面を押さえながら、皆が次々鏡の前に立っていく。


僕とマリアと霧ヶ谷は既に前にいるので、特にそれらしい移動はしなかった。


「いざ魔物退治!!」


フラムの掛け声と共に一斉に、僕らはその鏡に身を通して行った。

最後までお読みいただきありがとうございます。


少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

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